奴隷歌姫、東の泉に行く。Ⅱ
「ルイス様、アイリス様。到着いたしました」
途中休憩を挟みつつ、馬車に乗り続けること数時間。ゴトリと音をたてて止まると、オズが扉を開けてくれた。
暇潰しに読んでいた、植物図鑑を閉じ、馬車から降りた。周りを見渡すと、一面が木に囲まれている。でも、薄暗くて陰気な雰囲気はどこにもなくて、やわらかそうに木漏れ日がさしている。心なしか、木々も優しげな光を放っているかのように感じる、神秘的な森だった。
──だけど、なんでだろ。この感覚……確かにここは至って普通の森。そのはずなんだけど、なんでこんなに違和感を感じるんだろう。
森を見ながら考えを巡らせていると、皇帝にベチンとおでこにデコピンをされた。痛っ! なにこれ、ほんとにデコピンなの!? なにこの痛みは! おでこを手で押さえて皇帝を睨み付けると、ニヤニヤとした笑みを返された。む、むかつく……。
「さて、行きましょうか。泉はこの奥です」
馬の手入れを終えたオズが、森の奥を指差した。そこには、生い茂る木々がプツリと途切れて、道ができている。いわゆる、獣道だろう。
馬車に水魔法の結界をかけ、オズを先頭に私、皇帝と続いた。人工的に作られた道ではないので、ところどころ木の枝がはみ出ていたり、大木が倒れていたりと障害物が現れた。が、先導するオズが、全部駆除してくれている。さすが有能執事長です。
歩き始めて数分後。少し先に、ぽっかりと開けた空間が見えた。あそこかな?
「見えてきました。あちらです」
「ほんとだ。あそこに泉があるんですか?」
「はい」
そうなんですか、と言おうと口を開いた。その瞬間──
「……ん?」
バチッと音がすると、静電気のようなピリッとした痛みを感じた。
驚いて振り返っても、何もない。いるのは、無愛想な皇帝だけだ。
「……なんだ」
急に立ち止まった私に、皇帝が眉間にしわを寄せて言った。皇帝が何かしたのかと思ったけど、この反応はそうではないみたい。オズも何でもなさそうに歩いてるし。気のせいかな……。
「いや、なんでもないです」
「あ? ならさっさと歩け」
「……はいはい」
小走りにオズの元へ向かう。そして、また少し歩き、開けた空間に出た。──すると、目の前に巨大な大木が現れた。
☆
「すごい……」
巨大な大木。なんか言葉が重複してるけど、大きな穴が開いた所の中央に、ほんとにそういいたくなるほどな大きさの巨大樹が現れた。
いったい何人ぐらいいれば囲めるのか、と思うほどしっかりとした幹。そこから伸びる枝と葉はみずみずしく、鮮やかな緑色。根っこはタコの足のように伸びていて、根っこの先が大穴の淵まできそうなほど長かった。
あたりには心なしかキラキラと光って見えるほどだ。──けど、なんだろう。
「中央にある木は、かつて神が支配していたとされる時代……神代からあるとされ、この森の力の根源"神代樹"。そして、その周りにある──いや、あったのが、"神代の泉"……通称東の泉です」
「それが今は枯れちゃってるってことですか……」
きっと大穴に水があって、中央に神代樹があったんだろう。今は水はどこにも見当たらず、干上がってしまっている。
「神代樹も被害は受けていませんが……泉がなくなってしまっては、枯れるのも時間の問題です」
「神代樹が枯れると、どうなるんですか?」
「……この森の全ての植物が枯れてしまうだろうな」
神代樹の幹に触れながら、皇帝がぼそりと答えた。
そうか、この神代樹がきっと、森の植物が生き生きとしていた源なのか。さっきオズも言ってたけど、何らかのエネルギー源になってるのかな。
「それだけではありません。ここの泉は周辺の川や泉へと繋がっていますし、ここが枯れるだけでも国中に甚大な被害が……」
本当だ……水が通ってないから気づかなかったけど、泉を中心として、放射線状に水路がある。なるほど、きっとここのほかにも泉が枯れてるんだろうけど、ここをどうにかすればほかの泉も復活するってことね。
というか、話がどんどん大きくなっていってるような……。きっとこれは、ただの水不足じゃない。普通の泉ならまだしも、この泉と木は特別な存在なんだろう。多分、そのことを感じて皇帝も自ら来ているんだろう。
「雨が降っていないってことは……」
「ないですね」
だよね。確かこの前も降った気がするし。
「まだ神代樹が枯れてないだけましだな」
「そうですね。……しかし、少なからず影響は出始めているかと。先ほどから生き物の気配がないですし」
……確かに。これほどまでに豊かな森に、生き物の気配がないのは不気味だ。そっか、さっきからの違和感はこれだったのか。よく考えたら、森に入ってから生き物はおろか、鳥の鳴き声も聞こえなかった。
「とりあえず、周辺を探索だ。俺はさらに東、オズは西だ。お前は……」
皇帝がそこまで言いかけて止まり、私をちらりと見た。
「足手まといだからここで待機」
連れてきといて足手まといってなんだよ! ……まあいいや。神代樹がどんな木なのかも気になるし、一人で調べよう。
「……不本意ですけど分かりました」
私がそう返事するな否や、二人は二手にわかれて森に入っていった。
さて、私は何をしよう。とりあえず、泉の側の植物の様子でも調べてみようかな。
泉の縁に沿って歩く。パッと見、泉の水が無いところ以外は特に変なところは見当たらない。
周りに生えてる植物だって、こんなに生き生きと……あれ?
この植物……さっき図鑑で見たな。名前は忘れちゃったけど、確か今の季節にちょうど実をつけるはず。でも、そんなものどこにもない……。
「あれ、これは今なら花が咲いてるんじゃない?」
その隣も、その隣も……どの植物も、枯れてはいないけど、どこかおかしい。枯れてないだけって感じ。まるで季節がおかしくなったかのように、バラバラだ。
泉の周りの植物を一つ一つ調べるだけで、いつの間にか日が暮れていた。丁度全部見終わって、神代樹を調べているときに二人が戻ってきた。
大体のところは見終わったから、もう撤収しようとのことで。薄暗くなってきた獣道を辿って、城へと戻った。
それにしても、あの森……気になるなぁ。