末っ子王子の同行。
アーロン・キャベンディッシュ・ドライシンガー。
鉱山の国ドライシンガー王国の王子にしては、妙にチャラチャラしていて落ち着きがなく、気ままな性格で有名である。
彼は家族から、厳格で、誠実であれ、と言われ続けていた。それが、この国の美学であるらしい。しかし、その努力は効果を表さなかったようだ。
落ち着きがないことは認めているらしいが、彼的にはちょっと女の子が好きで、ちょっと他の兄弟よりも面倒くさがりなだけだと思い込んでいるらしい。だが、どうみても厳格で誠実には見えないのは確かである。
「お前の"ちょっと"はあてにならん」
そして今日もまた、アーロンは長男であるブレイデン・キャベンディッシュ・ドライシンガーの部屋に呼ばれ、説教をうけていた。
ブレイデンは長男として父である王を支え、時期王としての期待が年々高まっている。頭脳明晰、武術も秀でているという完璧人間だ。
おまけに、短めの焦げ茶色の髪、聡明そうな青い瞳、がっしりとした四肢──文句なしの容姿端麗っぷり。欠点をあえて挙げるとしたら、厳格すぎて女慣れしていないところだろうか。
「お前は王子としての立場は理解しているのだろうな?」
「してるに決まってるよ、見てよこの王子らしいキラキラオーラを……!」
「そうじゃない。心持ちの問題だ」
アーロンがキメ顔で笑いかけると、ブレイデンは眉間にシワを寄せてため息をついた。ため息つくと、幸せが逃げるよ、ついでに眉間のシワも女の子が逃げちゃうよ? とにやにやするアーロンに向けて、拳が落とされる。彼にとってはご褒美にも等しいのだが。
「余計なお世話だ……ったく、父上も何故俺にお前の世話を任せるんだ」
「えー、お荷物みたいな言い方しないでほしいなぁ。ただ勉強とか、魔法とか、もろもろ興味がないだけなのにさ」
「そう言いつつやれば優秀なんだよなお前は……いくら第四王子といえど、才があるのだから努力すれば俺の王位継承権だって奪い取れるだろうに」
「僕政治とかしたくないしー」
「はあ……」
その言葉は真実だった。彼にとって、政治やら派閥やら、これっぽっちも興味が持てなかった。
明くる日も、明くる日も、勉強と武術の日々。気ままな性格の彼を満足させるのに、これほどつまらない日常はなかった。
しかし、末っ子のマイペースぶりには、さすがのブレイデンも手に負えないようである。
「ブレイデン兄さん、入るよ?」
ノックの音がすると同時に、落ち着いた声が聞こえてきた。部屋に入ってきたのはコールリアス・キャベンディッシュ・ドライシンガー、この国の第二王子である。
「おう、コールか。何のようだ?」
「この前の頼まれてたやつ。ほら、冒険者ギルドから依頼がきてたアレだよ」
「ああ、おくりび山の……で、どうだ?」
「魔物が大幅に増えて、とてもじゃないけど僕だけで行きたくはないかな」
「そうか……すまないな、助かる」
「ううん、兄さんの頼みだから。……それよりも、アーロン、どこにいくの?」
「……バレたか」
二人が話し込んでいる間に逃げようとしたアーロンを、コールが引き留めた。
「コール兄さんには敵わないなあ」
「はいはい。で、何? いつもの説教かい?」
すらりとした足を進めて、コールはアーロンに近づいた。アーロンによく似た……というより、アーロンが彼に似たのだろう、明るい茶色の柔らかそうな髪を一つにまとめ、黒に近い茶の瞳は長い睫毛で縁取られている。
しかし、チャラチャラした雰囲気を醸し出す末っ子とは違い、誠実そうでどこか儚げな印象だ。
「コール、お前からもなんとか言ってくれないか。お前には一国の王子としての責任がある、とな」
どうにかしてくれ、と付け加えた長男を気の毒そうに眺めると、コールはそうだなあ、と顎に手を当てて少し悩んだ後、何かを思い付いたようでにっこりと微笑んだ。
「じゃあ、アーロンこれ、頼むよ」
「え」
ばさっ、と渡されたのは紙の束。さっきブレイデンが見ていた資料の数々である。
「暇でしょ? 僕、残業したくないしさ、これお願い」
「え……ちょ、まっ」
「じゃあね、まだ仕事があるんだ」
アーロンが受けとるのもそこそこに、コールはにこやかな笑みを浮かべて部屋を出ていってしまった。仕事が減ったのが嬉しいのか、それとも嫌がる人の顔を見るのが好きなのかは微妙だがなんとも爽やかな笑顔。
それを見たアーロンは、がくっと脱力した。
「マジかよ……でも、コール兄さんのあの意地悪な笑みは嫌いじゃない」
「そうか、気味が悪いからニヤニヤするのやめろ」
「ねえブレイデン兄さん~、僕だけじゃ無理だよ、手伝って」
「断る!」
数分粘ったが、結局ブレイデンの了承も得られずに放り出される結果となってしまった。
仕方なく、奥の手を使わざるを得なかったのであるが……彼にとって、その方法は一番心踊る道であった。
「最近、なんかあの国面白いことになってるらしいからなあ……」
アーロン・キャベンディッシュ・ドライシンガー。
気ままな末っ子王子の行く先は、大帝国アインスリーフィア──
◇
「ルイス、ねえ」
「なんだ、黙れ」
「アイリスちゃんってなんで巫女になったわけ?」
敵と戦いながら聞いてみると、ルイスは案の定嫌そうな顔をしてみせた。その後ろでは、まさに本人がいるのだが、どうやら聞こえていないようで、歌い始めた。
ただならぬ魔力と、光が彼女から溢れてきた。透き通った声に、全てを見透かしたようなまっすぐな瞳。さっきまでの少女とは比べ物にならないほど迫力がある。
「こんな時に聞くか?」
「えー、だってこんな時じゃないと教えてくれないでしょ?」
くそが、ときつい瞳で睨まれる。だけど、それ僕にとっては逆効果なんだよね。むしろその目、スッゴい嬉しいんだけど! 本当ルイスは不器用だ。
『幼き日の僕に歌いかけた声』
「だってさ、あの子、アインスリーフィアでは有名な"黒の申し子"じゃないの?」
うちの国では対して騒がれないが、彼の国では黒髪・黒い瞳を持つものは時期魔王になりうる存在として知られている。
アイリスちゃんの場合は闇属性が使えないから魔王ではないと思うが、世間体で言えば怪しい。そんな彼女を巫女に仕立てあげるのには、何か訳があると思う。
『やがて町は闇夜に』
「だからどうした」
「だってさ、そんな子をわざわざ巫女にするなんておかしいじゃん?」
「……関係ない」
目を反らすと、敵を数人剣で振り払った。おっと……これはイライラし始めてる? でも、何か理由があるのは明らかだ。
「何か彼女に惹かれるものがあるの? まあ、確かにかわいいしねぇ。もしかして惚れた?」
「死ね」
「うわっ! ちょっ、あぶなっ! 冗談だってば」
『精霊は集い』
夜空のように黒く、まっすぐな長い髪。見つめられると反らせなくなる、吸い込まれそうな黒い瞳。
彼の国のサーシャさんやらエリザベスちゃんみたいな美少女、という訳ではないが、どこか不思議な魅力があって惹き付けられる。独特な雰囲気を醸し出していた。
たくさんの女の子と会ってきたけど、あんな変わった子は見たことがない。
「……ただ、国のために使える奴だと思っただけだ」
『安らぎの歌を捧げる』
「ふうん……使える、ねえ……」
ルイスは本当にこればっかりだな。国のことを一番に考えていて、優先して。皇帝としては良いことだとは思うけどさ、たまには肩の力を抜いてもと思うんだよね、僕的には。
それが彼の良いところではあるんだ。
「でも彼女、大丈夫なの? いい子なのは分かるけどさ、批判を浴びるのはあの子だよ」
『トゥラ ルラ ルラル』
「んなの知るか。あいつがどうにかすることだろ」
「そうかい」
とか言いながら、結局気にしてるんだろうけどね……さっきから、戦ってる途中でも絶対に彼女は視界に入れるようにしてるみたいだし。ふふ、ツンデレとはまさにこのことだね。
『ルラル トゥラリ ルラ』
不思議な言葉の歌詞と、神秘的な歌声。彼女は今や彼女からは、直視できないほどの光が発している。僕らと対峙していた敵達はだんだん動きが鈍くなっていった。
そして、アイリスちゃんが閉じていた瞳をすっと開けると、両手を前に突き出した。
『響け 夜の調べ……風と共に!』
すると、さあっと風が吹いたかと思うと、僕らの周りにいた奴等は全て目をトロンとさせ、倒れこんでしまった。近づいてみると、すやすやと寝息をたてている。
「おおー……こりゃすごい」
催眠術はなかなか高度な技が必要だし、魔力消費も激しいから戦闘に使われることが少ない。それをこんな短時間で、こんな人数だなんて……流石の一言に尽きる。
「おーいアイリスちゃん! お疲れさまあ」
数メートル先に立っている彼女に向かって手を振る。僕の声に気づいて、こっちを向いた……が、浮かない顔をしている。
「どうしたの、何か……」
と、歩き出したその時だった。
「っ……! 後ろっ!! 後ろです! 避けてっっ!!」
【変更点】アーロンの一人称を僕に変えました。