奴隷歌姫、城外の様子を知る。
8/1追記
絶対音感と絶対領域を間違えてました。結界魔法は絶対領域です。申し訳ありません!
スパルタ特訓から次の日。あまり派手すぎない、村人っぽい服装に身を包んだ私は、城門に寄りかかって空を仰いだ。ちらりと懐中時計を取り出して、今か今かと待つ様子は、端から見たらデートの待ち合わせをしているかのように見えてたりするのかな……まあ、待ってるのは料理人こと──
「アイリスさん! お待たせしてしまって、すみませんっ」
ティノちゃんっていう女の子なんだけどね。
「ティノちゃん!」
「すみませんすみませんっ! ミーティングが長引いてしまって……」
「そっか。皇帝のことだから、またメニューの変更とかあったんでしょう?」
「まあ……そんな感じです」
お互い大変だね、と微笑むと、ティノちゃんも困ったような笑顔を浮かべた。
ティノちゃんは、まだ若いのにこの城の料理人を任されている、期待の新星。なんでも、一般人には考え付かないようなアイディアと、その年には似つかない超一流の腕前の持ち主らしい。可愛らしい容姿──紺色のボブカット、クリッとした青い瞳──からは考えられないぐらい、天才少女なんだとか。多分、私と同じぐらいか年下だろうか。
この前の大福の時の一件で知り合って、それからよく仕事の合間に話すようになった。……実は、最初は私と自分の身分がどうとかで「アイリス様」とか呼ばれてたんだけど、どうにか説得してやめてもらった。さすがに、様付けは恥ずかしいし、距離を感じて嫌だったからね。今回は、忙しい料理長の代わりにティノちゃんが買い物に行くらしい。
「じゃあ、行きましょうか」
「そうだね! ……と、言いたいところなんだけど……"ゲリーゼル"!」
城門の反対側に向けて、水魔法を飛ばした。ピキッ、と音がすると、何もないところから二つの影が現れた。
「っち、バレたか」
「そりゃバレますよ。即席の魔法ですし、探知魔法も使われているようですし」
「る、ルイス様!? オズ様もっ!?」
ティノちゃんが口をあんぐり開けて、立ち尽くしている。私は額に手を当てて、ため息をついた。
「何してるんですか、そんなところで」
「決まってるだろう、追跡だ」
「さらっとストーカー発言しないでくださいよ! オズも止めてください!」
「全力で止めましたが……お察しください」
職権乱用でもしたのかな。ったく……そんなに町に行きたいのなら違う日に行ってほしいのに。
「ということで、俺もついていくからな」
「はぁ!?」
「仕事の事は案ずるな。実地調査も兼ねている」
「そういう問題じゃないですから!」
「うぁ……皇帝様と、お買い、物……」
「ティ、ティノちゃん!」
ティノちゃんがフラりと揺れた。そりゃ、そうだよね。皇帝は腐っても皇帝、この国のトップ。そんなトップの人と買い物なんて、ねぇ……。私の感覚的には、皇室の方々とお買い物に行くようなもんだもんなぁ。確かに目眩もするよね。
「ほら、つべこべ言ってないで行くぞ」
「いだっぁだ! だから! 契りのツタ使わないでくださいって! ちょっと!」
隷属の契りのツタで引っ張られ、ずるずると城門を出た。後ろから、呆れ顔のオズとおろおろしたティノちゃんがついてくる。オズに助けて、と目配せをしたが、「自分で何とかしてください」とも言わんばかりの笑顔を返されてしまった。
「はぁ……勘弁してくださいよ」
「ぐずぐずしてるお前が悪い」
「でもですね! ティノちゃんも折角のお休みを削ってまで来てくれてるんですから、女子同士の休日を楽しみたいんです!」
「お二人とも、落ち着いてください……目立ってますよ」
とは言われても、皇帝のワガママには付き合ってられん! ということで、思わず町のど真ん中で口論中。
目立つかもしれないけど、なぜか皇帝がいるのに町の人達騒いでないし、きっとなんかの幻覚魔法でも使ってるんじゃないかな。私はもちろん、この前使った変化魔法をかけてるから大丈夫。
「とりあえずアイリスさんが言ってた豆は買えましたし、帰りましょ?」
「そんな……ティノちゃんのおすすめのお店に連れていってもらおうと思ってたのに」
聞くには、ここら辺にオムライスみたいな食べ物の美味しいお店があるんだとか。この前聞いたから、今度一緒に行こうねって約束してたのに……。
「まぁ当初の目的は果たしましたし、しょうがないか……」
置いておいた荷物を持って、Uターンをしてお城へ帰ろうと歩き出した。
「……飯ぐらいは許可してやってもいい」
「え?」
「俺もまだ視察が残ってる。厄介な事件の調査が終わってないしな。その間ぐらいは自由にしてやってもいい」
マジで。……あんなに頑なに許可しようとしなかったのに!
「ほんとですか!? ありがとうございますっ!」
「俺の視察が終わるまでだからな」
「分かってますって! 行こ、ティノちゃん!」
「は、はいっ!」
やったやった。冷徹皇帝様もたまにはいいこと言うじゃん! 視察が終わるまでだから、リヒト達に会いにはいけないかもしれないけど、取り合えずお休みを満喫しちゃおう!
「で、ティノちゃん。おすすめのお店って、どこ?」
「あ、ええと、それです」
「このお店?」
ティノちゃんが指差した方を見やると、こじんまりとした食堂が。……ってこれ、この前私が食べ損ねたとこじゃない? おおう、なんという偶然!
「私、この前ここで食べ損ねたんだよね」
「そうなんですか!? 実はここ、私が前にお世話になってたお店なんです。入りましょう!」
カランコロン、と心地よい鈴の音が響いた。お昼時の一番忙しい時間帯は終わったのか、前に来た時よりもそれほど混んでいるというわけではなかった。いそいそと可愛らしいウェイトレスさんが、私たちに近寄ってきた。
「ティノさん!? いつ帰ってきたんですかぁ!?」
「久しぶり。店長に会いたいんだけど、いい? どうせまたゴロゴロしてるんでしょ」
「わかりましたぁ……と、そちらの方は?」
「あ、私の同僚だよ。この前ここのアヴゴーを食べ損ねちゃったんだって。用意してくれない?」
「了解ですぅ! アヴゴーふたつ~!」
ウェイトレスさんが厨房へと声をあげると、威勢のいい返事が返ってきた。ティノちゃんに奥へと案内され、従業員の休憩スペースのようなところへと促された。
「すみませんっ、同僚だなんて馴れ馴れしく……」
「ううん、そんなことないよ。実際に同僚……ていうより、ティノちゃんの方が先輩だし」
「いやいや……そうだ、私店長に挨拶してきますね。一応、あんなんでも恩人ですしね」
「うん。いってらっしゃい」
「すぐ戻ってきますね!」
ティノちゃんが休憩室から出て、しーんと部屋が静まり返った。
なんか、話し相手がいない環境って新鮮。最近はずーっと、皇帝に付きっきりで、仕事はメアリーとジェーンと一緒だし。一人っきりって、あんまりなかったかも。夜も夜ですぐ寝ちゃうしね。一人っきりだと、なーんも考え事しなくて楽だなぁ……。
「……あのー、お冷や持ってきましたぁ」
「あっ、さっきの……えぇと」
「ティノさんの妹弟子、ユーナでぇす!」
いつの間にか、ひょこっと部屋の入り口から、さっきのウェイトレスさん──顔を覗かせていた。手には水を乗せたお盆を持っている。
「ありがとうございます、ユーナさん」
「やだやだ、ユーナさんだなんて堅苦しいですよぅ。呼び捨てでいいですよぅ」
「え、でもいきなりは……それじゃあ、ユーナちゃん。ありがとう。私はアイリス」
「アイリスさんですかぁ。よろしくですぅ」
ユーナちゃんはぺこりとご丁寧にお辞儀をすると、私の前の椅子に座った。私はというと、持ってきてもらった水を一気に飲み干した。
「ふぅ、喉が乾いてたんだ。生き返る~」
「それはよかったですぅ。センパイに、いくら水不足だとはいえ、ティノさんとそのご友人には出せって怒られちゃって」
「水不足……そうなんですか?」
それはおかしい。だって、ここアインスリーフィアは別名水の都。国が海に囲まれていて、川や湖みたいな水源も多いはず。水不足なんて無縁なんじゃ……。
「あらぁ? あなた、知らないんです? 最近、ここらの泉が枯れちゃって……それも全部! しかも、連日火災も起こってますし、水不足なんですぅ」
「そうなんですか……」
「あれれ、お城で聞いてません?」
「あっ、ああ……私はメイドだから、あんまり外の話は聞かないかも……」
「そうなんですかぁ。メイドさんって忙しいんですねぇ……」
ほう……と頬杖をつきながら、ユーナちゃんがじっくりとこちらを見た。
そんな話、一言たりとも聞いてない……メイドの皆が知らないだけ? いやいや、そんなことはないはず。……っていうか、最近皇帝と一緒にいたから皆とはあんまりいなかったから? 皇帝、私には何にも教えてなかったってこと……? というか、今日の"厄介な事件"っていうのは、まさかその事?
何も知らないまま、飄々と過ごしていた自分に腹がたって、ぎゅっと服を握りしめた。
「ただの世間知らずなだけなんだ、私。もっと色んなこと、知りたいんですけど……」
「でもでもぉ、お城のメイドさんだなんて超高所得なんですよねぇ。いいなぁ!」
「あはは、こき使われますけどねぇ……」
「しかもぉ、あの皇帝様もたまーに見れるんでしょ! 羨ましすぎですぅー!」
う、羨まし……!? そっか、あの本性を知らないと確かにイケメンだし……。憧れるものなのかな。
「はは……皇帝、がねぇ」
「はぁー、一度でいいから、お会いしてみたい……」
……うん、夢を壊さないでいてあげよう。
「ところで、ティノちゃん遅くない? どうしたんだろう」
「あ、じゃあ私見てきますぅ! どーせまた、二人して喧嘩でも……」
ユーナちゃんが立ち上がった、その時。とてつもない爆発音が聞こえたかと思うと、いきなり窓ガラスが割れて飛び散った。
「きゃぁぁあ!」
「ユーナちゃんっ! "絶対領域"!」
続けて爆風が飛び込んできた。咄嗟に絶対領域を自分とユーナちゃんに展開させ、駆け寄った。
「ユーナちゃん、大丈夫!?」
ガックリと項垂れたユーナちゃんを抱き起こす。爆風の影響で気絶しているようだけど、外傷は特に見当たらなかった。
「アイリスさん! 大丈夫ですか!?」
「ティノちゃん! 大丈夫、でも一体何が……!」
「わかりません。でも、外で何か起こっているみたいで……!」
ティノちゃんの視線の先には、窓。そしてその先には、赤い火柱が見えた。
── しかも、連日火災も起こってますし──
──水不足なんですぅ
ユーナちゃんの言葉がよみがえってきた。もしかして、火災っていうのはこれのこと……! そして、水不足が深刻なら!
すくっと立ち上がると、抱き抱えていたユーナちゃんをティノちゃんに預けた。
「ティノちゃん、ユーナちゃんお願いできる?」
「それは構いませんが……アイリスさんはどこへ?」
「町の人を放っておけないよ。それに、皇帝とも合流したほうがいいし」
「そんな……危険ですよ!」
「大丈夫、ある程度の魔法は使えるから。ティノちゃんこそ、そこを離れないでね!」
念のため、二人とお店に水魔法の結界をもう一度かけておく。絶対領域でもいいんだけど、どうやら絶対領域は私の側じゃないと発動しないらしい。もともと自分の身を守る結界だしね。
部屋の出口からでたいけど……瓦礫で塞がっているかもしれないことを考慮しなきゃ。さっきの窓を無理矢理こじ開ける方がいいかな。えぇと、良さそうな魔法は……
「"アルドーレ"!」
さっきの爆風で窓ガラスは吹っ飛んでたから、窓枠だけ炎魔法で燃やす。ある程度人が通れるほどの大きさになってから、水魔法で消火。そこから外へと抜け出した。
どうやら普通の火災ではないらしく、一気に爆発に巻き込まれたかのように、数メートル先の建物が瓦礫と化していた。……爆風が飛んできたぐらいだから、向かい側とかだろうと思っていたけど、意外に遠くて一瞬驚いた。でも、火の手はすぐそこまで迫っていて、人々が次々と逃げ出している。
──もしかして、あっちの方向って、孤児院の方なんじゃ……!
「みんな……!」
悲鳴と絶叫で溢れた大通りを、逃げる人達とは逆らって走り出した。
ティノちゃんは、後々この小説が終わったら更新を再開したいと思ってる「転生したからには、料理に全てを捧げます!」の主人公です!
ほんとうはこんなに出す予定はなかったんですが、行き当たりばったりだとこうなるんですね……。