奴隷歌姫、傷心。
あの恐ろしいテロ事件から数日が経過した。
もっと皆を避難させられたはずなのに、命からがら逃げ延びてしまったのが悔しかった。もっと、もっと沢山助けられたはずなのに。
瞼を閉じるとあの頭を飛ばされた女の子の姿が目に浮かんできてしまう。それでも、嫌でも眠気は襲ってきた──その眠気を無理矢理吹き飛ばす為に、魔術結界具がある地下室に籠って魔力を送り続けていた。
送る方法は至って簡単だ。結晶体の中央にある、アヤメの花に触れて意識を集中させるだけ。ここ数日はずっとこの調子のせいか、前よりも数倍の大きさになった気がする。そりゃそうだ。数日間といっても、動けるようになってからほとんど一睡もせず、ずっとやってるから。
〔菖蒲……やりすぎだ、もうやめたほうがいい〕
「……」
〔菖蒲!!〕
テロの後目覚めた時から珍しくずっといるイーリス様が、結界具のある台座に仁王立ちしてこちらを睨んできた。
〔別に、お前のせいではないだろう? そんなに自分を責めるな〕
「……でも。自分が無力なのは本当じゃないですか」
〔……それは〕
言い返せなくなったようで、イーリス様が黙った。
そう、無力だ。何もできやしなかった。旋律の巫女のはずなのに。この世界を救うように、イーリス様からお願いされたのに。
なんで私はこう、いつも何もできないんだろう? あの時だって、今回だって──人の足引っ張って、迷惑かけて。
──ばかみたい。
〔だがな、菖蒲……げ、タイミングの悪い……!〕
イーリス様がそう言いかけたとき、急に慌てて姿を消してしまった。いきなりのことだったから、驚いて彼女がいた所を凝視していると、後ろから声をかけられた。
「何をしている」
「……結界の強化、です」
振り向かなくてもわかる。冷たい声と、目の前の結晶に写し出された姿。皇帝のお出ましだった。
「何故こんなところにいるんだ」
「それはこっちのセリフです。私がここの鍵は持っているのになんで皇帝が……」
「老いぼれから奪ってきた」
合鍵か……そんなものあったんだ。
ふうん、と興味なさげな私を見て、皇帝が私の腕をつかんだ。
「なんで休んでいないんだ」
「もう怪我も大丈夫ですし」
チッと舌打ちが聞こえると、皇帝は私の腕を引っ張って顔を向かい合わせた。
「自暴自棄になってどうする」
「弱いくせに強がるな」
「……弱いからこそ、強がるんですよっ!」
そう、私は弱かった。無力だった。──だからこそ、今は強がることしかできないんだ。
「助けられたのに。助けられたはずなのにっ……」
足に力が入らなくなって、がくんと崩れ落ちた。
殺されてしまった。──いや、私が殺させてしまった。
目頭が熱い。込み上げる思いが、止まらない。
「うっ……うわあああああああああああっ……!」
目の前に皇帝がいるというのに、私は泣きじゃくった。涙も、嗚咽も止まらない。
数分間泣いただろうか。その間も皇帝は私を見下ろしたままだった。が、突然私の首もとを掴んで持ち上げるとそのまま歩き始めた。
「ちょっ……皇帝、なにす、」
「いいから黙ってついてこい」
ぐいぐいと引っ張ってどこかへ連れていく。お決まりの光景ではあるけど、いつもよりも何倍も力強い。
「過去ばかり見つめるな。終わったことだ」
「……でも!」
終わったことだ、その一言で片付けられるほど簡単な事じゃない。
皇帝は例え命が失われたとしても、終わったことだから仕方がないで済ませてしまうの?
「そんなの……」
「……過去は過去だ。過去ばかり囚われるな。お前に今必要なのは」
そこまで言い、立ち止まって一拍おく。
「お前が切り開いてやった未来を守ること」
「う、わっ!」
「……アイリスちゃん?」
皇帝は立ち止まった所にあったドアを開けて、私を放り投げた。その先には沢山の人々。そして、魔術具を手に立ち上がったソフィアさんと、魔法をかけようとしていた師匠がいた。
驚愕の眼差しで後ろを振り返ったけど、すでに扉は閉められていて彼の姿はなかった。
「貴女、もう大丈夫なの?」
「はい。ところでここは……」
「避難所。例のアレで怪我した人たちとか、その子供とかがあぶれててね」
「避難所……こんなところにあったんだ」
ぐるっと周りを見渡した。突然入ってきた私とソフィアさんへと視線が集中している。城の騎士団員、魔道士団員、一般人と老若男女様々な人々がいた。
「あ……おねえちゃん!」
その中からたたたっと小走りにやって来たのは──あの時、最後に瞬間移動魔法をかけた子達だった。先頭にはリナちゃんと、年長者らしかった男の子がいる。
「……皆」
「おねえちゃん、ぶじだったんだね! よかったぁ……」
リナちゃんが私へと飛び付いてくると、腰に抱きついてきた。
目を白黒させて戸惑っていると、先頭の男の子が一歩踏み出して言った。
「……ほんとに生きてるとは思わなかった。しぶといね」
絞り出されるように出された声が、重く私にのしかかった。
一度ひっこんだ涙が、また流れ落ちた。
「ごめんね……皆、ごめんね……」
「えっ!? ちょ、え!? おい!」
「あっ、レイくん泣かせたーっ!」
「え!? 俺のせい!? ちょっ、泣くなよ!」
目を押さえても、押し返すかのごとく涙が溢れてきた。そんな私を見てアワアワと男の子は狼狽えている。
恥ずかしくて、カッコ悪くて。涙を見られないようにうずくまった。
「私なんかが生きてて、ごめんね……」
「は? ……あぁ、そうか、あれか……」
しゃっくりあげながらなんとか言葉を紡ぐと、目を伏せた。でも次の瞬間、
「……あいつの事はそりゃ、悔しいけど……
でも、あんたのこと誰も恨んでなんかねーよ」
そう言うと、私の頬を両手で挟むとぐいっと持ち上げた。
「あんたがいなかったら、俺ら、死んでた。皆、感謝してる」
その言葉に続けて、「ぼくも!」「あたしも!」と声が上がって、私を取り囲んだ。
「な? だからほら、元気だせって」
きらきらと輝く無数の瞳が、私をとらえた。
その瞳には私への憎しみはなかった。
──未来を守る。
そっか、そういうことか。
「う゛ううぅぅぅううう゛う……」
「エッ」
「あーっ、また泣かせた!」
「レイおにいちゃんひどーい!」
「え! また俺のせいなの!? 」
わいわいと私を取り囲む子どもたちから、笑い声があがった。
「ありがと、皆……」
どうやら、無力な私でも出来たことはあったようです。
ようやく次回から話が動き出します!(予定)