凡人女子高生、死亡する。Ⅰ
思い付きなので設定が甘いですがご了承ください。
目が覚めると、目の前にはどこまでも真っ暗な世界が広がっていた。
え、ここどこ? なんで私こんなとこにいるの?
歩こうと足を動かしても、前に進まない。ふわふわとした感覚──行ったことはないけど、宇宙空間はこんな感じなんだろうか。私はどうすることもできず、ただ周りをキョロキョロと見回すだけ。えっと、よく考えろ私。さっきまで私、何してた?
確か、部活が終わったから、帰ってて……。スーパーの特売日だったから、スーパーに寄った。で、家に帰ろうとした時──。
そこで私はハッと思い出した。そうだ私、暴走した車にぶつかったんだった。ふらふらしてる妊婦さん助けようとして、したら目の前に車が。
で、ぐちゃぁって言葉にし難いグロい音して。ズリズリ引きずられて、それからドゴーン! っておっきい音がして──目の前が真っ白だったから見てないけど、手にドロッとした血のような物がまとわりついてたら、きっと大量出血してたと思う。身体中、痛みより熱いって感じで。周りで「人に車が突っ込んだぞ!」「誰か救急車!」とか言ってたよな。え、待って、今私がいるところから察するに──
──私、死んだのか。
あんな怪我で生きているわけないだろうし──さすがにあの怪我(見てはないけど)で生きてたら生命力半端ないでしょ。
うわああああ、私16歳で生涯を終えたのか。短い人生だったわ。せめて20歳になって成人したかったなぁ……。あとリア充も経験したかったな。もう無理だけど。
なんて呑気に考えてると、目の前がいきなり光りだした。な、なに!? 眩しくて目が開かない!
思わず手で目をふさいでうずくまると、だんだん光が収まり──目の前に見慣れない女の人が立っていた。ゆったりとした真っ白な羽衣を纏い、輝く金髪をアップにしている。手には長い杖みたいなのを持ってて、先っぽには不思議な形をした宝石のようなものがついている。目鼻立ちがくっきりしてるから、日本人ではないのだろうか──と思った瞬間、とんでもないものが目に入った。
こ、この人背中に翼があるんですけど! 雪のように真っ白な、大きな翼。しかも、その後ろには小さな虹まであるし。──これは世に言う天使ではないだろうか? 日本人どころか人間離れしたような美貌だし。私死んだみたいだしその可能性は高いよね。
「そなたは葉月菖蒲──で合っておるか?」
「は、はい!? あ、そうです私が葉月菖蒲ですけどっ……?」
びびびびっくりした。さっきからずっと黙りっぱなしだったのに、いきなりしゃべるんだもん。かなり間抜けな声で返事してしまった。声裏返ってたし。でもそんなことを気にもせず、腕を組み私の顔を覗きこんだ。ちょ、近い近い。女の人だとはいえ、この至近距離はかなり恥ずかしい。やめてくれ~!
「ふむ、そなたが葉月菖蒲か……随分とちんちくりんだのぅ」
「なっ!」
開口して二言目がちんちくりんとか、なんですかそれ……。超失礼すぎる。……まあでも、こんなに美人で光輝いている方からすれば、私なんてちんちくりんだよなぁ。
「あの、貴方はどなたですか? 見たところ人間って感じはしないのですが──」
女の人(?)は杖をトンっと地面についた。私には地面がある感じはしないんだけど、スルーしておこう。
「我の名はイーリス。──虹の女神だ」
「い、イーリスさん? 虹の女神って……」
「我は女神じゃぞ? 様をつけろ、様を!」
「は、はいぃ! すみませんっ!」
イーリスさん──じゃなかった、イーリス様、か。天使じゃなくて女神なんだ。すっごいお偉いさんじゃん。それに、虹の女神だから翼の後ろに虹があるのね。なんで私、女神様の前に……?
「えっと、あの、ここどこなんですか? 私死んじゃったんですか?」
私はイーリス様に、一番聞きたかったことを聞いた。
「む、質問が多いの。──そうだな、そなたは8月3日の午後5時半頃死亡した」
「そ……そう、ですか」
うん、やっぱりそうだよね。この状況と最後の場面からしてそうだったし。……実際に他者から言われると、そうとうクるなぁ……精神的に。
「で、ここは死と生の境目じゃ。死人はここで天使に審査され、天国と地獄へ分かれるのじゃ」
「そ、そうですか」
「どうした? この世に未練でもあるのか?」
未練、か──。
「──私の弟と、妹を残してきてしまったことですかね……」
そう、私には中2の弟と小3の妹がいる。母さんは私が8歳のころ、原因不明の病気で亡くなった。だから、私が二人の母親がわりとして、家事をこなしてきたのだ。私がいなくなったら──あの子たちは、どうなってしまうのだろう。 父さんがいるけど、仕事で忙しくてほとんど家に帰ってこれないだろうし……。父さんがいても、ちゃんと家事ができるかわからないし。
「まあ家族が心配なのも分かるがな、大丈夫であろう。そろそろそなたがここにいる理由を話すとするかの」
「私がここにいる、理由……ですか? ただ死んだだけじゃないんですか?」
「違う。大抵の人間は死んでから死と生の境目にいる時は無意識じゃ。そもそも我が直々に審査をすることはない。普通は我の部下である天使が審査するのだからな。そなたがここにいる理由はだな──簡単に言うと、そなたの力が必要なのじゃ」
……は? 私の力が必要って、なんかのRPGじゃあるまいし。
「あの、私特別な力なんてないんですけど──」
「いや、そなたはあの能力があろう? ほれ、そなたの母親も持っていたものじゃ」
「母さんも……? え、"絶対音感"のことですか?」
私は絶対音感持ちだ。母さんも音楽家で持ってはいたけど、絶対音感なんて結構持ってる人は多いと思うんだけど。多分違うな。
「そうそう、それじゃ!」
当たりなんですかっ!
「それを使ってな、とある世界を救ってやってほしいのじゃ」
「は、はあ……そんなんで救えるならいいですけど。本当に絶対音感で救えるんですか?」
大体、絶対音感で世界を救うっておかしいでしょ。なにこれ胡散臭すぎ。
「それに私じゃなくても絶対音感持ってる人なんて沢山いるじゃないですか」
「誰でも良いと言うわけじゃないのだ。そなたには他の理由もあるがな……。それと、異世界を救うために絶対音感が必要と言うよりも、絶対音感とやらを持つものが救う資格を持つ、とでも言っておくか。まあ天国に大人しくいくより、異世界で転生ライフを送るのも悪くなかろう?」
「は、はあ……」
なるほど──わからん。
「上手くいけばもとの世界に帰ることも可能だぞ」
「本当ですか!?」
「うむ」
おお、それはいいじゃないか! 世界を救うとか荷が重すぎるけど、もとの世界に帰るためにもいっちょ一肌脱ぐとしますか。
「おお、協力してくれるか。それならばさっそく転生するがよい」
イーリス様は杖を掲げ、何かを呟いた。すると杖の先から光が溢れだし、私の体を包んだ。
「その世界には邪悪の存在もいてな、身を守るぐらいの能力はくれてやる。ありがたく受けとれよ」
え、そんな危険なとこに行くんですか。決めたからもう後にはひけないけど、今からもう逃げ出したい。そういうことは早く言ってよね……。
「あ、ありがとうございます?」
「うむ。それと、そなたが転生者で異世界人ということは他者に話してはいけないぞ。これは我との約束じゃ。あとそなたがやるべきことは、行ってみればそのうち分かるだろう。説明がめんどくさい」
ちょっ、適当にも程があるわ!本当にこんなんで大丈夫なのかな。が、頑張るしかない、か。
「りょ、了解です」
するとイーリス様は微笑み、手で何かを広げる仕草をした。すると目の前に大きな穴が空き──私を穴に突き落とした。
「え、ちょおおおおおおおおおおおおおおお!?」
「さらばじゃ、また会おうぞよ。最初のうちは辛い目にあうかもしれぬが、ぐっとらっく、じゃの!」
ひゅるるるるるると背中から落ちていく感覚がした。イーリス様が穴から見えるが、どんどん遠くなっていく。
──私はあまりの恐怖に意識を手放した。
☆
「──うっ……」
身体中に痛みを感じて、私は目を覚ました。体を起こした私に、ピュウッと風が当たる。
「さ、さぶっ!」
私はあまりの寒さに体を縮めた。寒い、寒すぎる。さっきまでの真夏の炎天下とはまるで違う。暑さよりも寒さに強い方ではある私でも、寒すぎて身動きができない。きっと今、この世界では真冬なんだな。
そしてこのつんざくような寒さの原因は、きっと私が着ているこの服のせいだろう。薄っぺらい布を適当に切って作ったような、少し歪なワンピースを着ている。腰には一応紐が通されていてリボン結びされてはいるが、紐が細すぎて今にもちぎれそうだ。見た目、スルメイカのはしくれみたい。飾り気もなくただの白い布だし、それに所々ほつれていてボロボロだ。足元はサンダルっぽいものを履いてはいるが、何かを編んだような丸いものを紐で足にくくりつけているような感じで、すごく雑。──まあ一言で言うと、とても冬に着るような服装ではないことは明らかだ。なんかよく博物館とかで見る、弥生時代の人が着てそうな服に似た感じである。
「というか……ここ、どこなの?」
周りをキョロキョロと見渡す。
転生とか言うから、もっと違う景色を想像してたんだけど……。なんか標高の高い神殿にでっかい魔方陣が描かれてて、神官みたいなのがいて……「勇者様お待ちしておりました!」的な。
でも今私が見ている景色は──どっかの路地裏のようで、かなり廃れている。ゴミ箱もゴミで溢れかえっているし、なにやら腐ったような臭いが鼻をつんざく。……一言で表現すると、スラム街、みたいな……。どうみても居心地が良いと思うような環境ではない。
「参ったなぁ……イーリス様、ちょっと転生の場所間違えてない? どう考えてもこれはひどいよ」
ぼそっと愚痴を呟いた。──まあイーリス様はここにはいないだろうし、聞こえてないだろうけど……。
〔む、間違えてはいないはずなのだが……おかしいのう〕
「わぁぁぁぁぁっ!? イーリス様なんでここに!?」
私の目の前に、ミニチュアサイズのイーリス様がふわふわと浮いていた。──え、こんなこともイーリス様できるんですか。さすがです。さっきと容姿は変わってないけど、体が小さいぶん余計に愛らしく見える。今の姿だと、女神っていうより妖精っぽいね。
〔すまぬ、少々またれよ……今調べてみるからの〕
「え、あ、はい……どうも」
イーリス様はうううーっと唸ると、体を縮めた。ハラハラと見守っていると、数分後イーリス様は顔をあげ腕をくんだ。
〔うーむ、場所もここで合っているはずなのだが……あ〕
「どうしたんですか?」
イーリス様は私に近づき、申し訳なさそうに肩をすくめた。──ちょ、嫌な予感しかしないのですけど……。
〔すまぬ、転送しようと思っていた年から数年前に来てしもうたみたいじゃ〕
「は、はぁぁぁぁぁぁぁぁ!? どうしてくれるんですか!」
場所合ってても、年違かったら意味ないでしょうが! 見た目しっかりしてそうなのにマヌケすぎでしょ!
〔まあまあ。てへぺろ、ってやつじゃ〕
「地味に現代っ子アピールしないでくださいよ! はぁ……どうすればいいんですか、もう……」
〔大丈夫じゃ、数年なぞすぐじゃすぐ。それに我がそなたに力を与えたろう?〕
そ、それはそうかもしれないけどさ……。
がっくりとうなだれていると、背後からザッと足を踏みしめる音が聞こえた。ひっ、人?
びっくりして後ろを振り返ると、かなり大柄の男の人……と、かなりガリガリの男の人が立っていた。た、対照的な二人だな……並んでるとお互いの体型がより増して見えるから不思議だ。
「#〇☆▲∇Å◎●○&¥?」
「──は?」
大柄の男の人が口を開いて何かを喋ったみたいだけど、なにを言ってるのかサッパリ……。これ、何語? 日本語じゃないことは確かだけど……。とりあえず英語言ってみるか。
「お、おぅ……あいきゃんとすぴーく……」
〔菖蒲よ……。この世界の者が英語とやらをしゃべるわけがなかろう? それは我の能力を使え〕
の、能力? いきなりですか……。
〔使用方法は簡単じゃ。そなたが頭に思い浮かべながら言葉を放つだけで、思い通りのことがおこるのじゃ〕
ま、マジですか! なんてチートな能力……!
〔まあ思い通りといっても限界はあるがな。試しに"言葉を理解したい"と考えながら何か言ってみい。ちょっとした呪文みたいなものがあれば成功し──〕
そうイーリス様が言いかけた時、ザザッと映像が乱れ、イーリス様の姿が消えた。ちょ! 途中で消えないでくださいよっ! 気まぐれな人だなぁ。──あ、人じゃなくて女神か。
「●Σ◎★○☆¥〇#々×? ∀∋△■@$*☆§!!」
わあああ、ガリガリの男の人が睨み始めた! と、とにかくイーリス様の言っていた通りにやってみよう。
呪文、呪文……。ここは言葉が"明確に"理解できるって意味をこめて──うーん……。確か、そんな感じの意味の音楽用語があったはず──あ!
「"シャルフ"!」
言葉を発した瞬間、私の目の前でパチパチッと閃光が走った。咄嗟に出た単語は、音楽用語。たしか、"明確な"って意味で合ってるはずだから。──ど、どうだ?
「ん? なんだこいつ一人でしゃべってると思ったらいきなりわけのわからんことを言いおって……」
おおおお! 成功だー!
はっきりと言葉が理解できる。はあ、これでひとまず安心だ。よかった~。
「まあいい。こいつがどんなこと言っていようが知ったこっちゃないしな。」
──と安心したのもつかの間、大柄の男の人はそう吐き捨てると、私の腕をねじりあげた。
「い、いたっ……!」
ちょっと! 女の子なのに乱暴するとか最低ですよ!
私は手を振り払おうとバタバタともがいた。でも、なかなかほどけそうにはない。
「逃げようとしても無駄だぜ。これからお前はこきつかわされる運命なんだからな。ハッハッハッ!」
ふんぞりかえって大柄の人は笑う。私はどうすることもできなくて、ガリガリの男の人の方を見た。
「おらよっ、少しばかりおねんねしときなっ!」
「ぁう゛っ……!」
頭に鈍い痛みが走った。
殴られたの? と気づいた時には────私は意識を失っていた。
弟の棗の年齢を変えました。
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