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奴隷転生者の花唄  作者: 雨宮 海
神代樹の泉
48/85

奴隷歌姫、奮闘の末。

 木に顔面を埋めたまま、気を失っていたアイリスは目を覚ました。


 彼女の奮闘の末、神代樹の禍々しいオーラは消し去り、魔物も死滅した。あとに残ったのは、大量の魔物の死体と果てしない疲労。戦い終わった後に、魔物の処理や周りの整備をして帰ろうと考えてはいたものの、神代樹がオーラを完全に無くしたのを見届けると、安心したかのように眠ってしまったのだった。


 アイリスは焦点の合わない目をしたまま、立ち上がった。朝日に照らされた森は、本来であれば爽やかな光景だろう。しかし、そこらじゅうに散らばった肉片やら死体やらといい、立ち込めている血と腐敗臭といい、どう頑張っても爽やかとは言い難かった。……とは言え、全身に返り血を浴び、虚ろとした目で立っているアイリスには、そんなことはどうでもよかった。

 無理もない。魔物と戦ったのだって初めてであったにも関わらず、相手は無限に沸いてくるという、鬼畜極まりない状況の中、一人で戦い抜いたのだ。


 少女は悲鳴をあげる体に鞭打ち、残った魔物の死体を炎魔法で燃やした。それでも、血の臭いと腐敗臭は消えていない。浄化しなくては、と思いつつも、彼女の頭のなかでは、「辛い・疲れた・血みどろ」のしか考えられなかった。

 


「"ラッヴィアーレ"……」


 蚊の鳴くような声で、呪文を呟いた。全身が光に包まれ、飛ばされている途中で、アイリスは気を失ってしまった。




 飛ばされた先は、城内の森の中。気を失っているため、アイリスふらりと倒れてしまった。

 ……が、あたかもここに現れるのがわかっていたかのように待っていた人物が、彼女の体を支えた。


「……一人でなにやってんだ、馬鹿」


 そう呟くと、彼女の体を持ち上げてその場を去った。



 穏やかな日の光が、銀髪と、黒髪をキラキラと照らしていた。






 疲れた。


 ……ほんとうに、つっっっっっかれた!!!

 ちょっとだけ調査に、とか思って軽はずみに行ったのが馬鹿だった。なんだあの敵襲。聞いてないよ!

 

 どうやら無意識のままに、瞬間移動魔法で帰ってきてたらしい。起きたら自室のベッドの中で──ん? 城門までは自分で行けたとしても、自室までどうやって行ったんだ? まあ、それはいいとして。

 私が抜け出したってことは、やっぱり完全にお見通しだったらしい。なぜかって、私が無理矢理結界を破ったがために、修復作業が大変だったらしく。それに、「侵入者か!?」という疑惑もあったらしく、一時城内は騒然としたらしい。そ、そんなに大事になってたんだ……私が破っちゃった、って皇帝にバレる程度だと思ってたのに。ごめんなさい……。

 

 

 起きた瞬間、丁度部屋に入ってきたサーシャ様に大泣きされてしまった。どうやら、五日間寝込んでいたらしい。それほどまでに体力と魔力消費が激しかったのかな。きっと枯渇寸前……いや、きっと瞬間移動魔法した時点で切れたんだろうな。

 そりゃそうだよね。魔物ウジャウジャ増えてたし。きちんとした数は把握してないけど、最初探知魔法で数えた100ぐらいは、軽く越えていただろう。

 

「馬鹿かぁああ、ばかもんがぁ!」

「ぶべっ」


 私がサーシャ様の顔を見て目を白黒していると、大泣きしながら抱きつかれた。サーシャ様、抱きつかれるのは嬉しいけども、涙と鼻水で顔がぐちゃぐちゃですよ……美人がもったいないです。


「ご、ぉめん゛なざ……じんぱい、ん゛っ……おがぇじて」


 んん゛……声が枯れてる。そうか、あんな長時間歌うのなんて初めてだったし、当たり前か。


「全くだっ! 一体お前はどれだけ心配させるつもりだ! 声だって枯れてるし、体だってあんなにボロボロで……」


 サーシャ様の目線が私の体に向けられた。それにつられて目を向けた。あちこち傷だらけだった体はすっかりさっぱり治されて、傷跡さえ見当たらない。ただ、重症だった肩は傷はふさがってはいるものの、まだ、少しだけ痛む。


「はぁ……とりあえず、私はこのあと予定があるから、これで失礼するな」


 こくりと頷くと、サーシャ様は微笑んで出ていった。サーシャ様が連絡してくれたのか、しばらくしてからオズがやって来た。


「体の方は大丈夫ですか? もしよろしければ、軽めのお食事でもお召し上がりますか」

「おいじそう゛! まだぜんしんのいだみどダルさと、あとごのとおり、声が枯れでまうけど……あいじょぅぶでずっ……」

「無理なさらないで下さい」


 いつの間にかいたオズが、土鍋みたいなお皿から器に盛り付けた。ん……あれはお粥かな? 


「料理長も心配しておりまして、この料理も料理長が。召し上がりますか?」


 そうなのか。心配かけちゃったな……。オズから器を受け取り、蓋を開けた。ホカホカと湯気が立っていて、卵の香りが広がる。さすがティノちゃん! 


「一人で歩けそうですか? ルイス様が目を覚ましたら連れてこい、とおっしゃっておりまして」


 げげ、お説教かな。デスヨネー知ってた。行かなくちゃ、参ったなぁ……。


「わかりまじた、あとえ……」


 バァン!

 突如、大きな音が響き渡った。


「こ、皇帝……」


 入り口に立っていたのは皇帝だった。無言のまま私に近づいてくる。ちょっ、なんで右手をお腰につけた剣に沿えてるんですか!? 問答無用ってか!? それはあまりにひどいですよ! って、オズ! 速やかにベッドから離れないで下さいよ! ゲスオズめぇ!


「テンべ……グェッホ、んん゛っ」


 すかさず反撃をしたけど、声がうまく出せず、いつもの半分ぐらいしか威力が出せない。皇帝は私の攻撃をかるーく避け、すかさず私の目の前に。やられる……!


「いでらららら」

「そんな貧相な魔法で単独行動するとは、鳥頭なのか、脳内はクソでもつまってるのか、そうか(カラ)なんだな? あ゛?」


 と思ったが、ぐにぃぃぃぃぃぃと効果音がつきそうなほど、強くつねられた。ちょ……ほっぺたとれる! とれますからっ!

 数十秒つねられ、気が済んだのか、私の頬から手を離した。痛い、じわじわくる……。


「ぅみまぜん」

「……ふん」


 手を組んでそっぽを向いた。……これも、皇帝なりの優しさ、なのかな。何だかんだ言って、来てくれたわけだし。

 ところで泉は……どうなったんだろう。五日経ったんだし、何か進展があったんじゃ。


「あの……んん゛っ、いずみ、ゲホンっ、は……」

「あ?」


 駄目だ、さっきからしゃべったせいで喉が余計に悪くなってる。えぇと、筆談でもしようか? と、私がオロオロしてるとオズが紙とペンを差し出した。さっすがオズ! でも、どこから出したんだろ……まいっか、有能オズさんはドラ○もん的要素があるとして考えておこう。


 私はさらさらと字を書き込んだ。ちなみに、前からの特訓の成果で簡単な文は書けるようになったのだ。えっへん!


『神代樹と泉はどうなったんですか?』


 神代樹はなんとか枯らさずに済んだけど、私の記憶だと水は戻ってなかった。本当にあれでよかったのかな……。


「……運良く、神代の泉は回復に向かっている」


 それなら良かった! ああ、頑張ったかいがあった。神代の泉が無事なら、きっとこの水不足も解消されるだろう。水の都って別名もあるのに、水不足なんて洒落になんないもんね。


『そうですか。それなら安心しました。じゃあ眠いので寝ます、おやす』

「何勝手に寝ようとしている」


 聞くことだけ聞いて寝ようとしたけど、首根っこつかまれてしまった。ですよねー、寝かせてくれないだろうと思ってました。


「こちらの質問にも答えてもらおうか? 結界のことやら、お前にはかなり迷惑をかけられたからな」

『すみません、気になってつい』

「気になる、というだけで突っ走るな低脳が……チッ」


 皇帝がドスン、と私のベッドの隣にあった椅子に座った。そして、神妙な顔つきをして呟いた。


「お前が見てきたことを全て言え」


 見てきたこと? ああ、神代樹とか、あの魔物とか……?


『全て、ですか』

「全てだ。包み隠さず。ちなみに言わなければ契りのツタを出すからそのつもりで」

『だと思いました』


 まあ、皇帝に隠してても別に良いことはないし。筆談が面倒だったけど、私は神代樹のオーラのこと、それによって周りの植物に被害があったこと、そして大量の魔物について教えた。


「大量の魔物か」

『はい。神代樹から出ていた黒いオーラによって凶暴化しているようにも見えました。普通の魔物をあまり見たことがないので、よく分かりませんが』


 私が書いた字を見て、皇帝は黙り混んでしまった。……どこか険しい顔つきをしている。

 黒いオーラなんて今までになかったことなんだろう。だったら、世界の均衡が崩れていることの前兆であるのは間違いないと思う。


「……とりあえず大体のことは理解した。俺は次の仕事が残っているので戻る」


 ようやく帰ってくれるのか! もう、病み上がりなのに皇帝とお話なんて疲れ……なんでもないです睨まないでください!

 そして扉のところまで歩いていって一言告げる。


「ああ、今のことは全て、報告書を作成して提出しておけ。期限は明日」

「え?ちょ、ま゛っ」


 待って下さい、と言いかけているところで扉が閉まった。

 報告書ォ!? 簡単な文はいいとして、文字書き慣れてないのに! ……うーん、でも時間さえあればなんとかなるかなぁ。ってか、今何時?


 チラッとベッド脇のサイドテーブルに目をやった。私愛用の懐中時計が静かに時を刻んでいる。えぇと、今は九時か。ふんふん、まあそれなら一日は時間が……って、待てよ?

 続いて窓に目をやる。カーテンが閉まっていて見えなかったが、なんとか風魔法でめくった。チラッと見えた外は、真っ暗。


「えっ、ま゛って、今、もしがして夜……」


 さあっと顔の血の気が引くのを感じるのと同時に、壁際に立っていたオズに助けを求めた。


「では私もこれで」

「ちょっ! だすけぇぐださぃっ! オズぅ!」


 頑張って下さい、と言い残して、オズも部屋から去っていった。机にはいつの間にか、インクとペンと報告書のような紙が乗っている。



 ど……どいつもこいつもっ……!



 明日までとか、アホかぁ!!!!


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