奴隷歌姫、しごかれる。
この世界での夏──つまり、フィノプルの期間は、日本の夏とは違ってジメジメした感じはない。カラッとした気候だ。ジメジメして暑い夏は、暑がりの私にとっては最大の敵。高温多湿じゃないだけでも、十分に助かるのは分かってる。うん、でもね……。
「119、120……あと80!」
「ひ、ふぅ、へ……あ、あとはちじゅ……!? ぶへ」
「つべこべ言うな、口を動かすな腕を動かせ」
「お、鬼!」
なんで炎天下の中、私は腕立て伏せをやってるんでしょうか。
……それは、大福が気に入っただろうとサーシャ様に言われたので、後日、皇帝に(イヤイヤ)持っていった時に遡る。
☆
「どうぞ。この前、気に入られたようでしたので」
そろそろ甘いものを出さなきゃなって時に、あのイチゴ大福を出した。ちなみに、ヨモギみたいなハーブはちょっと色があれだったから、今回はそのまんまの真っ白にしました。……さて、どうだろう? どんな反応するのかな。
相変わらず無言のまま、皇帝は大福に手を伸ばし……頬張った。黙々と食べ続ける姿に安堵し、3つ平らげるのを待った。
「おい。聞いたか」
大福を食べながら、急に話しかけられた。うん、甘いものをあげると口を開く、というオズの裏技は本当だった……とはいえ、別に話したい訳じゃないんですけどね。言っておくけど、ツンデレではないですから! ……ほんとだよ。
「戦慄の巫女の話ですか?」
「そうだ。……で、どう返事したんだ」
「サーシャ様から聞いてないんですか?」
「直接聞いた方がいいだろう」
ということは、サーシャ様は独断で私にあの話をしたのか。てっきり、皇帝に話せって言われたのかと思ってた。
「引き受けましたよ。断る理由はないですし」
「あっさり引き受けたんだな、想定外だった。もっと嫌がるだろうと思っていたが」
「すぐ引き受けた方がいいでしょうに」
「いや、抵抗するのを無理矢理屈服させる方が面白いに決まってるだろ」
……抵抗しなくてよかった、うん。皇帝に屈服させられるとか、何されるか分かんないもん。拷問とかかな。
「……で、受けたからにはそれなりの戦闘能力も持ってもらわないと困る」
「はあ……それで?」
「そこでお前の強さを見せてもらおうと思ってな」
なるほど。道理で、いつもよりも嫌がらせが多かったのか。実はさっきから、何発もの炎が飛んできていて、全部水魔法で防いでたのだ。避けてもいいんだけど、そんなに瞬発力もいいわけではないし、なによりその流れ弾が壁を焦がすのが嫌だったから、全部カットしていた。
「これぐらいの魔法ならさすがに余裕か」
「当たり前です! 毎日、私の仕事の邪魔してくるんですから」
「だよな」
ボワッ! とさっきまでの炎が二倍以上に膨れ上がった。ちょ、天井焦げますから! 咄嗟に水魔法を部屋全体に(ついでに、そこらに散らばってた書類も)かけて、距離をとった。次の瞬間、その大きく膨れ上がった炎が分裂して……四方八方に散らばった。
「"ゲリーゼル"」
とりあえず、水魔法を唱えて、炎を受け止める──が、勢いが強すぎて止まらない。あっちぃ!
「"グラッセ・フォルテッシモ"」
部屋がムシムシと暑くなるのに耐えきれず、水魔法からの強化版氷魔法を唱えた。その呪文の通り、"冷たい"空気が頬を掠め、炎が消えた。
「水魔法との合わせ技か」
「暑すぎです! 蒸し焼きにする気ですか」
「蒸し焼きでは生ぬるい。焦がしてやろうか?」
「お断りです!」
ボンッ! と目の前で小さな爆発が起こった。書類とか、燃えやすいものは私が結界を張っておいたからいいものの、屋内で爆発とかアホかァ!
目の前に迫る爆風を、水魔法でカット。すると、水蒸気がこもってしまった。辺りが見えない。
「"テンペスト"」
水蒸気を風魔法で払った。視界が開けると……そこにいたはずの皇帝の姿はどこにも見当たらない。微かに私の周りの絶対音感が揺らいだ──後ろだ!
「"ブリリアント・イナクティーレ"!」
イナクティーレ……"鋭く"と唱え、光魔法を刃のようにして後方に飛ばす。爆発からここまでの時間、僅か数秒間。
私の攻撃をものともせず避けた皇帝が、炎魔法を飛ばしてくる。水魔法でカット。
「ちょっ……もう、きりないからやめましょうって!」
私がやめようと問いかけても(ただ単純に怖いっていうのもあるけど、何より部屋がぐちゃぐちゃになるのが嫌だった)、お構いなしに魔法を繰り出してくる。……こうなったら、一気にケリをつけるしか……!
「"ヴィヴァーチェ"」
この前脱走しようとしたときに使った、加速魔法をかける。ふわっと体が浮く感覚のあと、すぐに飛び上がって距離をとった。
「"ブリリアント"!」
目眩ましに光魔法をうって、それから素早く皇帝の元へ距離を縮めた。……よし、この至近距離ならさっきの光魔法も確実に確実に当たるはず!
私はしてやったり、と微笑んで、呪文を唱えた──が。
「ブリリアント・イナク……うわっ!」
「甘い」
まさに手から光る刃を出して、振りかざそうとしたその瞬間。振り上げた私の腕をいとも簡単に掴んだ皇帝は、そのまま背負い投げのように引っ張り、床に打ち付けた。
「おぅえ! ふ、"フロ"ッ!」
攻撃するのも忘れて、打ち付けられる前に水魔法でクッションを作り出した。ぽよよん、とした感触がして、思わず閉じていた目を開くと──首筋に鈍く光る剣先が当てられていた。
「……皇帝強すぎです、手加減してくださいよ」
「十分している」
私の首筋に当てていた剣を腰に納め、イスに深々と座った。
「とまあ、魔法の腕はなかなかのようだが、身体能力が低い。……ということでだ」
頬杖をつきながら、口の端をにやりと上げた。……な、なんか嫌な予感……。
「──特訓だ。俺が直々に見てやる」
☆
ということで今に至る。
騎士団の訓練所の場所を借りて、私と皇帝の貸し切り状態である。少し離れたところから、騎士団員の威勢のいい声が聞こえてくる。……それとは反対に、私は筋トレのノルマを終えた瞬間に、地面に突っ伏した。
どこの体育会系の部活だよ……と突っ込みたくなるほど、筋トレやら走り込みやら徹底的に叩き込まれた。死ぬ……まじで、死んじゃいますって……。
「こんなこと……ハァ、やる必要っ、ある、んですか」
「当たり前だ。自分の身ぐらい自分で守れ。戦場でそれぐらいできなくてどうする」
ぐっ、それはそうかもしれないけど……。
「せめて屋内でやるとかないんですか……昨日と今日のやる場所、逆の方が」
「うるさい」
また炎魔法が飛んでくる。もうカットする気力も残ってないので、もともと張ってあった絶対領域に任せて水魔法で水分補給した。
「その妙な結界はなんだ。昨日も見えないように攻撃していたにも関わらず、ノーダメージだから苦労した」
「え、炎魔法以外にも攻撃してたんですか」
「あんな魔法だけでは生ぬるい。俺はもともと剣術に秀でているからな」
ま、マジですか……炎魔法だけでもかなりすごかったのに。
流れに身を任せて、この機会に倒しちゃえ! とか考えてた私がアホだった。こんな強い人、倒せるわけないもん。そりゃそうよね、将軍だもの。
「おや、アイリスじゃないか」
練習着に身を包んだサーシャ様が、剣を片手に現れた。さっきまで鍛練をしていたのか、首筋に汗が流れている。
「サーシャ様……!」
「ははは……満身創痍、といった具合だな」
「笑い事じゃないですよう!」
地面で潰れていた私に、さっと手を差しのべてくれた。手が土で汚れているから、少し戸惑っていると、「ああ、そんなのは気にならないから、ほら」と手をつかんで引っ張られた。うう、優しいよ~。どっかの誰かとは大違い。
「いででだだだだぁ! ……だから、"隷属の契り"乱用するのやめてくださいよ!」
「そのための契りだ」
「鬼!」
そんな私たちの様子をニコニコと見ていたサーシャ様が、「あ」と声を上げた。
「そうだ、アイリス。この前のダイフクなんだが。騎士団員達に話したらな、是非食べてみたいと駄々をこねはじめてな」
「だ、駄々……そ、それで?」
「料理長に作ってもらおうとしたんだが、ここにはそんな材料はないらしい。そこでだ」
一拍おいて、サーシャ様はチラリと皇帝を見つつ、言った。
「うちの料理長が、材料を買いにいくのに付き合ってほしいと」
「……え」
ということは、また町に行っていいってこと……?
「いいんですか? 私で」
「そりゃ、開発者が直接教えた方がよかろう」
「そ、そうかもしれませんが……」
これ、皇帝が許してくれるかどうか……だよね。絶対、無理だと思うんだけど。そろりと皇帝の方を向くと、腕組みをしたまま黙っている。
「……あのう、皇帝……」
「まあいいだろう。外出を許可する」
「えっ」
えええええ! そんなあっさり認めるの!? 嘘ぉ!
「……どこか頭打ちましたか」
「いたって正常だ」
「じゃあなんで」
「決まってる、料理長のレパートリーを増やすためだ」
で、デスヨネー。そうだろうと思いました。
なんか、微笑ましそうにサーシャ様がこちらを見てるんだけど、気のせい? うん、気のせいだね。
戦闘シーン(?)ってめっちゃ書きにくい。難しいですね……。




