奴隷歌姫、安静にする。
〔おい、菖蒲、菖蒲〕
ふわふわとした感覚の中、誰かが私を呼んでいる。ゆっくりと目を開けると、目と鼻の先に金色の瞳が。
「うわぁっ!?」
〔うるさいのぅ……少しは静かにせい〕
「ご、ごめんなさい」
何となくこのやり取りにデジャヴを感じながら、立ち上がった。
「お久しぶりです、イーリス様」
〔うむ。久しいのう、菖蒲〕
相変わらず綺麗なイーリス様に、ぺこりとお辞儀をした。
本当に久しぶりだ。真っ暗な空間に、人間サイズのイーリス様が立っている。大きい人間サイズをみるのは、異世界にくる前に見たっきりだし、妖精サイズも交換日記をするとかいうくだりの時以来見ていない。ってか、それ以来会ってない、かも。
〔しばし見ないうちに、少し変わったか? たくましく見えるぞ〕
「あはは、そりゃ色んなことがありましたし……」
〔我も顔を出してやりたいのだがな……ほかの人間どもがいるのもそうだが、今はなんせ忙しくてな。すまない〕
「謝らなくてもいいですよ。私ならほら、大丈夫ですから!」
そうか、と呟くと、イーリス様は私に背を向けた。
〔……ひとつ言わなくてはいけないことがあってな〕
「……はい?」
〔そなたのその強大な魔力……そして光属性──〕
ザザッとイーリス様の姿が揺らめいた。
〔菖蒲はただの人間ではない〕
「えっ、そりゃ、異世界人ですけど……」
〔違う。菖蒲、そなたの正体は──〕
「……正体は?」
〔この世界を救うべく我、送─た─、よって、そ─たは──〕
さっきから、イーリス様の姿が揺らめいてはいたが、徐々に声も途切れてきた。
「イーリス様?……どうしたんですか?」
〔せか─をゆるが──、しろの─こ〕
「ちょ……何いってるかわかんないですよっ……! 私の正体が何なんですか!?」
私がもう一度聞き返しても、イーリス様には聞こえていないようで、話し続ける。姿と声はどんどん途切れていき──ついに見えなくなっていった。
「イーリス様っ!」
必死に手を伸ばしてもすでに遅し。細々とした光になって、消えてしまった。
「ちょっとまってッ……」
「イーリス様ッ!」
☆
「っは……!」
手を伸ばした瞬間、視界がクリアになった。
「なんだ……夢か」
妙にリアルな夢だった。最初に会った時とそっくりで……。
……って、私なんで寝て……?
「そうだっ……火事は!? 皆は!?」
ガバッと起き上がって、周りを見渡した。──白い天蓋、少しぼろくてガタガタな、アンティークな机と椅子。その机に広げっぱなしの書物。床に空きっぱなしの穴……。
「ここ、自室……? なんで?」
落ち着いて記憶を辿ってみる。町に行って、爆発があって……オズと一緒に巫女専用の部屋に入って。それから、あれ──
「思い出せない……」
どう頑張って思い出そうとしても、どうしても思い出せない……。待て、おちつけ。確か、魔法で譜面を見つけ出して、その曲の名前は?
「えーと、"エフェット・ディ・ピオッジャ"……癒しの涙雨、だったっけ」
そんで、それを見た瞬間頭のなかにメロディーが浮かんできて。そうだ、私、その曲知ってたんだ。それでそのあと……。
──思い出せない。
「お目覚めですか、アイリス様」
「うわっ!? ……びっくりした」
「それは申し訳ありません。お加減はいかがでしょうか?」
「まだ状況はまったく掴めないんですけど……まずまずです」
そうですか、とオズは微笑むと、閉まっていたカーテンをシャッと開けた。眩しい光が室内に入り込む。
「あの、火事はどうなったんですか?」
「……覚えてないのですか?」
「はい。オズと一緒に部屋に入ったことは覚えてるんですけど」
「……火事は、あの後すぐ消し止められました。同時に現れていた魔物も全て討伐されました」
「魔物? そんなものが……ティノちゃんは? レネン、リヒト、シルト……皇帝……町の人々は?」
すがるように尋ねると、オズはにっこりと笑顔を浮かべた。
「大丈夫です。少し負傷者はいますが……死者は出ていません」
「そっか……よかった」
ほっと胸をなでおろした私に、オズが紅茶をすすめた。
「それにしても安心しました。アイリス様、丸二日寝込んでいらしたのですよ」
「ふ、二日!? うそぉ……」
「サーシャ様やリズ様、ああ、ルイス様も心配してらっしゃいましたよ」
「そ、それこそ信じられん……」
あの皇帝が? 私を? 心配? 嘘つけぇ……。せいぜい、「図太いやつだな」ぐらいにしか思ってないでしょ。サーシャ様はお優しいし、リズちゃんもツンデレっぽいとこあるから信じられるけど、皇帝はにわかに信じがたいなぁ……。
「アイリス!」
「あ……サーシャ様!」
バターン! と扉が勢いよく開け放たれ、長身の美女が抱きついてきた。どうやら稽古中だったようで、練習着姿だった。額には汗を浮かべている。
「うううう心配したぞバカやろうがあああ!」
「ご、ごめんなさい」
「歌ってる途中で倒れたなんて……お前、頑張りすぎだ」
やっぱり、なぜだかわからないけど気を失ったのか。久しぶりに張り切っちゃったからかな。あ、もしかしたら魔力の使いすぎとかかな。でも、歌った記憶がないんだけど……なんでだろ。
「ご迷惑おかけして、すみません」
「迷惑ではないがな。しかし、いいかアイリス。迷惑はどんどんかけてもかまわないが、心配だけはさせてくれるなよ!」
迷惑をかけても心配かけるな。……ふふ、お母さんもそんなこと言ってたっけ。懐かしいなぁ。
「なに笑ってるんだ、おかしなやつ。まあそれほど元気そうなら大丈夫だな! もっといたいところだが、訓練がまだ残っていてな……すまない、今日はこれで失礼する」
「はい! すみません、ありがとうございました」
「また明日、顔を出すからな!」
颯爽と踵を返し、サーシャ様は部屋から出ていった。高い位置で一つに結われている長髪の毛先が、ふわりと揺れた。
「ところで、さすがに丸二日も寝てたし……もう大丈夫ですから、仕事を」
「ダメです」
私が言い終わる前に、オズがにっこりと笑いながら遮った。……言い終わってないっ! まだ言い終わってないんですけど!
「お願いします、安静にしとけと言われても暇です!」
「私が許しません安静にしてください」
「だ、だから暇で」
「やめてくださいまたぶっ倒れられても大変なんです」
そこまで一息で言ってから、「ルイス様の玩具が体を壊されると困りますし……」と小さく言った。おい、聞こえてますよそこ。おい。
「どうしても無理ですか」
「はい。まあ、どうしてもと言うならエミリーにでも止めてもらいましょうか?」
「……遠慮させてもらいます」
「それが賢明でごさいますよ」
オズが、打ち勝ったり! とも言わんばかりの笑顔になった。ちくしょう、エミリーさんを出してくるのはずるい。あの人の説教とか長いからやだもん。しょうがないかぁ……じゃあ、お言葉に甘えて数日間休ませてもらおうかな。ちぇー……。
「では、私はこれで。くれぐれも安静にお願いしますね。……安 静 に! お願いしますね!」
二回言った。今二回言いやがった! くそう、これじゃあ抜け出すのも無理そうかな……。
「は、はーい…… 」
「では」
黒い笑みを浮かべながら、オズが出ていった。むう……オズには敵いません。
仕方がないから暇潰しに本でも読もうかなぁ。よし、この機会に借りっぱなしだった本を読破しちゃおうか。
うーん、結局何が起こったのか分からず仕舞いだったな。……サーシャ様あたりに今度聞こう。
夏休み(とはいいつつほとんど毎日登校してましたが)も終盤に近づき、毎年恒例(?)の……宿題に手間取っています。だから更新も遅れ……いや、宿題のせいにしてはダメですね。はい……。
来月に文化祭があり、何故かそれのクラス責任者とかなってしまったため、来月いっぱいまでは更新速度がいつも以上に落ちます。ご了承くださいm(_ _)m