奴隷歌姫、チャラ男に会う。
チェモーナス祭が終わってから早くも一ヶ月。
あの事件の日はまだ暖かかった気候も肌寒くなってきて、着々と冬へ近づいているのが感じられる今日この頃である。
「もっと魔力を込める! ほれ!」
「はいっ!」
今日も師匠にしごかれつつ、騎士団の練習場の一角で鍛練中だ。私の魔法の攻撃力が弱いことに気づいたから、最近は攻撃魔法ばかり練習しているのだけど……。
「あの、師匠。これどう頑張っても無理なんですけど……」
「そりゃ、アンタの威力が足りてないの」
どっからもってきたのかゼラチン状の魔物を調達してきて、それにさっきからありったけの魔法をぶつけているんだけど……うんともすんともしない。雑魚として有名なスラ○ムみたいな外見しといて、なぜかダメージが与えられている気がしない。ぽよんぽよんと魔法が跳ね返ってくる。
「んああああ゛ぅ、うざったい……!」
「ったく、だらしないねぇ。あれ、弱点があることぐらい気づかないのかい?」
「弱点?」
ふん、と鼻をならしながら師匠はス○イムに近づくと、持っていた杖を突き刺してなにかを呟いた。と、その瞬間パァン! と弾けて消えてしまった。え、なんでそんな簡単に!?
「ジェル状の魔物は基本的に魔法が有利。ただ、こいつは魔法耐性が限りなく強いから、真ん中にある核を壊すと一撃だ 」
「そ、それを早く言ってくださいよ」
「観察力を養え」
ですよね……。
そういえばチラッと聞いた話だけど、魔物はその生態が不明なものや、そもそも存在すら確認されていないものも沢山いるらしい。だからこそ、観察力が大切なんだろうな。
「今日はこれで終わりだ」
「え、でもまだ時間が……」
「アタシが疲れたんだよ、ったく。老いぼれババアに動かさせるんじゃないよ……」
「す、すみません。ありがとうございました」
やれやれと肩を揉みながら、師匠は立ち去っていった。
うーん、まだ掃除の時間まで結構あるな……。自主練も兼ねて、走り込みでもしようか。と、その前にとりあえず休憩しよう。
騎士団のグラウンドの一角、大きな木々が立ち並んでいて水魔法石で作られた水道がある。そこが主に騎士団員の休憩場になっていて、私もよく木陰で休ませてもらうのだ。
おっ、今日は丁度、騎士団の方も休憩みたいだ。
「あれ、巫女様じゃん」
「よお! 嬢ちゃん」
ここ数ヶ月で団員と顔をあわせる機会が増えたので、こうして休憩しているときは話しかけてくれるようになった。最初なんかは皆恐縮しちゃってたんだけど……こっちまで疲れるから、気軽に接してほしいと頼んだ末、今に至る。
「こんにちは、お疲れ様です」
「珍しいね、こんな時間に休憩なんて」
「今日は師匠が疲れちゃったみたいで。いつもより早く終わったんですよ」
「へぇー、あの人って疲れることあんのか。大巫女様って疲れてるとこ見たことねぇわ」
幾人かに話しかけられ、皆で談笑をする。若い人から、熟年のおじさんまで様々だ。
「巫女様~、また水魔法出してくんない? 水道がもうぱつんぱつんでさぁ」
「あ、いいねぇ。おっちゃんもほしいなっと」
「あらら。じゃあ、ちょっとだけ……」
呪文を唱えて、ぽちゃんと水の玉を出した。団員さんが差し出したのは手のひらではなくあんぐりと開けた口。ん、ここに注いでってことか。ほいっと。
と、口に向けて指差して水を入れようとしたその時。
「アイリスさんんんんんんんんん!!!!」
「ふぐぅっ!」
後ろからなにかが抱きついてきた。いや、突進してきた。ちょ、た、倒れ……!
「おっと、あぶね」
バランスを崩して口を開けていた団員さんへと倒れそうになった瞬間、腕が引かれてぴたりと止まった。あっ、あぶね、目と鼻の先に団員さんの唇がある。
ごめんなさい、と謝ってバランスをとりつつ立ち上がると、視界に入ってきたのは燃えるような赤髪……。あ。
「レネン!」
「ようアイリス」
後ろを振り替えると、いつもの通りシルトもいた。
実は、二人ともリヒトと同じように騎士団員試験に参加していたらしく……ほとんど優勝していたようなものだから、文句なしの合格。それ以来、団員の寮に住み込みで修行をしているのだ。
「っああ……ったく! レオ! お前ほんっっっっとうに懲りねえな! すみませんアイリスさん、こいつがご迷惑をかけて……」
続けて金髪碧眼の美少年、アレン君が顔を出した。腕にはのびている黄土色の髪の男の子……レオ君がしっかりと押さえ込まれている。
あー、やっぱりレオ君か……いつものことだから慣れたんだけど、レオ君突っ込んでくるのが速すぎて避けられないんだよね。
「ったくお前はこりねぇな、レオ」
「だって……アイリスさんがいたら突っ込むのが鉄則」
「んな鉄則ねぇよ!」
レオ君に鋭くツッコミを入れたのはレネン。どうやら騎士団メンバーに入ってから仲良くなったらしく、よく一緒にいるみたいだ。
「なんだよ~。アイリスさん、こんちわッス! 今日もお綺麗ッスね!」
レオ君は私の手をとってにこりと笑った。そんな子犬みたいな目で見つめないでくれ~、突撃されたのが怒られなくなっちゃうよ。
「……で、どうした。今日は、城内の護衛係だったはずじゃ」
シルトが二人に訪ねると、「そうだった!」とバネ仕掛けの人形のようにレオ君が飛び上がった。それをあきれた表情で見ていたアレン君が、口を開いた。
「オズ様からの伝言を頼まれまして。陛下がお呼びらしいですよ」
「え、皇帝が……?」
あれ、オズが自ら来ないだなんて珍しいな。今までオズ以外に伝言をもらうことはなかったし。何かあったのかな?
訪ねたシルトも微妙な顔をしている。レネンに至っては何故かしかめっ面だし。
「なんか今日は廊下が騒がしかったッス! そのことも関係してるんじゃないかと俺は思うッス」
「オズ様も珍しく焦って……というか、若干イラついていた気がします」
へぇ、オズでもイラつくことあるんだ。こりゃ早くいかないとだめだね。
にしても、皇帝のとこか……今、この前のテロの時に現れた謎の集団を突き止めるのに手こずっていて、明らかに機嫌が悪い。それに、この前泣き顔も見られてしまったという……! うあ、思い出しただけでも悲しい。
うーん、なるべくなら行きたくないんだけど、しょうがないね。
「そっか。ありがとう、二人とも。じゃあ私いくね」
「ああ。気を付けてな」
レネンが神妙な顔つきで私を見てきた。そんな危険なことでもないんだけどな……まあ心配してくれているんだから素直に喜ぶべきだよね。
「ありがと。皆も鍛練頑張ってね!」
じゃあね、と手を振ってその場を離れた。さてさて、今日はどんな用件かな……。
「ルイス陛下のとこ行って欲しくないなら言やぁいいじゃん」
「ばっ……ばっか、レオ!」
「……レネン、顔真っ赤」
「うるせーよシルトバカ!」
「平和だなぁ」
◇
皇帝の部屋の前に辿り着いたのはいいんだけど……なにこの状況。
「なあなあなあなあルイスゥゥゥゥゥ。お願い! 親友のよしみでしょ!」
「誰がいつ貴様と親友になった」
「ええええぇ! 前からずーっとそうだったじゃん!」
超巨大ボイスが部屋の中から漏れている、っていうか丸聞こえだ。聞いたことがない声と、淡々としていて相手を鬱陶しがっているような皇帝の声。
それもそのはずだ。
──扉がない。
何故か外れている。っていうかまさか、このまわりにある破片って扉だったり? どうすりゃこんなんになるんですか……。
「でもさぁ、頼むよ~」
「俺も暇じゃない」
「つっめたいの~、冷徹皇帝め」
お客さんかな、聞いたことがない声に加えて、後ろ姿にも見覚えがない。明るい茶色の髪をきれいに整えていて、スタイルはすらりとしている。白い服装に包まれた身なりはきちんとしているし、どこかの貴族のお客様……? にしては、皇帝に対してタメ口だし、おかしいな。
「アイリス様、鍛練中に申し訳ありません」
扉(があった所)の近くに立っていたオズが、私に気づいて話しかけてきた。なるほど、確かにアレン君が言う通り少しイラついてるかも……あのお客様が原因かな、っていうか絶対そうだ。
私はオズに早く終わったから大丈夫だということを伝えた。
「そうでしたか。不幸中の幸いです。この通り扉が……なので。魔法で直していただけないでしょうか? このままだと話し声が響きますので」
なるほど。そのために私は呼ばれたわけね。お安いご用です。
いまだに話続けている二人を放っておいて、部屋に入って扉の破片を見た。えーと、修復魔法には元の形を思い浮かべることが重要だから、いつものあの扉を思い浮かべてっと……。
「"フリューエル"」
呪文を呟くと、パキパキと音をたてて破片が集まっていく。数十秒後には、元通りの扉へと戻っていた。
ついでに、もうもうと舞っていた埃をいつもの掃除用魔法を使って集め、炎魔法で消しておいた。
うむ、我ながら良い出来!
「はっはっは、ブラボーブラボーお嬢さん」
ん?
振り替えると、例のお客様がこちらを見ながらにこにこしている。びっくりするほどなキラキラスマイルに怖じけづいていると、そのすらりとした足を進めて私に近づいてきた。そしておもむろに手を握られる。な、何故に……。
「素敵な魔法ですね、旋律の巫女さん」
「え、ええと……どうも」
「魔法もさることながら、その美貌……嗚呼、なんて素晴らしい女性なんだ……!」
「な……!?」
彼は甘い台詞を吐きながら私の手の甲に唇を落とすと、肩を抱いて距離を近づけてきた。ちょっ、近い。なにこの距離! 今会ったばかりの人なのに、ちょ、おい!
と、私が戸惑っていると彼の脳天にごつん、と剣が振り落とされた。ひえ~、いくら刃がないところとはいえ、痛そう。
「いてっ」
「このくそタラシ、ふざけるのも大概にしろ。というか、鍵閉めてた扉無理やり壊したのはお前だろ」
えっ、そうなの? てっきりイラついた皇帝がぶっ壊したのかと思ってたんだけど。鍵閉めるってよっぽど会いたくなかったんですね……。
なるほど、オズがイラついてるのが分かったよ。破壊魔が二倍になったんだもん。怒りたくなるのも無理ないです。
「なんだよルイスゥ~、僕が構わなくなった瞬間に嫉妬?」
「……一旦死ね」
「ちょ、怒んないでよ、冗談でしょ~」
「あ、あのう……すみません、お二人はどのような関係で……?」
肩から彼の腕が離されたタイミングで尋ねた。すると、後ろに立っていたオズが横に並び、口を開いた。
「彼はアーロン・キャベンディッシュ・ドライシンガー様です。隣国のドライシンガー王国の第四王子でいらっしゃいます」
「ルイスの親友でーす!」
ドライシンガー王国……確か、鉱山の国だっけ……? そこの第四王子様か。なるほど、それなら皇帝に向かってタメ口なのも納得できる。
というか、皇帝って親友いたんだ。ていうか、友達いたんだね……って、睨まないで!
「は、初めまして。アイリスです」
私も自己紹介をしようと名を告げると、「もうルイスから色々聞いてるよ~」と言われた。色々ってなんだ、色々って……。
ていうか、鉱山の国なのにこんなチャラチャラした人が王子なのか……なんか、もっと岩みたいなどっしりした人を想像してた。
「兄さんとかは確かにガッチリしてるんだけどねえー。僕もそうなれとは言われたけどさぁ、そんなんじゃ女の子にモテないっしょ?」
「な、なるほど」
そんな理由かい! と突っ込みたくなる衝動を抑え、相づちを打った。まあ確かにそうかもしれないけど……。
「でしょ! どんな女の子もイチコロなんだよね。さっすが僕」
ナルシストかよ!
「あはは、それ最高の誉め言葉! もっと蔑んでくれてもいいんだよ~」
へらぁ、と笑みを溢すアーロンさんに若干鳥肌がたった。ドMかよ!
皇帝と一緒にいれる理由分かった。ドMだからか……。確かにそれなら好かれるはずだわ。
「えぇと……ところで、アーロンさんは何故ここに?」
「ん? ああ、そうだったそうだった。ルイスにお願いがあってきたんだけどさ、全然取り繕ってくんないの」
「へえ……で、そのお願いって?」
「それがね……」と言いながら、アーロンさんはソファに腰かけて足を組んだ。うーん、黙ってりゃイケメンなんだけどな。黙ってれば。
「実はさ、今うちの国で妙な事がおきてて」
「妙な事って……?」
「いやぁ、アイリスちゃんはルイスと違って優しいねえ! うちの国に来ない?」
「脱線しねぇでとっとと話せ」
今度はごすっと音がすると、皇帝の蹴りが腹部に命中していた。アーロンさんはぴくぴくと痙攣しながらも気を失っていない。地味にスゴい。
「乱暴だなぁ……でね、その妙な事っていうのが、名物の"おくりび山"っていう火山で起こってるんだ」
おくりび山……火山か。どんな山なんだろう、と考えているとオズが「毎年フィノプル期に死者の魂を弔うために、頂上に向けて送り火を放つ行事があります。その山がおくりび山ですよ」とのこと。聞いてないのに察して教えてくれる、流石有能執事オズ!
「で、妙な事ってのは火山に登りに行った人達が、おかしくなって帰ってくるんだよね」
「おかしいって?」
「無気力というか、ぼうっとしているというか……下山してくる姿はまるでゾンビみたいでさ。話しかけても反応はなし。人を襲うとか、そういうのはないんだけど気味が悪いし、何日経っても治らないらしい」
「全員そうなっちゃうんですか?」
「いや、そうではないみたいだけど……ほとんどの人がそうなってしまうみたいだね。10人中1人だけ正気って割合かな」
それは確かに変だな……登っただけでおかしくなっちゃって、しかもそれが全員じゃないのか。
「で、兄さん達ったら、お前が原因を調べてこいってぜーんぶ丸投げしちゃってさあ。助けてもらおうと思っ……」
「断る」
「即答!? なんで!?」
「んなもん1人でやれ」
「ええええええ! やだよ、そんな変になる火山に1人で行くなんて!」
「俺も暇じゃないんだって言ってるだろ!」
「僕がおかしくなってもいいわけ? ルイスは」
「痛くも痒くもないむしろ死ね」
「ひっでぇ! でもなんかイイ……」
へへ、と笑みを溢す姿に身体中の体毛が逆立った。やばい、この人やばい。
皇帝も怪訝な顔で睨んでいる。が、彼にとってはむしろご褒美のようで逆にニッコニコ顔だ。
「とにかく帰れ。俺は手伝わない」
「えー、冷たいなぁ……ルイスにもお得な話だと思ったんだけどなぁ」
「は?」
「うーん、それなら仕方がない。帰るね」
「……待て」
踵を返して帰ろうとするアーロンさんを皇帝が呼び止めた。なあに?とへらへらした顔で振り返った彼に、皇帝が鋭い目線を向けたまま口を開いた。
「お得な話ってなんだ」
「ん? ああ……それはね、そのおかしくなった人々から変なものが見えるんだよね」
「それはなんだ」
皇帝は詰め寄るように問いかけた。アーロンはワンテンポ遅らせてから、言葉を漏らした。
「黒い、気味の悪いオーラだよ」
「そ、それって……!」
黒いオーラ。もしかしなくても、多分闇の魔力の象徴。それはきっと、神代樹やこの前の謎の集団と同じ……!
私と同じことを考えたのか、皇帝は目を見開いて立ち上がっている。
「でもま、忙しいんならしょうがないよね。1人で……」
「……俺も行く」
「ほんと? やーりぃ!」
そう皇帝が告げると、アーロンさんの目がキラキラと輝いた。「じゃあ明日からね」とワクワクとした表情を見せながら笑っている。よっぽど皇帝が来てくれるのが嬉しいらしい。
にしても、明日からとはまた急だな……って、アーロンさんこれから国に帰ってから支度するんじゃ遅いし、もしかしてもう用意は済ませてるのかな? だとしたら相当な策士だ……恐るべし。
ま、皇帝がいないなら掃除がはかどりそうだし、私としてはラッキー……
「もちろんアイリスちゃんも来るよね?」
「えっ、はい!?」
「当然でしょ~、だってルイスの奴隷なんでしょ?」
「ぐっ……なんでそれを……」
「決まり~! じゃあ明日、うちの国で待ち合わせな!」
それじゃあ! と言うと彼は風のように去っていった。え、ちょ! 言うだけ言って帰ってったんですけど……!
「こ、こうて……」
「ということだ。準備しろ」
ひい、私が行くことは決定なのね。何てこった……。
──でも、黒いオーラについては私も気になってたし。少しでも、あの集団の手がかりを掴めるのならば、行くべきではあると思う。
よし、それなら張り切って行かなきゃ! 頑張れ、私!