奴隷歌姫、魔法のイロハを教えてもらう。Ⅱ
10/22追記
光魔法石を透明に変えたので、アイリスの魔法石の描写を少し変更しました。
「ほんっっっっっっとうにすみません……!」
額に冷たい感触。今、私は膝を折り畳み、体を縮めて手を前について曲げている。……否、土下座をしている。
「いいのよ気にしないで、特に壊れたものも無かったし、これぐらいどうってことないわよ」
「い、いや……この有り様なのに特にどうってことないって方がおかしいですよ」
場所は変わらずソフィアさんの部屋だが、さっきと同じ部屋だと思えないほどの惨状だ。机はちゃぶ台返しをしたかのようにひっくり返り(脚が一本を残して全て折れている)、そこに乗っていた書類はバラバラに散漫している。カーテンはボロボロ、窓ガラスにもひびが入っている。何より、棚に入っていた魔法石があちこちに転がっている。幸いにも、置いてあった機械類は無事みたいだけど、これはひどい。
どうしてこうなってしまったかというと、ほかでもない私のせいである。魔法石に魔力をこめようとしたら、なんでか瞬いて、次の瞬間にはものすごい爆音がしてこの有り様に……。
「きっと魔法石の限界魔力量がオーバーしたのね」
「奴隷の癖に脳筋だな」
「の、脳筋っ……失礼な!」
確かに力のコントロールは苦手だけども! 馬鹿力の皇帝に言われたかない。
いやしかし、こうなったのも私が未熟なせいだし、申し訳ない……。取り合えず、一番被害が大きそうな机を直しながら、私はため息をついた。
「まあよくあることよ、落ち込まないで」
「え……こんな大惨事、よくあることなんですか」
「そうね、日常茶飯事よ。私もよくやっちゃうし」
さらっと真顔で言うのやめてくださいよ!
「それよりも、早く片付けて結界の張り直ししなくちゃね……んーと、これならいいかしら」
散らかった山を掻き分けて、緑色の魔法石と、ペンのような何かを取り出した。そしてその魔法石をペンにはめこんで──刹那、ソフィアさんの持ったペンが光った。かと思うと、今までぐっちゃぐちゃだった部屋の物が、勝手に浮いた。
「な! なんですかこれ! すっごい!」
「ふふ、驚くのはまだ早いわよ」
ソフィアさんが、ペンを一振り。すると、浮いていたものが今度は……意思があるかのように、動き出した!
ひっくり返っていた家具が浮き上がり、元の位置に戻っていった。吹き飛ばされていた魔法石は、ふわふわと浮いて列を作り、棚の中に入っていく。山積みの書類に加えて、それまで部屋中に散らばっていたものも全部、私が直した机の上や本棚に。そして驚いたことに、棚の中や元々整理してあったところは、さっきと同じだ。すごい! 浮遊魔法にしては、精巧だし完璧すぎる……!
私が途方にくれて見惚れていると、後頭部に何かが追突した。いってぇ! なんだこれ、魔法石? ……皇帝、お前かァ!
「よしっと。これで元通り」
「ファ~……初めより綺麗です」
「うふふ、私の発明した魔術具、すごいでしょ?」
魔術具? え、これがあの噂の! へぇぇぇぇ! こんな便利な物があるだなんて……私もほしいです!
「ところが残念、この魔術具はね、魔力が全くない人にしか使えないのよ」
「えっ、魔術具、なのに?」
「そうよ。魔力がなくても、楽に生活したいじゃない? 魔道士とまでは及ばないけどね」
いやいやいや! これ完璧に、魔道士より何倍もすごいですよ! 私だって、掃除はまだしも、最初にあった場所と同じところに戻すなんてできる気がしない。できたとしても、魔力消費がすごそう……。
「ふふ、そう言ってくれると嬉しいわ。でもね、魔術具って言ってもこれが特別なだけで、一般的なものはもっとちゃっちいものよ。せいぜい、お料理の火と、氷の箱とかね」
料理の火、氷の箱……コンロと冷蔵庫のこと? ほー、そんなものがあるんだ! ……そういえば、部屋の明かりもどうやってついてるか不思議だったんだけど、そうか。あれ、雷属性の魔法石とかで作られてるんだ。
「そうそう、その通り。だから、魔術具っていってもピンキリなのよ」
「へぇ~……なるほど」
「魔術具は魔力なしの人でも使えるんだけど、作るのは魔道士じゃないとできないの。本体ならいいんだけど、どうしても魔法石が必要なのよ。
と、いうわけで。魔法石のことも分かったでしょうし、そろそろ本題ね。実はね、これからやってもらう結界張りは、魔術具を使うの」
ソフィアさんはペンを棚にしまうと、爆発前までは見当たらなかった椅子に座った。どこかに埋まってたのか……。
「結界の魔術具は、魔法石さえ入れちゃえばあとは自動なの。古の巫女が作り出したといわれてるんだけど、真相は分かってないわ。だからさっきは、そのための魔法石を作ってもらおうとしたんだけど……あれなら、一から自分で作った方が安全そうね」
そうだったんだ。お試しでやってみよう~的なノリかと思ってました。
「本当にお手数おかけしてすみませんっ……」
「いいのよ。それにね、魔法石は一から作った方が、純度も魔力も高まるからその方がいいのよ。きっと、より強固な結界ができるわ」
そういうもんなのか。……でも、そんなパッとできるもんなのかなぁ。これもまた失敗しそう。
「それじゃ、アイリスちゃん。早速作ってみて?」
「えーと、コツっていうか作り方とかはあるんですか?」
「さっきと同じよ。魔力を集めて流し込むだけ」
「んんっ……」
しばらく目を閉じて集中する。しかし、いくら経っても石どころか何もできなかった。ですよねー……。
「ん~、これは手厳しいわねぇ」
「うう……なんででしょうか」
「私は自分で作れないから何とも言えないんだけど。なんでかしらね」
ふむ、と顎に手を当てるソフィアさん。その仕草だけでめちゃめちゃ色気がある。って、そうではなく!
とにかく今は、魔法石作りに集中しなくちゃ。どうすればいいんだろ。
「そうだ、ルイス君、君が教えてあげ」
「断る」
即答っ!? っていうか、まだいたんだ皇帝……。全くしゃべんないから忘れてた。
「コツもクソもあるか。自力でなんとかしろ」
「ん~……大福二個」
「断る!」
ありゃ、ガタンと椅子から立ち上がって、出てっちゃった。チラッと見えた横顔が、ものすごく強ばっている。それに、出る直前に盛大にソフィアさんを睨み付けていった。そんなにコツ言うのやなの?
呆然としていると、その一部始終をソフィアさんが、けらけらと笑いをこぼした。
「ふふっ……」
「ど、どうしました?」
「実はね、魔法石を作るコツって、誰かを思う心が大切なの」
「誰かを思うゥ!?」
それをあの皇帝が!? 持っている……だとォ!?
「つまりは、それを自分で言うのが嫌だったってことですか」
「そういうこと」
「なるほどねぇ……って、ソフィアさん知ってるじゃないですか」
「ふふふ、ちょっとした悪戯よ」
そう言うと、ソフィアさんは口に手を添えて妖艶に微笑んだ。Sっ気ありますね、ソフィアさん……。
「さて、と。コツも分かったところで、早速どうぞ」
「は、はいっ」
皇帝の誰かを思う気持ちがすっごく気になるけど、今は集中、集中!
手を組んで目を閉じて、魔力を集める。……そして、大切な人を思い浮かべて……。
「んんんんんんん゛ん……!」
次第に、私の組んだ手から、光が漏れ出してきた。
「そう、その調子よアイリスちゃん!」
そんなソフィアさんの言葉も耳に入ってこないぐらい、魔力をこめる。……やばい、気を抜けば吹き飛ばされそうっ!
って、大切なのは人を思いやる気持ち。大切な人……大切な人!
「ふんぐぅぬぬ!? ……おらァァァァァァ!」
渾身の力を込めた瞬間、辺りがまばゆい光に包まれた。そして、その光が収まると……ごろんと、何かが足元に転がった。
「これ、魔法石、ですよね?」
「ええ、すごいわ! こんな大きなサイズ……!」
え? まじで? これが!?
拾って手に乗っけて眺める。これがまぁ、見事な真ん丸の魔法石。宝石っていうより、占い師が使う水晶玉って感じ。
色はと言うと、透明ではあるけど、光の当たり方によって、色が変わって──青、水色、黄緑、たまに赤、黄……。なるほど、属性が反映するって言われてたけど、光をメインに、得意な属性の色はよく出るみたい。
私が昔見た宝石の中では、ウォーターオパール? 確か、そんな感じの名前のに似てるかな。自画自賛だけど、我ながらなかなかいい感じに仕上がったんじゃない? ……ただ、魔力こめすぎたのかな、ちょっとクラッとする。
「色も文句なしね。魔力量もかなりのもの」
「えっ、ほんとですか!?」
「ええ。作るときのあのエレガントじゃない声さえなければ、満点をあげたいところ」
う、そんなにひどかった? ……確かに思い返してみれば、結構ひどい声だった気がする。ま、まあ、できたからそれはいいんだ! 終わりよければ全て良しだ、うん!
「じゃあ行きましょ、魔術結界具はこの先よ」
ソフィアさんが指差した扉の先は、地下へと続く階段だった。