奴隷歌姫、登山する。Ⅱ
頂上へと近づけば近づくほど、周りの空気はどんどん陰気に、そして、植物は枯れはてて更地になっていった。だんだんと暑くなってきて汗がふき出してきた。
「暑いですね……」
「おかしい……この前までは、ここまで荒れ地にはなっていなかった」
アーロンさん曰く、この火山は普通の山と変わらず……頂上に近づくにつれて暑くなることはないらしい。もともとは近づけないほど高熱のマグマを噴き出す火山だったんだけど、いつからか火山活動はおさまって生き物が住めるようになったんだとか。
それは今は、ゴツゴツした岩がむき出し、木どころか雑草一つ生えていない。
さすがに皇帝もここまできたら大変だったようで、今は私たちと一緒に登っている。この暑さのせいか、すっかり魔物もいなくなっているから魔物避けをする必要もなくなったしね。
にしてもこの暑さ、どうにかならないかな……もともと日本でも北の方に住んでいたせいか、暑さには滅法弱くて。汗が止まらないです。水魔法とか氷魔法でなんとかならないかなーと思って出してみたけど、一瞬で蒸発してしまった。え!?
「な、なんで?」
「今はルイスが炎魔法で周りの熱を操っていて、なんとかここにいられているんだよ」
前を歩く皇帝に気づかれないように、アーロンさんが耳打ちした。そ、そうだったのか。そんな使い方があったのか……。
「うん。熱すぎたり、逆に熱を奪いすぎたりしちゃったり、まず素人じゃできない技だよ」
へえ……高度な術なんだ。……って、それでもまだ暑いってことは、そうとうここ気温が高くなってるってこと? 元の温度はどんくらい高いんだろうか……。
少しだけ皇帝から距離をおいてみると、サウナのような熱気が私を襲った。やばい、これは相当やばい。皇帝すごい、もうあいつ一人でもいいんじゃないかな。
「それにしても、いつもなら普通の山と変わらなかったはずなのにどうして……」
「止まれ!」
急に皇帝が叫んだ。言われるがままに立ち止まる。
「……チッ!」
「ぐぇっ!?」
大きな舌打ちが聞こえると同時に、がしっとお腹に手を回されて担がれた。かと思うと、間髪入れずに飛び上がった。
直後、私がいた場所から火炎が噴き出す。ひいっ、あんなとこにいたら、いくら絶対領域があるとはいえただじゃすまなかったよ。
庇ってくれたんだ。
「あ、あの……皇帝、ありがとうございます」
横で担がれたままお礼を言うと、くるりとこっちへと顔を向けた。ち、近い。超顔近い! 皇帝は皇帝でも、仮にもイケメン。流石に恥ずかしくて目を反らした。
それとは対照的に、長い睫毛に縁取られたグレーの瞳はこちらをじーっと見つめている。
「な、何ですか」
「……重い。豚か?」
「しっ……失礼な!」
む、むかつく……! 一言余計ですよ! ったく!
「ちょっとちょっとルイスってば~! 二人で逃げるなんてずるい。ああなるなら早く言ってよね!」
私の魔法で緩やかに着地した私たちに、アーロンさんが駆け寄ってきた。間一髪避けたのだろう、服の端が少し焦げている。
「あれぐらい余裕だろ。それより……あれは何だ」
「うほぉー! 炎すげえ! パネエ!」
「おらおらおら! もっと出せや!」
何やら騒がしい声がこの先から聞こえてくる。小さく見えるその集団は……あの、コロシアムで現れた人たちと、同じ服装をしている……!
そいつらが、黒いオーラを放つ武器を振り回している。そこから、メラメラと燃え盛る炎が生まれては、回りを焼き尽くしていった。
「どうやらあいつらが原因のようだな」
「だね。どうする? 蹴散らす?」
「当たり前だ」
皇帝が剣を抜いて臨戦態勢になった。アーロンさんも伸びをしつつ、瞳が真剣な光を放っている。
あの集団が、この山の状態といい、今回の事件の根源か。どうみてもそうにしか見えない。だとしたら、私だって黙って見ちゃいられない!
腰に下げていた白銀の棒に触れて、自分の身長ぐらいまで伸びたのを確認してから、両手で構えた。
「……了解です!」
「行くぞ」
ひょうっ! と風を切る音と共に、皇帝の姿が消えた。一瞬で黒い集団の元へと移動したようで、剣を一振りして敵を蹴散らした。
「んだこいつ!」
「くっそ、うわあああ!」
敵の慌てようからして、一見皇帝が有利に見えるが、何せ数が多くて思いの外苦戦しそうだ。
それに、どうやら生け捕りにしたいようで、致命傷になるような攻撃の仕方を敢えてしていない。手加減して相手することほど、彼にとっては難しいことはないのだろう。
──と、走りながら分析していたら、皇帝の背後に特大の炎魔法ができていた。
「皇帝っ! "ジェッタート"!」
急いで身体能力強化魔法をかけて皇帝と炎の間に滑り込むと、水魔法の防御魔法を張って炎魔法を受け止めた。……ふう、危なかった。
「……別に必要なかった」
「はいはい。そう言うと思いましたよ」
皇帝と背中合わせで敵に対峙した。炎魔法を打ち消されたことに驚いたのか、皆が私を凝視している。
多分、このまま手加減しながらの攻撃じゃ、一向に拉致があかない。だとしたら、一斉に全員の自由を奪うしかないだろう。
「私が催眠魔法、かけますからそれでいいですか?」
「……悪くない」
催眠魔法。一瞬だけ眠らせたり、眠くさせたりするぐらいなら呪文でも十分だろうけど、こんな大勢を一気にとなると、あの歌を歌うしかないかな。
結界を張って準備をしようと振り替えると目の前に目が爛々とした男が飛びかかってきていた。皇帝はこっちを見ていない。自分で何とかしなくちゃ!
「ブリリアント・イナクティー……」
「大丈夫、アイリスちゃん!?」
光魔法で追っ払おうとしたら、右からものすごい速さでアーロンさんが突っ込んできた。目の前にいた男は吹っ飛んで、岩に追突してのびてしまった。
「あ、ありがとうございます」
「よかった間に合って。いやぁ焦ったよ」
にこりと笑いながら私の肩に腕を回すアーロンさんの手には、武器も何も握られていない。えっ、もしや、素手? まさかあ……。
「ん、ああ、実は僕魔法が対して使えないんだけど、体は丈夫なんだよね」
な、なんと。ってことは今のは文字通り、突っ込んできただけということ……? た、確かに今までも皇帝に蹴られても殴られてもケロッとしてたし、なるほど。
「ルイス~、僕がいるからってよそ見しちゃダメだよ。大切な巫女さんでしょ?」
「別に大切ではない」
「嘘ばっかー!」
そう喋りながらも、二人は次々と敵を倒していく。おっと、折角隙を作ってくれているうちに、早く歌を……!
絶対領域を自分に張って、皇帝とアーロンさんにも水魔法の防御をかけた。
よし、まずは海中音量魔法を……!
「"フロ・フォルテーネント"!」
水の感触を感じ、見回すと薄いベールのようなものに辺り一帯が覆われていた。