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奴隷転生者の花唄  作者: 雨宮 海
秋の闘技大会
57/85

奴隷歌姫、観戦する。

 二人と手を繋ぎながら、観客席へとやってきた。

 さすがにこんなに人がいるところでこの髪と瞳のままでいるわけにはいかないので、すぐさま変化魔法をかけた。リナちゃんは、「この前の女の人……!」と驚いた様子で、私が巫女なのは皆に内緒ね、と言うとコクコクと首を縦に振ってくれた。天使か。


 観客席にたどり着くと、優しげな表情のおじ様と子どもたちが座って、試合を眺めていた。キースさんと、孤児院の子どもたちだ!


「おやリヒト、お疲れさま。良い試合だったよ。リナも任せてしまってすまないね」

「いえ、元はと言えば駄々をこねたリナを連れていったのは僕でしたから」

「リヒトだー! おかえりぃーーー!」

「ただいま、皆。良い子にしてた?」


 わらわらーと子どもたちはリヒトを取り囲んだ。にこにこと対応するリヒトは私が助けた頃のリヒトとは全く違っていて、すっかりお兄さんの顔になっているのを見て少しだけしんみりした。大きくなったなぁ……。


「あれ? その人……」

「あれだよあれ、レネンかシルトのアイジンだよ」

「ああ! そういえば!」

「こら、人に向けて指差さない! ごめん、お姉ちゃん。こいつまだ小さくてさ」


 いやいや。私にとってはもともと生意気な弟もいるからね。これぐらいかわいいものです。


「アイリスさんも観戦に? ここでなくても、観れるはずでは?」

「観れるには観れるんですけどね……ちょっと脱け出してきちゃいました」


 どうやらキースさんも私が巫女であることを察しているらしい。「それじゃ、ここ空けますからどうぞ」と席を空けてくれた。お言葉に甘えて座ると、ちょこんとリナちゃんが私の膝のうえに乗っかってきた。うむ、天使。そして、それを横目で見てくるリヒトの目線が羨ましげなのは気のせいなのかな? いや、そうだとしたらお姉ちゃん嬉しい。


「あっ、もうそろそろダブルバトルだよ、お姉ちゃん。二人が出るよ!」


 リヒトの言う通り、コロシアムの中央にレネンとシルトが入場してきた。相手は、魔道士と剣士のコンビ……あの服装は、城の団員じゃない? おお、いきなりなかなかの強者と当たってしまったみたいだね。大丈夫かな……。


「レネン~~! シルト~~! がーんーばーれーーー!!」

「負けるな~っ!」


 二人の姿が見えると、きゃいきゃいと子どもたちが歓声をあげた。すると、ゴングが鳴り響いた。試合開始の合図だ!



 レネンは剣を抜くと、相手の剣士へ向けて攻撃を仕掛けた。シルトは土魔法で土人形(ゴーレム)を作り出し、魔道士へと向かわせた。シルトはいつも持っている大斧を装備していない。今日は魔道士として戦うつもりみたいだ。


 相手の魔道士は土人形(ゴーレム)を風魔法で打ち消す。土魔法は風魔法に弱いから、簡単にさらさらと砂になって無くなってしまった。

 それを見た剣士はレネンを吹っ飛ばすと、すかさず丸腰のシルトへと突っ込んでいった。シルトは大技を仕込もうとしていたらしく、まだ詠唱の途中だ。


「シルトー!」

「避けてー‼」


 子どもたちが慌てて声をあげた。が、シルトはその場を動こうとしない。

 剣士がシルトまで距離およそ数メートル、もうダメかと思ったその瞬間、ものすごい暴風が巻き起こった。砂ぼこりが舞い上がって、四人の姿は見えなくなってしまった。ていうか、風強い! 観客席まで巻き込んで砂が、いたたた!


「なんだ? どうなった?」

「なにもみえねぇ!」


 観客もざわめき始めた。そうなるのも無理はない、突然突風が吹いて砂ぼこりで見えなくなったんだから。

 ──って、あれ? ここってそんな舞い上がるような土じゃなかった気が……だとしたら、そうか! さっきのシルトの土人形(ゴーレム)が壊されたのは、もしかして計算済みで、その砂を巻き上げて──


 急に視界がクリアになった。そして、コロシアムの中央には──倒れている魔道士と、首筋に剣を突きつけられた剣士がいた。剣を突きつけているのは──当然、レネンだ。



「……ま、参った」


 

 剣士がガクリと項垂れた瞬間、コロシアムは大歓声に包まれた。


「はっええええ! 団員をこんな短時間で降参させてやがる!」

「あいつらどっかで見たことあると思ったら、もしかして"疾風"と"鉄壁"じゃねぇか?」

「そういえば……赤毛の小僧に巨体の男だと聞いたことがあるな」


 疾風、鉄壁? 通り名みたいなものかな? なんと厨二病臭いネーミング……ぷぷぷ。


 にしてもすごい。レネンとシルト! コンビネーションばっちりだね。力ずくじゃなくて、考え込まれてる。きっとシルトが考えてるんだろうけどね。


「あんな大きな風を起こせるなんて、すごい」

「レネン、たくさん特訓してたからね」


 うーん、私も奴隷のころと比べると、随分強くなれたと思うけど……負けてられないね、こりゃ。



 その後も試合は続き、レネン&シルトペアは勝ち進んだ。準決勝進出を勝ち取ったところで、出場者が休憩をとるべく試合は一旦中断となった。

 そろそろ戻らなきゃ、と皆に言い残して観客席を離れたのはいいんだけど……迷ってたことも忘れて来ちゃったから、リヒトが案内してくれた道しか分からなくて、結局またあの廊下に来てしまった。絶対ここからだと遠いよね、ちゃんとしっかりした道聞いてから来るんだった。

 しょうがない。とりあえずまた、探知魔法でもかけようかな……と、あれ?

 廊下の反対方向から、二人組が歩いてきた。片方は背が高くて、片方は燃えるような赤毛……もしかして!


「レネン!、シルト!」

「おわっ……アイリス!? おま、何でここに」


 やっぱり二人だった。さっきまで戦っていたせいか、体の所々が擦りきれている。

 レネンは目を見開いて私を見ている。ま、まあ私がこんなとこにいたら驚くか、そりゃ。


「見てたよ、試合。すごいじゃん」

「まーな。まっ、俺とシルトだからな」

「で、二人はどこ行こうとしてたの? 観客席じゃないよね?」


 確か、出場者は負けるまで観客席に行っちゃダメだったはず……なんでかはよくわからないけど、多分小細工とかそういうのを防止する為だと思うけど。

 

「傷の手当て。まあ、そんな対した怪我してないけど、魔力は回復しときたいからな」


 なるほど。そういえば大会で負傷した場合は無料で治療できるんだっけか。

 うーん、手当てなら私がしてあげたいとこだけど、それやったらきっとダメだよね。一応、こんなんでも仮にも旋律の巫女だし……。

 

「そっか。午後も出るもんね」

「ああ。決勝出たいしな」

「リヒトは決勝目指す前に辞退するって言ってたけど、やっぱ二人は目指すんだ」


 リヒトいわく、今回は力試しと魔道士団員の試験の為だから予選通過してから数戦したら辞退するって言ってた。確かに、あの光魔法は大々的に使えないだろうしね。観戦して能力観察の方が楽しいらしい。


「あったり前」

「さすが、"疾風"と"鉄壁"だね~」

「なっ……そ、それ、どこで!」

「さっき、観客席で」

「やめろそれ! 恥ずかしいだろ!」


 本当に嫌がっているようで、私が疾風、疾風と連呼しながら肘で小突いていると、頭を叩かれた。痛いッス疾風先輩、色んな意味で。


「……そろそろ、行こう」

「あ? あー、そうだな。治療しなくちゃいけないしな」


 シルトが申し訳なさそうに切り出した。しばらくそのまま世間話をしたいところだったが、二人もこのあと試合を控えている訳だし、しょうがないよね。


「そうだね、私も行かなきゃ。二人とも、頑張ってね! じゃあ!」


 そう言い残して駆けていこうとすると、「アイリス!」と声をかけられた。


「待っててくれ。……俺らも、必ずそっちいくから」

「え? それってどういう……」


 事なの、と口に出そうとしたら、ものすごい力で後ろに引っ張られた。……このタイミングで現れるのはこの人しかいない、よね。


「遅い。どうせろくに道も覚えてない癖にフラフラほっつき回るな」


 やっぱり皇帝だった。随分とご立腹のようで、腕に指が食い込いたたたたた。痛い、痛いって!

 文句を言おうと振り向いてみると、視線は私の方を向いていなかった。辿ると、その先にはレネンとシルトが……。


「…………」

「…………」


 な、なんでそんな睨みあってんの……。不思議と火花が見えます。この二人ってまだ話したことすらもないよね? あ、私が脱走した日にちょっとだけ話した……か? いやでもそれだけでなんでこんな張り合ってるんすか。オイ。


「行くぞ」


 数十秒睨みあった後、皇帝は急に歩き出した。いつものように腕をつかんで引っ張っていく。ったく、引っ張らなくても歩けるって何度も言ってるのに、なんでこうなんだろう? うーん、それでも酷いとき(契りのツタで引っ張られること。あれ、結構首回りが苦しい)と比べればまだマシになった方なのかな?




「アイリス! ったく、遅いわよ! もうそろそろ着替えなきゃ、間に合わなくなるわよ!」


 戻るとすぐジェーンがドレスを持ち出してきた。あちこち探し回ってくれていたのか、うっすらと汗をかいている。


「ごめん、友達と会って話してたら、つい」

「はいはい。どうせそうだと思ってたわよ」


 ホイホイとドレスやらアクセサリーやらを渡してくる。今回は秋だから、繊細な刺繍が特徴的なシックな赤色のドレスだ。

 頭はフワフワと巻かれてアップにされている。秋の実りを象った、葡萄の髪飾りをたくさんつけられた。造花とはいえ、少し頭が重い。


「うん、完璧。さっすがあたしね!」

「おおお……ありがとう、ジェーン!」


 姿見に自分の姿を写してくるっと回ってみた。童顔やお子ちゃま体型でも大人っぽく見えるから不思議だ。メアリーにも見せてあげようっと……あれ?


「ねえ、メアリーは? いつもなら一緒についてきて待ってるのに」

「ああ、あの子なら試合みたいからって観客席行ってたわよ」


 へえ……メアリーって試合とか見るんだ。野蛮なの嫌いそうなんだけどな。意外です。


「さっ、もういいわよ。試合の続き、見てくれば?」

「そうする! ありがと、ジェーン」


 確か、そろそろ決勝戦が始まる頃じゃないかな……レネンとシルト、勝ってるかな? 


 モサモサするドレス姿で、皇帝たちがいる部屋に向かった。が、皇帝の姿はなくてサーシャ様とリズちゃんしかいなかった。


「おお! アイリス、いいじゃないか。似合うぞ!」

「そ、そんなことは……と、あの、皇帝は?」

「ああ、ルイスか。今丁度試合に……」


 え! もう決勝戦終わったの!? 見たかったのにっ……!


「ああ、決勝戦だが実は勝ち上がった一組が棄権してな、決勝戦は行わないで、準決勝で勝ったもう一組が今……」


 もう一組? ってことは、もしかして……!


 コロシアムの中央には、銀髪をなびかせて大剣を構える皇帝。それに対して向かい合うのは、赤毛に大男……レネンとシルト!

 すでに戦いは始まっている……というか、今にも終わってしまいそうだ。二人とも擦り傷だらけだ。

 

「…………!」


 レネンが何かを叫んでいる。歓声が大きくて聞こえないな……海中音量魔法、こっそり使ってみようか。


「勝ち上がってきてその程度か」

「くっそ……!」


 お、聞こえる聞こえる。やっぱり二人は劣性で、すでに魔力も尽きてきているみたいだ。とはいえ、二人の怪我に火傷がないことから推測するに皇帝はまだ魔法も使ってないようだ。むむむ……なかなかに厳しいな。


「おっらぁぁぁぁ!」


 挑発に乗せられて、レネンが剣を片手に飛びかかるが、皇帝はひょいひょいと避けていく。速さが違いすぎる。

 地面に着地した皇帝が余裕そうに剣を構え直した。すると、突然皇帝の足元がぐらりと揺れた。


「……チッ!」


 逃げようとした皇帝を、レネンがすかさず足止めした。そして、シルトが間髪入れずに呪文を唱える。


「エダフォース・ローワン・タチェース・アナプティクス!」


 すると、バキバキと地面を轟かせながら大量の枝葉が這い出てきて、二人の姿が見えなくなった。枝葉の間から、剣先が突き出ているところから察するに、皇帝は飲み込まれたみたい。

 レネンも巻き込まれたかと思いきや、咄嗟に風魔法で緊急回避したみたいだ。


 ワアアアァッ! と観客が沸いた。あれは、土魔法だよね? あんな使い方も出来るのか! 植物を急成長させて拘束する……すごいなぁ、私にも出来ないかな。


「でも、あれならすぐ炎魔法で出られそうじゃ」

「無理。……あれ、ローワンの木」


 私がぽろっと溢した言葉に、リズちゃんが反論した。ローワンの木? そういえば、こないだ見た植物図鑑にそんな感じのがあったっけ。確か、魔力封じの効果があるとかないとか……そうか、あれ魔力封じの魔法も兼ねているんだ。なるほど、それならいくら皇帝でも魔法での脱出は難しいよね。


「完全に詰んでます……よね」

「それが普通の人ならそうなる。……でも、ルー兄様に限ってそんなことない」


 リズちゃんがそう呟いた瞬間、ゴオッと熱気が伝わってきた。


 ローワンの木の塊から突き出した剣先から炎が吹き出ている。そして、あっという間に灰になって崩れてしまった。


「チッ……熱ィ」

「……な、ローワンの木……なのに」

「嘘だろ、アイツローワンの木の魔力封じが効かない範囲で魔法を使ったってわけか!」


 ってことは、魔力を剣に流して魔法を遠隔発動させたってことか。え、それってなかなか難しいんじゃ……。


「諦めろ、お前らにもう勝ち筋は残されてない」

「まだまだぁぁぁ!」


 ヨレヨレな状態でも二人して斬りかかっていく。皇帝は意図も簡単に避けていく……が、どこか楽しそうな雰囲気だ。表情は変わらないけど。

 斬りあいが続き、いつの間に呪文を唱えていたのだろうか、レネンが特大の風魔法を錬成していた。


「~~~~~っ! よし、いけぇええ──」



 ドゴオオオオオオオォォォォォォン!



 その刹那、爆音が聞こえてきた。続いて、爆風と沢山の瓦礫が吹き飛んでくる……危ない!



「あぐ……絶対領域(サンクチュアリ)っ!」

「っぐ!」

「っ……!」



 咄嗟に近くにいた二人に駆け寄って絶対領域(サンクチュアリ)をかけた。受け身をとったはいいが、煙で前が全然見えない。

 いつも掃除で使っている水魔法と風魔法で煙を払うと、慌ててバルコニーへと走った。観客席は? 観客たちは!?




 ──私が目にした風景は、なんとも残酷なものだった。



「な……え?」




 向かい側の観客席……そこが、抉れている。



 そこに立っている人──その足元には、血の海と人の山が出来上がっていた。




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