奴隷歌姫、魔法のイロハを教えてもらう。Ⅲ
前回との文字数が上手くいかず、短めです。
◇
「ここに置いてね」
行き着いたのは、ガランとした地下室だった。天井がものすごく高い。洪水防止の為の地下空洞みたいだ。
ソフィアさんが指差したのは、地下室の中央に置いてある、台座だった。繊細な装飾が綺麗だけど、相当古いもののようで、色褪せている。その台座をぐるっと取り囲むように、数段の階段があって、少しだけ台座が堀り下がっている。RPGとかでありがちな、典型的な神殿っぽい外観だ。
台座に目を向けると、何やら図が描かれている……なんだろう? ──世界地図? 真ん中にコンパスみたいな十字があって、それを取り囲むようにぐるっと、大陸らしき図だ。
「ここに? 平らだから転がって落ちちゃいません?」
「いいのよ。どうせ転がるほど余裕ないでしょうし」
「……?」
なんだろ、わけわからん……まいっか、大丈夫って言ってるんだし、とりあえず置いちゃおう。この真ん中のところでいいんだよね?
私は、台座の真ん中に魔法石を置いた。──刹那、石が突然光りだした。
「まぶしっ……ぐぇっ!」
目が眩んでふらついたかと思うと、後ろから抱きつかれて持ち上げられた。
「ふぅ……間一髪ね」
「そ、ソフィアさん……!?」
目はまだ眩んでいるから見えないけど、声は間違いなくソフィアさんだ。というか、あの場に私と彼女しかいなかったから当たり前だけど。でも、あんな華奢な腕で私を持ち上げたんですか!?
「それよりも、アイリスちゃん。危ないからほら、下がって!」
「危ないって何か……」
あるんですか、と口に出そうとした。だけど、その言葉は地響きによってかき消されてしまった。訳がわからずに目を白黒させている私に、ソフィアさんは私の後ろを指差した。
「あっ……!」
台座の上に置かれた魔法石がどこかに消えていて、水晶の塊のようなもので覆われている。そこから、パキパキと音をたてて、剣のように鋭く結晶ができていった。その結晶はとどまることなく、怪物のように巨大化していって、台座は早々に飲み込まれてしまった。
そして、台座の上に魔法石を置いてから数分後、今や私たちの身長の何倍にもなったであろう結晶体に、ひびが入っていくのが見えた。
「おっと……アイリスちゃん、私たちに結界張ってくれないかしら? 結構強めにお願い」
「は、はい! "フロ・フォルティッシモ"!」
水魔法を展開させて、自分とソフィアさんを覆った瞬間。食器棚をひっくり返したような、なにかが割れる音が聞こえ……衝撃波と、破片がこっちに飛んできた! ぐっ、と力をこめて結界を強め、しばらくたつとシン……と静まり返った。恐る恐る結界を解くと──
「……!」
──そこには、全て結晶でできた、何かのオブジェがある。……大木、だろうか。
台座を中心として、そこから円上に地面が結晶に覆われている。
「あらあら……綺麗ね」
「ソフィアさん、これは?」
「あれが魔術結界具よ。貴女の魔法石の魔力を取り入れたの」
「え、じゃあ……あの結晶は、私の魔法石?」
「そういうことよ」
確かに、結晶の色が私の魔法石と同じだ。あの魔法石がこんなになっちゃうんだ……すごい。
階段を降りて、結晶体に近づいてみた。台座だったところの後ろには大木があって、そのまわりや足元には、まるでガラス細工のような草花が生えている。この世界での名称はわからないけど、朝顔、ヒマワリ、紫陽花、オシロイバナ、カタバミ……と、なんとなく夏の植物が集まっているような気がする。そして、ご丁寧なことに茎や葉の部分は私の魔法石の色だったが、花びらだけは違っていて、赤や黄色にかわっている。
そして、台座は結晶に覆われ、中心に一つだけ、花が咲いていた。それだけは花びらも葉や茎と同じ色で、虹色の光が漂っている。そして、この花の種類は──アヤメだ。
アヤメだけ、他の花とは違ってて特別な感じがするけど、なんでだろう? 私が無意識にそうしたのかな。
花を眺めながら物思いにふけっていると、ソフィアさんが私の肩を叩いた。
「ほら、アイリスちゃん。この魔術結界具全体から、魔力のオーラが出てるのわかる?」
「えーと、なんとなくなら」
「あれが出てるってことは、結界が上手くいったのよ」
「そうなんだ……よかったぁ」
私が結界を壊しちゃった訳だし。これで一安心です。
「結界って、かける人によって効果が変わるのよね。だから、確かめて効果を後で教えてもらってもいいかしら?」
「後で? 今行くんじゃだめなんですか?」
「今でも構わないけど、私はこれから用事があるの。大人のね」
そう言ってソフィアさんは……胸の谷間に手を突っ込むと(あんなことする人が実際にいるのに驚き)、何かを取り出して私に手渡した。鍵、かな? ひんやりとした冷たさを感じる。あれ? あんなとこから取り出したんなら、体温で温まってるんじゃ──って、これじゃなんか変態っぽい! やめよう!
「それはここに繋がる鍵よ。鍵穴のあるところはどこでも使えるからね。これからは貴女がここの結界を管理するから、渡しておくわね」
「管理……って、具体的には何をするんですか?」
「この結界の魔力が少なくなってきたら、定期的に魔力補充してくれれば良いわ。魔力不足になれば、見ればすぐに分かるから。
それじゃあ私はこれで。次会うのはきっと、今度のセレモニーね」
「えっ、あっ、ちょ……ソフィアさん!」
またね、とソフィアさんは言い残し、ぽむっと煙を出して消えてしまった。い、今のも魔術具、なのかな? って、しゃべるだけしゃべって置いてかれたんですけどっ! というか、セレモニーって何?
もうすでにいない人に向かって言っても意味がないので、私は黙り混んで鍵を見つめた。……管理かぁ。見ればすぐに分かると言われてもねぇ……。とりあえず、数日の間は朝イチでここに来て、観察してみようかな。うん、この鍵もあることだしね。
階段から帰ろうと、振り返り様に結界の結晶が目に入った。地下室のはずなのに、どこからともなく入り込んだ陽の光を浴びて、キラキラと輝いている。特に、台座の上のアヤメだけは、より一層輝きを増している。
──アヤメ、私の元々の名前。
ここでの生活に慣れすぎて、のうのうと過ごしているけど……私は葉月菖蒲、なんだっけ。……たまに、忘れちゃいそうになってしまうけど、私はこの世界の住人ではないんだから。
この世界が平和になったら、私は帰るんだよね。それが、イーリス様からのご褒美だし。その時にならないと分からないけど、なんだか実感わかないな……。
私は少し感傷的になりながら、しばらく台座の上の小さな花を眺めていた。
このあと、帰りが遅くて皇帝に怒られたのは言うまでもない。




