奴隷異世界人、困惑する。
私の奴隷ライフが始まってから、早1週間。
異世界+奴隷というなんともあり得ない組み合わせの中、私はなんとか生活していた。
あのあと、私たちは一日中(って言っても時計がなかったからわからないけど)歩いて、どこかに連れていかれた。窓には鉄格子、外の塀には電線が張り巡らされ──ているかと思ったけど、案外普通の場所だった。ちょっと古びた工場って感じの所。お世辞にも綺麗とは言い難いけれど、一応寝床もあるし下水道は備わっている。門も簡単に開いちゃうし、本当にこんなんで逃げられたりしないの? と思ったのだが、すぐ理由が分かった。
私以外の人達は皆、呪いにかかっているから逃げ出そうという意欲が湧かないらしい。イーリス様いわく〔もし呪いから覚醒した強者がいたとしてもだな、呪いが解けていなければ操るのはたやすいのじゃ。一歩もここからはでられぬよ〕とのこと。逃げ出そうとする人がいないなら、余計な設備を増やさなくて良いのも確かにうなずける。
ちなみに私は隙を見て逃げ出そうとしたけれど、門の所に見えない壁みたいなのがあって出来なかった。──結界、のようで触るとぶにょっとした感覚があり、外に出れそうになかった。二重に予防線を張っているとは。まあここは異世界だし、結界を張るのはどこの施設でもあることなんだろう。
そして、今までの新しい発見はというと。
まず発見1つ目。この世界には、"魔法"が存在すること。
まあこれはイーリス様からの隷属呪具の話を聞いたときからあるとは分かってたけどね。でも思っていたよりもメジャーで、ほとんどの人が使えるらしい。
で、いわゆる"属性"の種類は大まかに分けると、炎・水・雷。で、そこから枝分かれして土・風・氷となって、これのどれとも繋がりがない属性は光・闇に分類され、計八種類。そしてゲームのRPGのように、それぞれ得意不得意があるらしい。雷→水→炎→氷→風→土→雷……といった具合に、一回りしている。光と闇はお互いの魔力を打ち消しあうらしい。
この説明は、ここに来てから最初に行われた、奴隷の魔力の多さと属性の区別をつけるための検査待ちの時に、イーリス様が教えてくれた。かなり長い説明だったから要約したけど、これぐらいの知識があれば大丈夫だろう。
そして発見2つ目。これはかなりびっくりしたこと……。
この前、深夜に森の奥のお屋敷の窓拭きを言い渡された。深夜に行うのは、奴隷は法律で禁止されているから見つからない為なんだとか(イーリス様から教えてもらった)。
普通どこのお屋敷もメイドさんとかいるけど、窓拭きはかなり危険な仕事。こういうのは"汚いもの"とみなされた私たちに回ってくるらしい。──ちなみにこの話も、イーリス様から。イーリス様っていろんなこと知ってるから、まるで生き字引。聞いたら何でも答えてくれるから助かっている。──あ、でも年齢を聞いたときとかは黙ってたな。若そうに見えて実は年寄りなのかも。しゃべり方もかなり古風だしね。
おっとっと、話がそれちゃった。──まあとにかく、私は水を汲むために井戸に向かった。井戸なんて初めて使うな、早く終わらせて行こー……なんて考えながら、するするとおろす。ぽっちゃ~んと水に桶が落ちる音がするのを聴き、私はロープを勢いよく引っ張った。
そこでふと気づいた。
──私って、こんなに力弱かったっけ?
まあ文系部活をやってきたんだから、弱くなってもおかしくはないか。
でも井戸って意外にキツい。腰を低くして一生懸命引っ張ってる割には、上がってくるのがめちゃめちゃ遅い。しかも手がかじかんで上手くロープ持てないしっ。
「んしょっ……異世界だし、色々変わってることとかもあるのかな……力が半分になっちゃったとか。──よいせっ……と。はー、重かった」
ようやくあげた桶に、試しに手を入れてみた。冬の水だから超冷たいかなって思ったけど、案外あったかい。そっか、井戸水って夏つめたくて冬あったかいって言うもんね。水の温度が変わらないから。水道がないのは不便だけど井戸っていうのも悪くないかも!
それにしてもこれ、古びてはいるけど雰囲気は抜群だな。貞子とか出てきそう。いやー、あれ見たことあるけどすっごく怖かったな。──そういえば、私の弟の棗が無理矢理、妹……桜子に見させて泣かしちゃってたな。
──みんな、元気かなぁ……。
なんて感傷的になりながら、桶の中を覗きこんだ。私の顔が水に写る。……いつ見ても童顔だよなぁ。だから毎朝鏡見るのが嫌だったな──ってあれ?
──いくら私が童顔であるとはいえ……なんか、顔が幼すぎる気が……?
頭の上にクエスチョンマークを浮かべながら、私は立ち上がった。……そういえば視界の高さも低い気がする。
──まさか。
私は桶を置き去りに、すぐさま拭こうとしていた大きな窓に駆け寄った。
あわてて全身を窓に写す。
──その瞬間、私はあんぐりと口をあけた。
「なっ! なんじゃこらあああああぁぁぁぁぁぁぁ!?」
窓に写されていたのは……
黒髪の前髪パッツン、低めのツインテールの姿の私。いや、それはいいんだけど。私がびっくりしたのはその体型。
身長はもともとチビではあった。でもそれ以上に小さい。顔もそんなにほっそりとはしてなかったけど、少し丸みを帯びた気がする。それに手足も細い。──どう見ても、小学校低学年ぐらいの年にしか見えない。でも、目の前に写し出されているのは紛れもない、私。──これってもしや……
「か、体が縮んだ?」
当然、写し出されている女の子の口も動く。それに、見れば見るほどアルバムで見た小さい頃の自分にそっくりだ。あぁ、やっぱりこれ自分かと改めて実感する。
な、なんてことだ……転生するから外見は変わっちゃうかな~なんて軽く思ってはいた。まさか若返ってしまうとは。でも、身長とかそういう面以外はそのまんまだ。母さん譲りの墨のように真っ黒な髪も、瞳の大きさも、色も。それに声も今まで気づかなかったぐらい同じだ。少し高くなったぐらい。
若返るんなら外見ももう少し変わってみたかったな。金髪碧眼とか超憧れる。そこまで変わったら変わったで気持ち悪いかもしれないけど。ていうか、若返り転生って……あるあるすぎてもう飽きました。
〔むう……菖蒲、どうしたバカでかい声を出しおって〕
不意に、イーリス様の声が頭の中にこだました。そういえばこの世界に1度姿を現して以来、こうやって頭の中に直接語りかけられるようになった。姿を現すのには力が必要みたいで、それなりに疲れるからあまりしないらしい。私がイーリス様にあったときと同じような、大きい姿のは特に。ちなみにこの世界に現れたときの妖精のような小さい姿──省エネ版はそこまで疲れはしないみたいだが、本人いわく〔面倒くさい〕とのこと。結局姿を現さないのは、面倒くさいという理由で間違いないだろうと私は思ってる。
それよりもごめんなさい、うるさかったのか……。
〔うるさいなんてもんではないぞ! 我のいるところに響いてしょうがないわ! 嗚呼、せっかく現世の"ひるどら"とやらがいいところであったのに……〕
イーリス様、昼ドラなんて見てるんですか……知らなかった。っていうか、現世(私がもともといた世界のこと。イーリス様はなぜかこう呼んでいる)のTV見れるんだ。
〔我が魔力で作り出したのじゃ。その名も"現世まる見えテレビ"! 見たいと思ったものをすぐ見れるスグレモノじゃ。それに、過去のものならいつでも見られるのじゃ〕
な、なんかどっかで聞いたことあるネーミングだこと……っていうか、高性能なテレビだな、録画しなくてもいいんだ。もし売られていたら、間違いなく大ヒットだろうな──って、それより! イーリス様、私若返ってるんですけど! 6歳ほど!
〔ああ、その事か。気づいてなかったのか? ここに来てからずっとそれだぞ?〕
だってこっちに来てから鏡見てないですもん。奴隷ライフに身だしなみを整える時間など存在しないのだ。まあ力弱くなったなーとか目線低いなーとは思ってたけどさ、まさか若返ってるとは思わないじゃん! 早く言って下さいよっ、もう。
〔我が送る年を4年ほど間違えたからの、それの影響であろうな。恐らくそなた、今は12歳ぐらいではないか? たいして転生前と変わらんだろう?〕
……4年? え、まじですか。どう見ても、10歳ぐらいの体型なんですが。"たいして"じゃなくて、"かなり"ですよイーリス様。もしや、私12歳でこんなちっちゃかったの? 嘘だぁ、私は絶対信じないぞ。絶対もっと大きかった。
〔まあこの4年は推測だからの、この世界になんらかの動きが生じた時何歳だかわかるじゃろうて。それに年を取って老いぼれになるよりよかろう?〕
ま、まあそうかもしれないけど。それならその時がくるまで辛抱するとするか……。
〔む、そろそろ仕事をやらぬと看守がくるぞ、菖蒲。我は続きを見るとするかの。ぐっどらっく、じゃ!〕
イーリス様はそういい残すと、それっきりしゃべらなくなった。全く無責任な女神様だこと。でも、そうですね。さっきかなり大きい声出しちゃったし、聞かれてたら怪しまれちゃう。早く仕事に取りかからないと。
私は取り敢えず、放りっぱなしだった井戸の桶を取りに行った