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奴隷転生者の花唄  作者: 雨宮 海
秋の闘技大会
49/85

奴隷歌姫、美女と出会う。

「アイリス! こっちこっち」

「おはようございます、アイリスさん」

「おはよう、ジェーン、メアリー! 今日も暑いねぇ」


 隣同士でテーブルに座っていた二人の向かい側の席についた。持っていたトレーを置いて、取り合えずロールパンを手に取った。


 体も回復し、仕事に復帰してから数週間。世界の均衡が崩れているような事件もなく、枯れ上がっていた泉も全て元通り。水不足なんてなかったかのように、平穏な日々が過ぎていた。

 え? 報告書? 死ぬ気で終わらせましたけど? ……無視してもよかったけど、後が怖かったしね。書き慣れない文字とにらめっこして、徹夜で終わらせました。そのあとまた、翻訳魔法の使いすぎで喉の調子が悪くなったけど、二人とサーシャ様がお見舞いに来てくれたからラッキーだったってのも事実である。


「今日はアイリスはどんな予定なの?」

「えぇと、このあとは昼までトレーニング、そのあと皇帝に昼食運んで、自分もご飯食べたあと、皇帝の部屋のお掃除まで暇かな!」

「そっか、じゃあ今日は一緒に仕事できるね」

「その時間なら客間のお掃除でしょうか」


 特に特別な予定がない日は、いつもの通りスケジュールをこなしてから、空いた時間でメアリーとジェーンのお手伝いをしている。初めはきちんと時間も決まってたんだけど、私の予定が皇帝の気紛れで変わったりするのでこういう形になっている。

 従業員の食堂で朝食を食べるときに、一日の予定を伝えて、合流する場所を決めているのである。

 ちなみに、食事は最初の頃はオズに運んでもらってたんだけど、申し訳ないし、どうもお姫様のような扱いが居心地が悪くてやめてもらった。それに、二人と一緒に食べたかったしね。


「そーね、そしたらアイリスは終わり次第客間に……ぶっ!?」


 ジェーンが突然吹き出した。口を半開きにして、ワナワナと震えている。顔も真っ赤だ。どしたの? お茶になんか入ってた?


「失礼します、アイリス様、よろしいですか?」

「あ、オズ。大丈夫ですよ」


 後ろから声をかけたのはオズ。相変わらずの神出鬼没さに若干びびりながらも、返事をした。


「すみません、お食事中に。実はルイス様が、今日の予定は全て中止、朝食後に部屋に来いとおっしゃっておりまして」

「朝食後? なんでまた急に」


 マジですか。まあ、まだ「今すぐ来い、今すぐだ」っていう契りのツタでのお呼び出しじゃないだけましかぁ。……って、一般的にこのあとすぐってのもあれだけど。


「とにかく来い、とのことで。ちなみに来なかったら……」

「はいはい、いつもの契りのツタ使うんでしょう? 分かりました、行きます」

「ありがとうございます。では、また後程。お二方、お話し中失礼しました」

「ふっ、ふぁいっ!」

「あっいえ、こちらこそすみませんっ」


 オズは一礼すると、食堂から出ていった。うーん、ここ、床が石畳だし結構音が響くはずなのに、なぜか足音がしない。やっぱすごいなぁ。


「ごめん二人とも、こういうわけで、掃除は無理かも……って、ジェーン?」


 振り替えると、ジェーンが顔を両手で押さえて身悶えしている。湯気でも出てきそうだ。大丈夫? さっきの返事も呂律回ってなかったし。


「うあああぁぁぁぁ……かっこいい~~~っ」

「え? あ、オズ?」

「あれ? アイリスさん知らないんですね。ジェーンって、強烈なオズさんファンなんですよ?」

「そうなの? へぇ~」


 オズってブラウンの髪といい、キリッとした緑の瞳といい、あの物腰柔らかな雰囲気といい、本当に格好いいしね。仕事一筋の堅物ってイメージもあるけど、真面目で優しいし。……まあそれは、時々見せる黒オーラを見ないからこそであって。それでも皇帝と一緒にいる姿は、とっても絵になっているのは確かだ。


「とにかく、アイリスさん、早く食べて行った方がいいのでは? お呼びだしされたんでしょう?」

「あ、そうだった。ごめんね、先行くね」


 朝食をわたわたと口に詰め込んで、食堂を後にする。今日の予定が全部中止って、なんだろ。また泉調査みたいなことするのかな。なんでこんなに急なんだか……報連相がなってないって、言ったばっかなのに!




 ◇




「結界張り?」


 場所は変わって皇帝自室。いつものように攻撃をかわし、ついでに持ってきた紅茶を出した。皇帝が紅茶を飲んでから口にした言葉をそのまま復唱すると、じろりと睨まれた。


「この前城の巨大結界を破壊した低能馬鹿は誰だったっけかなぁ」


 あっ、結界って城の結界か……私ですよね、ハイ……。


「あれはそもそも、お前の仕事だ。城の結界管理は旋律の巫女が請け負うことになっている」

「え、じゃあ今までは誰が?」

「他のものに代理をさせていた」


 皇帝、答えになってませんって。うーん、でもきっと、城を覆うほどの巨大な結界を管理してるって、よっぽど魔力の強い人なんだろうなぁ。


「そんな重要な役目、私がやってもいいんですかね……」

「あ? 結界を破って自分の役目に無理矢理させたのはお前だろう ?」


 ぐっ、そう言われると何も言い返せません。


「ついてこい」

「え? あ、はい……って、いちいちツタで引っ張らなくても、歩けますから! 普通に!」



 ずるずると引きずられ(使用人さんに変な目で見られた……)、辿り着いたのは──何やら、重苦しい雰囲気を放ったドア。こんなとこあったっけ? 見慣れない部屋だ。

 皇帝がノックもせずに、ドアをつかんで勢いよく開けて入った。部屋は真っ暗で、何も見えない。どこからかお香のような甘い香りが漂ってきている。


「あの、皇帝……ここは」

「いるか、老いぼれ」


 私の言葉を遮り、皇帝が部屋の奥に向けて声をかけた。え、誰かいるの? というか、老いぼれってなんだ、名前で呼べよ! 老いぼれってことは年上なんじゃ……。


「ふふ、そろそろ来ると思ってたわよぉ、ルイス君」


 と思ったが、想像していた声とは大部かけ離れた、落ち着いた女性の声が聞こえてきた。どこか憂いを帯びているというか、なんというか……要するに、色気がある声だ。


「相変わらず陰気臭いな、ここは。どうにかできないのか? この臭いは」

「まあまあそんなに警戒しないで。ほら、もっとこっちに寄りなさいよ」

「うわ!?」


 胸の辺りの服をつままれたかのように、引っ張られる。誰もいないのに。なんか、何かの映画でこんなのあったような……。


 引っ張られなくなったかと思うと、突然蝋燭の炎が灯った。ぼわっと部屋中が怪しく照らされる。そして、私達の目の前に、玉座のようなどっしりとした椅子に、ゆったりと座る女の人が現れた。

 琥珀色のウェーブがかった髪に、伏し目の瞳の色は葡萄のような紫色。蝋燭の光に照らされて、艶々とした唇。キラキラと輝くローブのスリットから覗く、組んだ細い足。綺麗な人だなぁ……って、ん? あれ?


「もしかして、この前のお姉さん……?」


 間違いない。前に、廊下でぶつかっちゃったあの妖艶な女の人だ! 貴族なのかとは思ってたけど、それよりもなんか特別扱いされてそうな……何者なんだろ?


「あったり~! お久しぶりね、アイリスちゃん」

「あれ、私名乗りましたっけ?」

「やだ、城の有名人なのに知らない訳がないわよ。新しい旋律の巫女さん」


 城の有名人……なんだそれ、そうなの? ま、まあ確かに旋律の巫女だし、しかも黒髪だし。目立って当たり前っちゃ当たり前か。

 女の人は、足を組み直すとにっこりと笑った。赤い唇が、薄暗い部屋の中で弧を描いている。


「お前ら、いつ知り合ったんだ」

「ルイス君が彼女をお呼びだししてるときにね。君、人使いが相変わらず荒いわよぉ。もっと女の子には優しくしなさいな」

「こいつは俺の奴隷(モノ)だ、俺がどうしようと勝手だろう」

「ふふ、本当に横暴ね」


 女の人は はぁ、と息を吐きながら(色気がムンムンである)立ち上がり、私に近づいてくる。ふわりとお香の香りが漂う。そして、顎をくいっと持ち上げられた。


「噂通りの黒髪ね……綺麗、まるで夜空のようね」

「えぇと……あの、顔近いですっ」

「あら、いいじゃないの女同士なんだから」


 よくないです! なんか色気でやられそうだし、何より豊満なアレが当たってますからっ。

 ようやく解放されると、女の人は皇帝に向き直った。


「ところでルイス君、何の用かしら? だいたいなんの用事かは分かるけど、貴方からお願いしないことには、私も協力してやんないわよ?」

「チッ、底意地の悪いやつ」

「お褒めに頂き光栄ですわ、皇帝殿」


 皇帝はため息をつくと、私をビシッと指差した。


「この前のあの結界破壊の要因はこいつだ」

「ええ、知ってるわよ?」

「ということで修復もこいつにさせる」

「あら、私はお役ごめんってこと? つれないわねぇ。しょうがない、じゃあついてきなさいな」

「えっ、ちょっ、待ってください!」


 歩き出そうとした女の人が、どうかしたの? と言いたげな顔をして振り返った。


「あの、私今の展開全く理解できてないんですけど……そもそも、貴女の名前すら知りませんし」

「え? ルイス君、君教えてないの?」

「そんなもの自分で名乗れ、めんどくせぇ」


 無理矢理つれてきたのは皇帝なのに……。紹介ぐらいしたっていいじゃないのよ。

 心のなかで地味に私が突っ込んでいると、女の人は愉快そうに口角を上げて私を見た。


「そうね、先に自己紹介をさせてもらおうかしら。


 私は、アインスリーフィア帝国元老院(・・・)の一人であり、魔術具開発の先駆者、そして絶世の美女……の、ソフィア・キルケーよ。改めまして、よろしくね」


 そう言うと、ソフィアさんは、にこりと妖艶な笑みを浮かべた。




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