奴隷歌姫、単独調査に行く。
城に戻った時には、すでに日が暮れていた。
二人と別れ、食事をとって水魔法のシャワーを浴び、あとは寝るだけ。今日は久しぶりの外出だし、パタッと寝ちゃいたいところなんだけど……。
生き物の気配がない。
季節が狂ったかのような植物。
そしてなにより──あの、静電気のようなピリッとした瞬間。
──やっぱり、気になる。
もう少し調べたかったんだけど……さすがにあの場に残してくれる訳もないし、だからといって明日抜けるのも無理だしなぁ。
今から……なんて、だめかな?
行く方法はあるっちゃある。だけど、問題はどうやって城の結界を抜け出るか、だ。
結界を自分自身で張ってるから分かったことがあるんだけど、結界に何かしらの攻撃をされたら、ぼわーっとした波長が伝わってくるんだよね。ってことはやっぱり、無理矢理抜け出すと連絡が伝わっちゃうわけで。
でも、気になって仕方ない。すごく嫌な予感がするし……。
うーん──でもなぁ……。
☆
「……結局来ちゃった」
うだうだ考えているうちに、城壁の近く、人気のない森に足が向かっていた。人気がない、と言っても夜だから当たり前だけどね。
城壁の結界に触れてみる。ぷよん、ぷよんとした感覚が返ってきた。触れた瞬間だけ見える、壁のようなものの分厚さに驚愕。こんなん絶対に割れないよねぇ……。でも──
あたって砕けろだ!
神代樹の前を思い浮かべて……飛べっ!
「"ラッヴィアーレ"!」
ヒュッと頬に風を感じた瞬間、バチバチッ! と全身に衝撃が走った。
「い゛っあ……!」
結界を無理矢理破って行こうとしているんだから、当たり前だ。それでも、ここまでやったんだから……!
「ぁぐ……いっ、けぇっ!!!」
──パチンッ!
急に身体中の負荷がなくなったかと思うと、ものすごい勢いで投げ出され──落ちていく感覚。
浮遊感の中、私は意識を失った。
☆
「ん……?」
首筋になにか冷たいものがあたって目が覚めた。周りを見渡しても真っ暗。とりあえず光魔法で辺りを明るくした。
四方八方、木で囲まれている。上を見上げると、満点の星空。神代樹に飛ぶように、って念じたはずなんだけど……失敗しちゃった?
試しにもう一度、瞬間移動魔法を発動してみる。が、いつものように光にも包まれない。何度やっても結果は同じだった。どうしよう、道も分からないし。
──いや、でもこの感じ……神代樹に近いはず。よし、光魔法を増やして探索しよう。
体についた土を払い、立ち上がった。……うわ、よく見れば体ボロボロ……城の結界恐るべし。
それにしても道は分かんないし、八方塞がりだ。……どうしよう。探知魔法でも使ってみようか? ええと、"慎重に"──
「"ディスクレート"!」
そう叫ぶと、ぶわっと魔力が流れ出した感覚がした。──後ろの方から、なんらかの魔力反応……。しかも、なんだろ、このイヤーな感じの気配。今朝の時と似てる。
行かなきゃ。何があるかは分からないけど、何かがある。間違いない。
手早く加速魔法をかけて、駆け抜けた。気配の方に向かうにつれて、だんだん嫌な感じが高まっていく──。
──そして、開けた空間に出た。
「なに、これ……」
そこには、黒いオーラにつつまれた──神代樹があった。
そこだけ、昼間のような明るさにも関わらず、放っている光は黒光りしている。うねうねと生き物のように動くそれは、不気味としか言い様がなかった。
「あっ……!」
神代樹から触手のようにのびたオーラが、近くにあった植物を包み込んだ。──すると、茶色く色が変わり、枯れてしまった。
「ちょ……なんで!?」
こっちにも触手が飛んでくる。少なからずも人体には悪そうなので、急いで絶対領域を発動する。絶対領域にぶつかると、散り散りになって消えてしまった。
オーラの元である神代樹を見上げると──昼間の大きさより、さらに巨大化している。周りの植物を枯らす度、少しずつ大きくなっていった。
「まさか、これって……命を吸いとってる?」
そうとしか考えられない。だとしたら、生き物の気配がないのもうなずける。……でも、なんで今朝までは枯れてなかったんだろう?
いや、考えるのは後にしよう。それよりも今は、この状況をなんとかしなくちゃ……!
「"フロ・グラッセ"!」
次々と襲ってくるオーラの触手を、水魔法と氷魔法で撃ち落とす。加速魔法で素早くなっているとはいえ、休みなくずっと跳んでるのは辛い。もともとの基礎体力が足りてないもん、当たり前だ。
「ぅぐ……!」
神代樹も、どんどんオーラがドス黒くなっていく。その度、一つ一つの攻撃をうけるのも重くなっていった。
「"テンペスト・フォルティッシモ"!」
風魔法の最上級でオーラを飛ばそうと試みるも、結界のようなものが邪魔して びくともしない。攻撃を防御するだけじゃダメなのに……!
「あぁもう! このオーラすっごい気持ち悪いし早くなくした、い──」
──待てよ? この気持ち悪さ、どっかで感じたことある気が……。
……そうか! 隷属呪具のあの光の感じと似てるんだ。だとしたら、あの時口ずさんだあの歌なら、もしかしたら効果あるかも……。私は記憶がないし、本当に私の歌で浄化されたかもよくわからないんだけど、でもこれしか方法はない。やるだけやってみよう!
もう一度絶対領域をかけ直して、立ち止まった。攻撃が飛んでくるけど、結界に任せて意識を集中させる。大きく息を吸い込んで……。
──昔、お母さんが歌ってくれた歌。
懐かしくて、温かくて──。
自分の体が何かに包まれている感触がして、目を開けた。──心地よい光が私の体を包み込んでいる。そう、この感じ、これならきっと大丈夫だ!
──と、心のなかでガッツポーズを決めた、その時。
ヒュッ、と何かが動いたのが視界の隅に写った。
「っ……!? "ゲリーゼル"!」
条件反射で魔法を飛ばす。グギャン! と何とも形容しがたいうめき声が聞こえた。思わずそっちに目を向けると──。
「……なに、これ?」
──そこにいたのは、神代樹と同じ真っ黒なオーラを纏った獣だった。