奴隷歌姫、追っ払う。
澄みきった青い空、今日は雲一つない快晴。秋の恵みの感謝を捧げる祭りにはぴったりの天候だ。
そんな中、私は会場準備の仕上げの手伝いに明け暮れていた。
「えぇと、ここら辺ですか?」
「あともう少し左です」
「こんぐらい?」
「それで大丈夫です」
横断幕をしっかりと固定して、私はオズの元へと降り立った。実は、昨日までの師匠との特訓のお陰で憧れの飛行魔法を会得しちゃいました! ちょっと魔力消費が激しいんだけど、魔法といったらこれがなくちゃね。
「助かりました。今はほかの魔道士がいませんので……」
「確かに、あんな高いとこから吊るすのって結構大変ですよね」
今私たちがいるのは、王宮の近くにある円形型闘技場──いわゆる、コロシアムである。たった今吊るしたばかりの横断幕の「チェモーナス祭闘技大会」の文字が、風になびいて揺れている。
この前知ったのだが、チェモーナス祭は神への秋の実りの感謝を捧げるだけでなく、帝国軍開催の闘技大会が行われることになっている。チェモーナス祭の一大イベントで、帝国軍団員から城の従業員から市民まで、誰でも参加できて優勝者は皇帝と戦うことができるみたい。過去勝利した猛者はいないらしいけどね。
皇帝と戦えるのは大変名誉なことらしく、特に帝国軍団員は張り切っているらしい。だから、今もウォーミングアップをしている関係で魔道士が足りてないようだ。 毎年そんなんでどうやって用意してるんだよ! と思ったら、去年までは妖艶お姉さまソフィアさんが手伝ってくれていたらしい。なんで今年からやらなくなったんですか! 絶対私に押し付けてますよね? うう、準備さえなかったらお祭りの屋台で食べ物を物色しようと思ってたのに……。
「それにしても、皇帝と戦えるのが名誉なんですか」
「ええ。きっと今ごろ、団員達が血眼になって最終調整をしているかと」
私なんか毎日のようにちょっかいされてるからちっとも名誉に感じないんだけど……。世間体ではそういうものなのかな。正直皇帝と戦うなんて、私だとしたらお断りしたいんだけど(命に関わる的な意味で)、物好きな人もいるもんなのねぇ……。
「ところでアイリス様、そろそろご準備をされたほうがよろしいのでは? 大巫女様の視線がこちらに向いているようですが……」
「げっ、もうこんな時間!? すみません、行ってきます!」
オズの言った通り、日陰に椅子を置いてくつろいでいた師匠が、ものすごい剣幕でこちらをみている。やば。私はすぐさま、師匠の方へと駆けていった。
◇
「お、おお……すっごい」
見渡す限り、人、人、人! 巨大なコロシアムの観客席は満杯で、秋とは言え照りつける太陽のせいもあってか熱気に溢れている。さっき私が水魔法を全体的にかけて、日光をいくらか遮断しているとはいえ、暑くてしょうがない。
すっかり準備も終えて、王族専用の観覧席に案内された私は、カーテンの裾から外を眺めていた。本来ならベランダのように突き出たフロアから、コロシアムを一望したいのだけど、やろうとしたら皇帝に攻撃され、目立つからやめろ、とのこと。……それはいいんだけど、いい加減に言葉の前に攻撃するのはやめてくれないものかなぁ。ま、まあ元はと言えば私が悪いんだけども。
にしても、こんな人数の前で歌うのか……緊張する。
「大丈夫か、アイリス。緊張しているようだが……」
カーテンを握りしめて外を眺める私に、サーシャ様が話しかけてきた。
今日のサーシャ様は前回のフィノプル祭の時のようなドレス姿ではなく、白地に金のラインの軍服をまとっている。高い位置にまとめられたストロベリーブロンドといい、すらりとのびた足といい……今日も今日とて美しいです!
「へっちゃらです! 大人数で緊張してますけど……特訓の成果も見せなくちゃですしね!」
グッと握りこぶしをした私に、サーシャ様は「うむ、その意気だ!」と微笑むと私の背中を叩いた。そんな私たちを見て、リズちゃんは「なにやってんだか……」とでも言いたげな顔で、ジュースを飲んでいる。彼女も今日はドレスではなくて、白地に金のラインのローブを着ていた。
……そういえば、皇帝も今日は軍服とマントを着てるけど、一人だけ真っ黒だな。銀髪だから白い服似合いそうだけど、正直白い服着てるとこ想像できないなぁ。会ってから白い服着てるのみたことないし。たまーに紺とか着てるけど、ほとんど黒が多いような気がする。
かくいう私はというと、今日はまだ着替えずにいつも通りの格好だ。今回は開会式じゃなくて閉会式に歌うことになっているから、ずっと何時間も着っぱなしだと辛いからね。
ぼうっと会場を眺めていると、わあっと歓声が上がった。どうやら皇帝がバルコニーに出ていったらしい。そして、サーシャ様とリズちゃんもあとに続いていった。お、いよいよ開幕だ!
「これより今年度のチェモーナス祭闘技大会を開幕する!」
うおおおおおおおお! と地面が轟くほどの咆哮が響いた。それから、サーシャ様によるルール説明が行われた。えらく長い説明だったので、まとめると……
武器は持参可能で、防具は使用不可。一対一で戦うシングルバトルと二対二で戦うダブルバトルの二種類。シングルバトルはまたそこからまた、魔法可と魔法不可に分かれる。午前中はシングル、午後はダブル。で、それぞれのブロックでの優勝者が、報償金と皇帝と戦える権利が与えられるらしい。
ちなみにダブルバトルの時は皇帝のペアは誰かと思ったので、戻ってきた皇帝に聞いてみると、「俺一人で十分だ」とのこと。余裕ありすぎです。
でも致命傷を負わせるのはダメとは言っていたものの、さすがに大量の負傷者がでそうじゃない? 手当て間に合うのかな……。
「優秀な回復術師が揃っているから問題ない」
そうじゃねーだろ! おい!
にしても、試合が始まったのはいいけどここからだと遠くてよく見えないなぁ……。あれか、VIP席は全体がよく見えるけど人が小さいってやつか。水魔法でレンズ作って拡大してみようかな?
すると、サーシャ様が私にニコリと微笑んだ。
「アイリス、お前の出番はまだまだ先だ。折角だし、観客席の方で見てきたらどうだ?」
「え……でも」
「ルイスも今日ばかりは許してくれるだろう。私から見れば、アイリスは絡まれても平気そうだしな。ルイスは過保護すぎだ」
過保護、ねぇ……過保護って言うより問題を起こされたくないだけな気もしますけど。でもサーシャ様もそう言ってることだし、折角だから観客席に行こうかな?
◇
と、意気込んだは良いんだけど……。
「迷った……」
このコロシアム、広すぎ! 取り敢えず下に降りたのは良いんだけど、どこから観客席に行くか分からないし……さっきから同じところをぐるぐるしてる気がする。
参ったなあ、人の気配も……あ。いや、いる。探知魔法を試しにかけてみたら、ここから前方数十メートル先に三つ……いや、四つかな、人間の反応がある。一つは魔力反応もあるし、きっと魔道士だ。よし、したらその人達に聞いてみるか!
カーブした廊下を駆けていくと、途切れ途切れに話し声が聞こえてきた。……が、何か様子がおかしい。
「おいおいおい、なんだぁ? このガキはぁ?」
「ここは闘技大会の参加者専用の所だぜ? おちびちゃんがくるところじゃねーんだよ!」
「こんなガキが闘技大会に出るだなんて言わねーよなぁ? ガッハハハ!」
「や、やめてください……返して……!」とか弱い声が聞こえる。
なに? これ、子どもを大人がよってたかっていじめてるわけ? ゆ、ゆるせん!
私は歩くのをやめて、加速魔法をかけて一目散に走り出した。
「しかもなんだよこれぇ、売ったら高そうだな!」
「こんな高価そうなモン、ガキにはもったいねぇよ。俺らでいただいてくぜ」
「やめて! 返して!」
「いってぇ! コイツ噛みつきやがった! なにすんだテメェ!」
男が声を荒げたのと同時に、私の視界に四人の姿が入った。……すでに男は手を振り上げている! とはいえ、魔法で攻撃したら騒ぎになるし……。
急いで懐からあの白い棒を出すと、その棒に向けて魔力を送った。魔力を吸った棒は白く光り輝いて、私の身長と同じぐらいになるのを確認して、勢いよく地面を蹴って、間に入り込んだ。間一髪男の拳を防御魔法で受け止めると、棒で凪ぎ払った。
ふふん、この前もらったあの白い棒を使いこなせるようになった私に死角はない、なんちゃって。実はあのあと師匠と一緒に特訓して、魔力を流すと伸びる性質を発見した。それを木刀がわりに剣の練習をしたから、付け焼き刃でもそれなりの戦闘力にはなったのだ。刃物もなにもついてないただの棒だけど、それでも私の魔力を受けた棒での一撃は、かなり痛いはず。
「う、うわっ!」
「だ、大丈夫ッスか兄貴!?」
「てめぇ、ふざけんな!」
吹っ飛ばされた男に一人が駆け寄って、もう片方の男は私に拳を向けてきた。ちょっと、防御魔法見てなかったの? とはいえ、防御魔法で受け止めるのもしなくて済むぐらい動きが鈍い。彼らよりも数倍は年を取っているはずの師匠の方が俊敏だ。
降りかかってきた拳を顔を横にずらして避けて、今度は足を棒で払った。もう一人の方の奴も殴りかかってきたが、後ろへ回り込んで蹴っ飛ばす。
うはぁ、無双状態じゃん、私! 今まで、相手が相手だったから感覚が麻痺ってたけど、一般人相手なら魔法なしでもこんなに渡り合えるようになったのか……修行したかいがあったね、うん。
「な……っにすんだよ、てめ……」
「何すんだよ、はこっちのセリフです。いい年こいた大人がよってたかって子どもいじめて、何が楽しいんですか!」
「こんなことしていいと思ってんのか? 暴力だぞ、暴力」
さっきまでその暴力をふろうとしてた奴に言われたかないです。
「この事を俺らが伝えてみろ、罪に問われるぞ」
「正当防衛です。先に手をあげたのはあなた方ですよね?」
「チッ……このクソ女っ……!」
兄貴と呼ばれていた男がまた、性懲りもなく殴りかかってくる。反省したら許してやろうと思ってたのになぁ……まあもう一発やっちゃおうか。
「待ってください兄貴! そいつ、もしかしてあの旋律の巫女じゃ……!」
防御姿勢をとった瞬間、足を払って転ばせた男が立ち上がった。どうやら鼻を打って血が出ているらしく、鼻を両手で押さえている。
ていうか、え!? なんでばれてんの? ……あ、変化魔法かけんの忘れてた。馬鹿は私だ……。なに簡単に正体ばらしてんの!
「は!? こ、こいつが!? あの!?」
「間違いないっス、黒髪に黒い瞳……そんなやつがここにいるとしたら、旋律の巫女以外あり得ないっス!」
「う、嘘だろ……ちっ、ずらかるぞ!」
「覚えてろよ!」というセリフを吐きながら、三人は慌てながら駆けていった。うーん、去り際の言葉もなかなかに小並感でてますねぇ。爽快、爽快。
「あの……おねえちゃ、じゃなくて、せんりつの巫女さま、ありがとうございました」
いじめられてた子が立ち上がると、ぺこりと頭を下げながらお礼を言った。おさげに結んだ髪が垂れて、ゆらゆらと揺れている。
「そ、そんなに固くならないで。お姉ちゃんで構わないから 」
「で、でも巫女さまはえらい人だって、神父さまが……」
「今は、試合を見に来た一般人だから、それでいいの! ね?」
しゃがんで目線を合わせながらそう言うと、「じゃあ、ありがと……おねえちゃん」と頬を赤らめながら言ってくれた。か、かわええ……! 何このかわいい生物!
私がデレデレするのをおさえながら頭をなでていると、女の子の肩に鳥がとまった。鳥、だよね? さっき男が盗ったのはこれだったのか。
まるで光を固めて作ったかのように輝く鳥だ。……ていうか、まさかこれ、魔法で作られてる? あ、探知魔法にも女の子の人間反応と別に、魔力反応がある。そうか、さっきはきっと女の子が鳥と一緒にいたから、反応が一つだけしかなかったのか。
それにしても、なんで一つの生物としての魔力反応が出るんだろう? 普通の魔法なら、人間や生物反応と一緒になったからといって一つと間違えるはずはないんだけど……ていうか、どこかで見たことがある気が──
「あ! いたっ! リナ!」
「あっ……おにいちゃん」
「もう、探したんだよ! 勝手にどっかいっちゃダメじゃないか」
廊下の奥から走ってきた男の子が、女の子の手を握ってこちらを向いた。
「すみません、ご迷惑お掛け……あれ、アイリスお姉ちゃん!?」
「えっ……リヒト!? うわあ、久しぶり!」
女の子を迎えに来たのは、リヒトだった。三ヶ月ぶりに見た彼はまた身長が伸びていて、すっかりお兄ちゃんだった。
そうか、どこかで見たことがある鳥だなぁと思ったら、リヒトの光魔法の鳥だったのか。それに女の子の方も、多分あの孤児院で会ったことがある気がする。納得です。
「ごめんね、お姉ちゃん、迷惑かけて。はぐれちゃってさ。いざというときに光魔法でマークしといてよかったよ」
「ううん、でもよかった、これからお連れさんを探そうと思ってたの。
ところで二人とも、なんでここに?」
さっきのチンピラが言うには、ここは参加者専用の場所らしいし。っていうか、私そんなとこまで来てたのか。方向音痴も程がある……。
「そりゃあ勿論、僕参加者だもん」
「えっ、リヒト、出るの?」
「当然! 僕だって冒険者だもん。それに、魔道士団員になりたいんだ! その為には予選を勝たなきゃダメなんだよ」
え、団員ってそうやって選ばれるの? し、知らなかった。というか、年齢制限ないんだ。
「闘技大会は、騎士団魔道士団員選抜試験も兼ねてるんだよ。リヒトとレネンはダブルバトルで参加してるよ」
「そうなんだ……それにしても、リヒト、魔道士団員になりたいの?」
「うん! だって、最高の研究環境で魔法の研究ができるし、何よりほら、お姉ちゃんといつでも会えるでしょ?」
う、うう……なんて優しい子なんだ! 立派に育ってくれてお姉ちゃんは嬉しいよ……。
「えへへ。お姉ちゃん、ほら……巫女様になったんでしょ? よっぽどのことじゃないと、町に出られないみたいだったから、ちょうどいいなって思ってさ」
「そんなことまで考えてくれてたんだ……ありがとね」
実は結界魔法をちょっといじくればいつでも外には出られるようにはなったんだけど……こんな無垢な笑顔を向けられたらそんなこと、口が裂けても言えない。
「ところでお姉ちゃん。こんなところでどうしたの? まさかお姉ちゃんも参加……てことはないでしょ?」
「うーん、参加もしようかと思ったんだけどね。観客席に行こうとしたんだけど、迷っちゃってさ」
お姉ちゃんらしいね、と笑いを溢すと、リヒトは私の手をとって歩き始めた。
「それじゃあ、一緒に行こ! 僕まだまだ出番が先だし、それにリナもお姉ちゃんが気に入っちゃったみたいだし」
さっきから私に抱きついて離れようとしないリナちゃんを見て、リヒトは微笑んだ。うーむ、この殺人級のスマイル……これは将来が楽しみすぎます。勿論、私の足に絡み付いているもう一人の天使も楽しみだね。あれ? これ、私今ハーレムじゃない?
右手にはリヒト、左手にはリナちゃんという両手に花な状態で、私たちは観客席へと向かった。
投稿したあとに、女の子の名前がフィアだと妖艶お姉さまソフィアさんとかぶるなーと思って、リナに変えました。
どうも私はソフィアとかサーシャとか、日本人なら翔とか、そういう小文字が入った名前が好きみたいです。ちなみにラ行の入った名前も好きです。
更新が遅くなりましてすみません。これからもおそくなってしまいますが(学生なのでどうしても勉強が追い付かなくなってしまうので)読んでくださると嬉しいです。
6/25変更
×優勝者はサーシャと戦い、勝利したら皇帝と対戦
○優勝者は皇帝と対戦
にかえました。