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奴隷転生者の花唄  作者: 雨宮 海
神代樹の泉
38/85

奴隷歌姫、真剣に考える。

 それから、城につくと皇帝は私を私の部屋に放り込んで、そのまま何も言わずに立ち去った。てっきりお説教かと思ったから、拍子抜けしてしまった。

 そのまま、クビにされるわけでもなく、怒られるわけでもなく、何事もなく。気づいたらサーシャ様とのお茶会の日になっていた。

 オズに、中庭に案内された。どこから持ってきたのか、白いテーブルクロスがかけられたテーブルと、椅子が用意されている。そこに、さらりと髪を風になびかせて座っているサーシャ様の姿が見えた。


「おう、アイリス!」

「サーシャ様! お待たせしてしまって申し訳ありません」


 「大丈夫だ」とにっこりと微笑んでくれた。つられて、私も笑顔になりながら、椅子に座った。オズが素早く淹れてくれた紅茶を一口すすって、ほうっと息をつく。


「なかなか会えなくてすまないな。毎日でも様子を見に行ってやりたいところなんだが、騎士団の仕事もあるしな」

「いえ! 気にかけてくださるだけで十分です」


 申し訳なさそうに目を伏せるサーシャ様を見て、ほっこりと心が暖まる。サーシャ様からすれば、私は気にかけてもらえるような立場でもないはずだ。毎度ながら、本当にありがたいことだと

思う。


 この前のパーティーの話、騎士団の団員の話……様々な話に花が咲いた。


「ところで、この前私が言った、旋律の巫女話のことなんだが……」


 不意に、そう切り出された。そっか、今回のお茶会はサーシャ様から何かお話があるんだっけ。さっきまで朗らかに笑っていたのに、急に真剣な顔つきになったサーシャ様を見て、しゃんと背筋が伸びた。


「前に私が旋律の巫女について説明したとき、何て言ったか覚えているか?」

「えぇと……確か、貴族や王の暇潰しに、余興を催す鑑賞用……と」


 要するに、昔王宮とかでオーケストラを雇ってた、って感じだよね。多分。


「そうだな。……ただ、それは表向きの顔だ。旋律の巫女はただの見せ物ではない。あれはついでであって、普通は歌姫の仕事だ」

「表向きの顔……」

「そうだ。旋律の巫女は歌姫とは違う役職を持っている。……これを見てくれないか?」


 サーシャ様がオズから何かを受け取り、私に差し出した。分厚い本だった。表紙には、えっと……「戦場の巫女」? と書かれていた。本を開くと、小さな村と、そこに住む女の子──のような絵が描かれていた。その下には、この世界の文字が。翻訳魔法なしで読めるかな、練習はしてたけど、ちょっと不安だ。なになに……?




『昔々、あるところに、小さな村に女の子が住んでいました。


女の子は、村で一番歌が上手でした。その歌声には、不思議な力を秘めていました。女の子は、歌を歌うことで魔法をかけることができたのです。


ある日のことです。女の子は、村のお友だちと森で遊んでいました。ところが、突然ものすごい爆音が村から聞こえてきました。驚いて村に戻ると、大量の魔物が攻めてきていたのです。


誰もが諦めかけていたその時、美しい歌声が響きました。そう、あの女の子です。村を襲っていた魔物は、みるみるうちに消えてなくなってしまいました。


次の日、噂を聞き付けた王様がやってきました。王様は、女の子の歌声とその不思議な力を気に入り、女の子をお城へ連れて帰りました。


最初は嫌がっていた女の子でしたが、日に日に王様と仲良くなり、お城の皆が大好きになりました。


そして、女の子は国が戦争をすることになったときに、不思議な力で人々を救いました。


それからというもの、戦場で戦う女の子は「戦場の巫女」と呼ばれ、称えられるようになったそうです』




「戦争で、人々を救った、か……」

「……どうした、不服そうだな? この国の英雄とも言っても過言ではない」

「確かに、そうかもしれないですけど……でも、ただ歌が好きだった女の子が、戦争に出向くことは本当に幸せだったのかな、と思って」

「……なるほどな。戦争は負の遺産しか産み出さない」


 サーシャ様は紅茶を一口すすると、ぽつりと呟いた。


「そしてこの戦場の巫女が元になり、今に至るのが……」

「……旋律の巫女、ってことですか」

「戦争に対してだと、戦慄(せんりつ)の巫女とも呼ばれるんだ」

「戦慄……」


 ──決して誇れない、誇ることができない、そんな名前。その名前を、私は背負っていかなければならないのだろうか。


「……とはいえ、今は戦争はない平和な世の中だ。ただ最近、どうも国──いや、世界が、と言うべきだろうか。とにかく異変が多いんだ」

「異変?」

「ああ。普段は現れることの少ない、闇落ちした魔物が大量発生したり、急に森が枯れたり、雨が降らなかったりと……。これは、恐らく各地の魔法のバランスが悪くなっていることの暗示なんだ」


 各地の魔法のバランス……そういえば、この前読んだ本に、魔法にちなんだ土地があるって書いてあったっけ。それのことだろうか。


「そして、魔法のバランス……つまり、世界の均衡が崩れるということは……魔王が現れた可能性が非常に高い」


 魔王……! つまり、闇の神子がどこかにいるってこと?


 ……って、ちょっとまって。これって、この世界は窮地に追いこまれてるってことだよね。ってことは、イーリス様が言ってた「この世界を救ってほしい」っていうのは、もしかしてこの事?


「魔王が今どこで、何をしているかは分からない。すでに目覚めている場合もあるし、自覚症状がない場合もあるらしい。……とはいえ、ここまで異変があるのならば、目覚めているだろうけどな。──アイリス、お前に、魔王討伐を手伝ってほしい」

「……分かりました。私がお役にたてるのならば」


 あまりにもすんなりと私が返事をしたので、サーシャ様は目を見開いて私を見つめた。


「いいのか?」

「はい。私が力になれるのなら、の話ですけど」

「お前は強大な光の力……魔王の呪縛魔法に対抗する力を持っている。恐らく、光の神子と同等の」

「それならば……やります」


 魔王がいる。これはどの物語でも、世界を破滅する存在として恐れられるものだ。それを倒すために、私が何かできるのなら、協力したい。

 それに、もともとこの世界を救うために送られてきたのだ。多分、イーリス様に頼まれていたことはこのことだろう。


「そうか……! ありがとう、アイリス」


 ほっとした顔立ちになったサーシャ様が、私に微笑んだ。


「……話も終わったことだし、茶菓子でも食べようか?」

「そうですね。……あ。私、このために実は作ってきたものがあるんです」


 ずっと膝の上に抱えていたバスケットの中身を取り出して、テーブルに置いた。サーシャ様に手渡して、包みを開いてもらった。


「……これは、なんだ?」

「大福です」

「ダイフク?」


 そう、私が作ったのは大福。たまたま街で歩いていたら、白玉粉にすっごく似ている粉を発見した上に、ヨモギのような香りのハーブも見つけた。それぞれシーラ粉、モーギョ草となかなかに名前も似ていたから、思いきって買ってきてみたのだった。そしたら、両方ともまさに白玉粉とヨモギで、試作品が我ながらおいしかったので、思いきって持ってきてみた。中味は小豆みたいな小さな豆で作ったアンコをつめて、ついでに買っておいたトチの実を入れてみました。つまり、イチゴ大福みたいな感じだ。


「へぇ……見たことがないな」

「私の故郷の料理でして」


 さすがに魔法で作るわけにはいかなかったので、厨房をお借りしました。前に、そこのシェフさんと仲良くなったから、快く貸してくれた。ちなみに、私が買ったもの、レネンが持ちっぱなしだったんじゃ? と思われるかもしれないけど、そこは大丈夫。オズがあの時、レネンから受け取っておいてくれたらしく、次の日私に渡してくれた。さすが執事長。


「これはなんでしょうか、緑色ですが……」

「あ、それはハーブが入ってるんです」

「そ、そうなのか」


 大福をつまんで、サーシャ様は凝視している。その隣には、さっきから後ろに控えていたオズが興味深そうに見つめている。ま、まあ確かに緑色だと奇妙だよね……普通に真っ白にするべきだったかな。


「あ、あの……すみません、無理に食べることはないので」

「いや、折角アイリスが作ってくれたんだ。頂く」


 サーシャ様がつまんだ大福を、目をつぶりながら一口食べた。もぐもぐと噛み締めるサーシャ様の口を、ハラハラと見守った。


「……うまい」


 ぼそりと呟いた。その言葉を聞いて、身を乗り出して尋ねた。


「ほんとですか?」

「ああ、この中味の黒いもの……今までに食べたことのない味だが、とてもおいしいぞ!」

「よ、よかった! 頑張ったかいがありました」


 うまいうまい! と、ぽいぽい口に運ぶサーシャ様に、オズが呆れ顔で微笑んだ。


「……あ、オズもどうぞ。甘いから、疲れもとれますよ」

「私のような一使用人にも……申し訳ありません。ありがたく頂かせてもらいます」

「本当にうまいぞ。プロも顔負けだな!」

「本当にそうですね……この、黒い甘いものはなんというのですか?」

「あ、それはアンコっていうんです。それ、お豆からできるんですよ」

「豆から!? なんと、あの豆がこんなにうまくなるのか……」


 にこにこと大福を頬張る姿に、自然と笑顔がこぼれた。気に入って頂けたようで、何よりだ。


「……む、もう最後の一個だな。アイリス、お前さっきから一つも食べてないだろう、折角だから食べろ」

「え、いいんですか? じゃあ、遠慮なく……」


 最後の一個のお饅頭に手を伸ばす。……実は、数が少なくなっちゃうからって味見は一個だけだったんたよね。ふふ、甘いものは別腹。じゃあ、さっそくいっただっきまーす!


「……あれ?」

「……ふん」


 口に大福を入れようとしたら、忽然と姿を消していた。後ろから何やら声が聞こえたので振り替えると──皇帝が私の真後ろに立っていて、もぐもぐと大福を頬張っていた。


「そ、それっ……! 私の大福! 返してください!」

「もう口に入ったし、奴隷(おまえ)のものは(おれ)のものだ」

「っな……!」


 何というジャ○アン精神。ひどいです!


「何様ですか!」

「皇帝だが」

「ちっ……」

「ではな」


 思わず舌打ちしてしまった私を嘲笑うかのように、皇帝が大福の最後の一欠片を口に入れて、目を細めながら立ち去っていった。


「……あんの甘党め」

「す、すまない。私が食べ過ぎたから……」


 ギリギリと歯を食い縛る私に、申し訳なさそうにサーシャ様が言った。


「あ……いえ、もともとはサーシャ様のために作ったものでしたので! 気にしないでください」

「そうか、それならいいが。……すまないが、あいつのためにも作ってやってくれないか? 喜ぶから」

「はい!?」


 あいつって、皇帝だよね? 


「あいつ、相当ダイフクが気に入ったみたいだぞ?」

「う、うっそぉ……」

「あいつは気に入ったもの以外、全部食べることはないからな」


 まじかぁ。サーシャ様が言うなら……やるしかないのかぁ。


「……分かりました、作ってみます」


 手作りのお菓子をあげるってどうなんだろ……うう、前途多難です。やってみるだけ、やってみるか。







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