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奴隷転生者の花唄  作者: 雨宮 海
秋の闘技大会
54/85

奴隷歌姫、吟味する。

「皇帝! 皇帝ってば……! 一度止まってください!」


 城下町の大通りに入っても、皇帝が立ち止まる気配はなかった。これはもう黙って引きずられるが吉だろうか、なに言っても止まりそうにないし。だとしたら、何より私の髪や瞳と皇帝が目立つし、引きずられてるのも見られるのは恥ずかしいし、透明魔法だけでもかけておくのが賢明かな。

 透明魔法をかけて、私と皇帝だけが水の膜に包まれた。シャボン玉の中にいるかのように、虹色のもやが見える。うん、久しぶりにやったけど見事成功だ。


 そしてずっと引きずられること数十分。ようやく皇帝が足を止めたのは、裏路地にある古いお店だった。店先に甲冑とか、盾とかが置いてあるから、武器屋かな?

 皇帝は無言で契りのツタを消すと、店の扉を押して入っていった。私も後を続いて、店内に入る。ガラゴロと重々しく鈴が鳴り、何とも怪しい雰囲気を醸し出している。

 ぐるっとまわりを見渡すと、壁という壁に、錆びた剣やら謎の仮面やら──う゛、干されてカピカピになったカエルみたいなのだったり、骸骨だったり、とにかくいろんな物がぶらさがっている。たまにグロテスクなものが置いてあったりしてビビります……。なんだろ、あの大腸みたいなクネクネ。

 そんな重々しいのとは裏腹、すぐ正面のカウンターの上には、鈴蘭のような笠のランプが灯してあり、近くにはまだ湯気がたっている紅茶と、羽ペンとインクが置いてある。そこだけ見れば、アンティーク屋さんのような趣だ。


 でも、お店の人はいない。


「いるか、クレマン」

 

 おもむろに皇帝が声をかけても、返事がない。すると、チッと舌打ちをして火の玉を出し──カウンターの椅子に向けて放った! ちょ! 何やってるんですか!!


 椅子が燃える、かと思いきや。何か壁のような物に火の玉がぶち当たり、だんだん陽炎のようなもやがでてきた。

 そして、それが晴れると──椅子に腰かけ、丸眼鏡をちょこんとのせたおじ様が現れた。


「やあやあ、陛下。久しいですな。珍しいものが手に入ったから、試しに使ってみたんだ」


 そう言いおじ様は、手に持ったなにかの機械──あ、魔法石がついてるな。魔術具かな? ──を取り出してほれ、と持ち上げた。


「何の真似だ、呼んだらすぐ現れろ」

「ふふふ、なあに、ちょっとしたかくれんぼじゃないか。そんなに怒らないでくれよ」


 そのおじ様がいたずらっぽく微笑んだ。それがなんともダンディー……うーん、大人の男性のフェロモンって感じだね。ソフィアさんといい、大人の魅力ってやつだろう。私も一応、精神年齢的にはもうそろそろ二十歳なんだけど……あれ? おかしいな、こんなに大人じゃないぞ?


 そんなおじ様を見て、皇帝は無表情で背中の剣を取り出すと、ぽいっとカウンターに放った。


「いつもの点検だ」

「はいはい。お安いご用ですよっと……ところで、今日はお連れ様がいるんだな?」


 剣を手にとって一目見てから、おじ様は私に目を向けた。深い茶色の瞳は知性に満ち溢れているように、静かな光を放っている。


「なんだ、陛下、隅に置けないな。婚約しゃ……」

「てめえ、その喉かっ切ってやろうか」

「ははは、冗談だよ」


 にこにこと笑みを浮かべ、おじ様はカウンターから出てきた。


「始めまして、私はクレマンです。つたない武器屋の店長をしております。以後お見知りおきを」


 差し出された手と、きゅっと弧を描いた目につられて私も微笑んだ。

 

「始めまして。アイリスです」

「よろしく。見たところ、噂の旋律の巫女様かね? 若いのにご立派ですな」

「ご立派だなんて、そんな……未熟者で」


 そんなことないですよ、とクレマンさんは言うと、私の肩に手を置いた。


「この前のあの火事。あのときに歌声の方を聴かせていただいたが、素晴らしかった」


 え、こんなとこまで聞こえてたんですか!? ひいいぃぃ、恥ずかしい! 


「貴女の素晴らしさは本物ですよ」

「だが弱い」

「うっ……うるさいですね、分かってますよ」


 クレマンさんがいい感じで誉めてくれるなか、皇帝が余計な口をはさんだ。ったく、弱い、弱いって失礼な!


「ということで今日はあれだ。こいつの……武器も調達しに来た」


 びしっと私を指差して言いはなった。え、そうなの? ──そういえば、城を出てくる前に"魔法だけじゃダメだ"とかそういう会話してたな……なるほど、そういうことね。それならそうと早く言ってよね……。


「ほう。陛下、他人の用事についてくるだなんて、珍しいじゃないか」

「あ? 俺の剣の点検のついでだ、ついで。勘違いすんじゃねえ」

「そうかい。それじゃあ、アイリスさん。ちょっと私の手に手をのせてくれないかい?」


 手? なんで手?


「いいからいいから。ちょっとだけ、ほれ」

「は、はい……」

 

 ちょん、とクレマンさんのがっしりとした手に、自分の手をのっけた。のせてからじっとそれを見つめたけど、何も起きない。そして、何の変化もないままクレマンさんは「ふむふむ……」とか呟いて、私の手を離してしまった。え? 何してたの、今?


「貴女の能力値やら特性やら、そういうものを探ってたのさ。うちの武器には少しばかり癖があってね。相性が良いものでなければ、お互いの能力をあげるどころか、打ち消しあってしまうんだ」


 へ、へぇー。そうなんだ。

 でも、なんでその相性が手をさわるだけで分かるんですか?


「人それぞれに、"気"というものが流れていてな。相手に触れることで、私は感じとることができるのだよ」


 なにそれ、すごい! 気、かあ。なるほどねぇ……。


「例えば陛下の場合だが、彼はとても気の量が多くてな。だから、彼の大剣は気量限界値の高いものを選んでいる。気量限界値が少ないと、脆くて壊れやすくなるからね。勿論、私特製のだ」


 つまり、一点モノってことですか……! さすが皇帝ともなれば使ってる武器もすごいんですね。

 クレマンさんは皇帝の剣をあちこち見て、「終わったよ」と言って皇帝に手渡した。皇帝は受けとると、ひゅんひゅんと振り回して試している。お、おい! ここ店内! 店内ですよ!


「ちなみに、気量の少ない人は、気量限界値の低い物の方が、馴染みやすくてしっくりくるんだ。限界値が高い物だと、逆に自分の気量が吸いとられて力不足になってしまうんだ」


 ほうほう。それじゃあ、私の気量はどのくらいなんだろう。気になります。


「ふーむ、貴女の気なら……これなんか如何かね?」


 よっこいしょ、と呟きながら取り出したのは、細い剣。フェンシングとかで使う感じのやつだ、レイピアって言うんだっけ? 持ち手の所が何かの貝殻のようなものをかたどったデザインで、銀色に光っている。ほい、と差し出されたので片手で受けとった……が、


「お、重ッ……!?」


 ずしりと手のひらにのしかかる重量はなかなかのもので、床に落としてしまった。え、ちょ、こんな重いものなの? 剣が細いから大丈夫だと思ったのに。どう頑張って持ち上げても、床から剣先が離れない。


「ほれ、振ってみなされ」

「いや……これは……ちょっと、無理、です」

「そうか。……うむ、それならこれはどうだろうか?」


 クレマンさんが次に取り出したのは、双剣だった。剣と言っても小さめで、短剣である。こっちは柄に植物のような紋様が描かれていて、刃が薄めだ。……いや、軽そうに見えて、実はこれも重いとか?

 私は恐る恐るカウンターの上の双剣に手を伸ばし、きゅっと握った。


「あれ? 軽い……」


 さっきのレイピアが信じられないほど軽かった。というか、重みを感じない。おおお、これならいいんじゃない? 

 目を見開いてクレマンさんを見つめると、また試しに振ってみろと言いたげな目をしている。よし、じゃあ遠慮なく……ふんっ!

 とりあえず一本で剣を振ってみた。──が、突然右手から剣の感触がなくなった。


「……あり?」


 動きを止めて右手を見やる……と、あったはずの剣は消えていて、残ってるのは細々としたチリだけ……これ、もしかして。壊しちゃった?


「そのようだね」

「うわああああああ! す、すみませんんんんんん!」


 即座に土下座をして陳謝する。なんで!? ちょっと軽く握っただけなのに! 私ってそんなに怪力だったっけ!?


「頭が馬鹿なら力加減も馬鹿だな」


 はっ、と嘲笑した皇帝にもなにも言えず。おっしゃる通りですよ……。

 クレマンさんは良いんだよ、気にしないでと私を慰め、ふむぅと表情を曇らせると、「ちょっと失礼」と言い店の奥に消えてしまった。そして暫くして現れた彼の手には、棒が握られていた。


「君はどうやら、気量云々で武器を選ぶべきではないようだね。ちょっとした気量限界値の違いでああなるのは見たことがないからな」


 クレマンさんは棒を私へ差し出した。20センチほどの長さで、植物のツタが絡みつけられているデザイン。片方には宝石のようなものがはめこまれ、翼のような紋様が描かれている反面、もう片方の先は途中で折れたかのように、何もない。得にこれといった特徴もないただの棒だけど、白銀に輝くそれは私の目を釘付けにした。


「これは貴女が持つべきものだ」

「え……でもこれでどうやって戦えば」


 確かにただならぬオーラを放ってはいるけど、これじゃ戦えない。刃もついてないし、どうやら魔法の杖ってわけでもなさそうだし。

 そう問うと、クレマンさんは棒を握っている私の手を握った。


「いずれ、役に立つだろう。それとも、私が信じられないかい?」

「そんなことありません!」

「なら、何も言わず持っていきなさい。なに、金はとらないよ」


 でもお金は払います、と言っても「いらない」の一点張りだったので、ありがたく頂戴することにした。



 お店を出る頃には、すでに日は暮れていた。皇帝は何も言わずに歩き出した。相変わらず勝手である。

 そういえば、今日って結局このために私を町に連れ出したのかな? ……だよね? 書類たまってるのに何やってんだか……場所さえ教えてくれれば、私一人でも行けたのに。


「あの、皇帝。今日はありがとうございました」

「あ?」

「だって、私を心配してのことでしょ?」


 ──でも、これも皇帝なりの優しさかもしれない。


「……別に、俺の剣の点検に来ただけだ」


 嘘つけ、毎晩自分で点検してるくせに。案外照れ屋なんだな。言ったら怒られるから言わないけど。



 帰路につく私の手には、夕日を浴びて煌めく棒がしっかりと握られていた。





 

 皇帝とのデート(?)回。ルイスは三人以上の空間にいるとあんまりしゃべらないので空気になってしまいます……。

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