奴隷歌姫、再会する。
路地裏に声が響き、肩をつかまれた。……え、え? 何!?
「アイリス!」
唐突に名前を呼ばれて、目を見開く。なんで、私の名前知ってるの?
「……アイリス?」
「あれ……シルト!?」
角からヌッと現れた大男は、最初逆光だから分からなかったけど、シルトだった。前よりも少しベージュの髪が伸びただけで、ほかは何も変わってなかった。
「シルトがなんでこんなとこに?」
「……お前も、なんでこんなところに」
服装も、奴隷服と うってかわってきちんとした格好……だけど、随分大きな斧を持っている。冒険者でもやっているのかな?
ていうか、この人がシルトだとしたら、私の肩をつかんでいる人は……。
「……レネン?」
だと、思う。……いや、燃えるように真っ赤な髪とか、超そっくりなんだけどね──この人はどっからどう見ても、男の人、なんだけど。
「おう」
「え?」
「レネンだ」
「レネン、男の子だったの……?」
「はァ!?」
「ぶはッ!」
え、ええええええ!? マジで!? 女の子かと思ってたっ……!
「え、なんで……女の子じゃ」
「俺は男だっての!」
「そ、そうなの!?」
シルトが吹き出して、下を向いてプルプルと震えている隣で、レネンもまたワナワナと震えて口を半開きにしている。……だ、だって、髪長かったしかわいい顔立ちしてたんだもん。間違えちゃうよ!
「はぁ……髪が長かったのは、村長の証だ~とか言われて伸ばされてたんだよ! もうめんどくさくなって切ったけど」
「そ、そうだったの」
まあでも、さすがにこの姿を見せられちゃ女だとは思いがたい。私より小さかったのに、少し一緒にいなかっただけで追い抜かれてるし。細かった体も、細くはあるもののガッシリとした筋肉がついている。くりっとして大きかった瞳も、今は少し男らしく、キリッとしていた。
「はぁ……ま、まあとにかく。会えてよかった」
「そうだね。二人とも、元気だった? 心配してたんだよ」
「それはこっちのセリフだっての!」
いつか、また会いたいとは思っていたけど、まさかこんなに早く再会できるとは思ってなかった。ほっと胸を撫で下ろすと、レネンの後ろに隠れていたさっきの男の子が顔を出した。
「なぁ、レネンが探してた大切な人って、やっぱりこいつ?」
「ばっ……べ、別に後味悪かったから探してただけだっての! ってか、やっぱりってどういうことだよ」
「だって、こいつの髪が一瞬、黒く見えたからそうかなって思って連れてきた」
え、そうなの? じゃあ、さっきのは……
「ったく、最悪だよ、こいつ途中で加速しやがるし、レネンには殴られるし」
「な、なんかごめんね……」
すっごい申し訳ないことしちゃったな。……まあ、スリ以外で何とかして伝えてくれる方がよかったけども。
「コリン……だっけ。黒く見えたって、ほんと?」
「まあな」
「そうなの? 変化魔法、解けちゃったのかな……」
だとしたら、それってまずい気が……。だって、町歩いてたときもそうだったんでしょ?
「……ああ、そういうことか」
なるほど、とシルトが呟いた。え、なに? 何か理由があるの?
「とりあえず、ここで立ち話はあれだし……帰ろうぜ。ゆっくり話そう」
「家あるの?」
「まあな。行くぞ」
手を引かれたので、そのまま引かれるままについていった。数分後、廃れた路地裏にひっそりと建っている、教会のような建物の前でレネンが止まった。
「ここ?」
「ああ」
レネンが教会らしき建物の扉を開けた。すると、だだだだっと何かが雪崩れ込んできた。うわわ、なに!?
「レネンー、シルトー、おかえりぃ!」
10人近くの子どもだった。まだ4、5歳ぐらいだろうか。わらわらと二人の周りを取り囲んだ。
「ねぇねぇ、きょうはどんなヤツたおしてきたの?」
「あー、話はあとでな。今、忙しいんだ」
「えー! いまがいいー!」
ぐずり始めた男の子を、レネンはひょいっと持ち上げると「ごめんな、あとでちゃんと話すから」となだめた。その様子をぼーっと眺めていると、シルトの腕をつかんでいる女の子が、私を指差した。
「……あれ? このひとだれ?」
その女の子の言葉を聞くなり、一斉に私に目線が集中した。
「あたらしいひと?」
「ちがうでしょ、レネンかシルトのアイジンだよ、アイジン」
「ち、ちげーって……はぁ、俺ら大切な話があるから、ちょっとどいてな」
「「「はーい」」」
レネンの一言で、皆は家の中に入っていった。
「ごめん。驚いた?」
「あの子達は? 隠し子……」
「なわけねぇだろ。ほら、入れ」
扉をくぐると、妙に開けた空間が広がっていた。やけに天井が高くて、窓には所々欠けてはいるものの、ステンドグラスがある。……どこかで見たことがあるような、人物が描かれている。そして、長椅子と長机がずらりと並んでいる。やっぱり、教会なのかな?
真ん中にある通路の先に、教卓のような重々しい机が置いてあった。そこの前に、誰かが立っている。待ってましたかとばかりに、こちらに近づいてきた。
「よ、キースさん」
「……ただいま戻りました」
「お帰りレネン、シルト。おや、そちらの方は?」
「ほら、前言ったろ? 奴隷の時の」
「なるほど……初めまして。キースと申します」
「アイリスです。すみません、急にお邪魔して」
「いえいえ。無事再会できてよかったですね。何もないところですし、いつでも来てください」
人の良さそうな笑顔を浮かべて、「仕事に戻ります」と言うと、キースさんはまた机について何かを書き始めた。……厳しそうな表情。そのキースさんを見つめるレネンとシルトも、暗く沈んだように見えた。
「……場所を移して、そこで話さないか?」
私の視線に気づいたレネンが、淡々と言った。
「リヒトにも会いたいだろ。行くぞ」
「リヒト! ここにいるの?」
「おう。……ほら、こっち。コリン、お前も来な」
「……やだよ、めんどくせぇ」
さっとその場を離れたコリンを見て、レネンはため息をつく。シルトも呆れた表情をしている。
大広間の左側にある廊下を進み、突き当たりにあった部屋に案内された。
「あ、お帰り、二人とも」
「……リヒト!」
部屋の奥にあるキッチンに、見覚えのある人影が見えた。茶髪に、大きな水色の瞳。間違いない、リヒトだった。
「え……アイリスお姉ちゃん?」
「うん! よかった、元気で……!」
とことこと近づいてきたリヒトを、力強く抱き締めた。苦しいよ、と言われても構わずに、ぎゅうぎゅうと締め付ける。
「身長、伸びたね」
「うん! レネンとシルト、キースさんのお陰だよ」
この前までお腹らへんだったのに、今では私の胸らへんまで伸びている。成長期かな? しかも、甘えたようなしゃべり方から一転して、急に大人びた話し方になっている。レネンとシルトのことも、呼び捨てじゃなかったよね? ……と、色々と変わったところはあるものの、前とは変わらずのかわいらしさは残っていた。かわいすぎる、リヒトをじっくりと見つめる私に首を傾げる仕草とか、ほんとにかわいすぎる。なにこれあざとい。
「お姉ちゃん、レネンとシルトが呆れてるよ。話があるんでしょ? 僕はお茶淹れてくるから、ね?」
呆けている私に優しく声をかけ、リヒトは再びキッチンへと戻った。残った二人と椅子に座り、まずはお互いの近況報告をすることになった。
「俺達はあの後、城の施設に1週間ぐらい留められて、それから冒険者ギルドで生計をたてることになったんだ」
冒険者ギルド。そういえば、前にイーリス様に聞いたっけ。
「でも、慣れない城下町だったし、右も左も分からない状態でさ。たまたま、ここの孤児院の院長のキースさんと知り合ったんだ」
孤児院……そうか、ここって孤児院だったのね。だから、あんなにいっぱい子どもがいたのか。
「最初は少し手伝いをする程度だった。だが、ある日この孤児院で"あいつら"を見つけて……」
「あいつらって?」
「……レネン、今はそれはいいだろ」
「そ、そうだな。……とにかく、俺らはこの孤児院で厄介になる代わりに、冒険者ギルドで稼いだお金を寄付してたってわけだ。ここは、城からの寄付金をもらってねぇらしいから……」
なるほど。住まいを提供してもらう代わりに、か。
っていうか、かるーくスルーされたんですけど……。あいつらって、なんだろ。
「……で、アイリス。お前は?」
「あ、ええと……」
い、言いにくい。「助けてくれたのは実は皇帝で、旋律の巫女になって皇帝の専属奴隷してるんだ☆」なんて言えないんですけど……。
「わ、私は……」
「……別に遠慮しなくていい。お前を連れ去ったあいつら……皇帝だったんだろ?」
シルトがぼそりと呟いた。ば、ばれてるー! 知ってたの? ……そうか、あのときあそこにいた周りの人とかも見てたんだし、しかも一時城で保護されてたんだもんね。当たり前か。
「うん、そうだけど」
「じゃあ城で働いてんの?」
「そ、そんな感じ」
ほんとかよ、と疑いの目を向けられる。で、ですよねー。皇帝に、わざわざ連れ去られて普通使用人だよなんておかしいもんねー。
「……ま、そのことに関してはまた今度言及するとして」
ここからが本題、とレネンが足を組んだ。
「アイリス、お前さ……闇の神子、ではないよな?」
少し戸惑いながら、そう尋ねられた。ああ、やっぱりそのことについてか。そりゃ、そう思うよね。逆に、なんで奴隷生活中に聞かなかったんだろう?
「うーん……多分、違うと思うんだけど」
「多分ってなんだよ」
「実は、つい最近まで知らなかったの。闇の神子のこと」
「そういえば山育ちなんだっけか。どんな辺境の地で住んでたんだよ……じゃあ、黒の申し子ってことか」
黒の申し子。たしか、闇の神子の容姿と同じ感じの人のことだよね。
「じゃあその髪と瞳の色は魔法か?」
「うん。街に出るのに、このままだと色々と面倒だしね」
もう一度呪文を唱えて、魔法を解除した。パチン、と音がすると、髪色が真っ黒に戻る。多分、瞳も黒に戻っているはずだ。
「へぇ……大したもんだな」
「ふふ。あの一件から、魔法の練習してるの」
もう一度変化魔法をかけて、二人に微笑むと、ちょうどリヒトが運んできてくれたお茶を一口すすった。
「あのさ、お前あのとき、光魔法、使ってたよな? なんで光属性持ちだって教えてくれなかったんだよ」
あのときって、助けられた日のことだよね。
「……実は、あのときのこと、あんまり覚えてないの」
これは本当。私は歌を口ずさんでいただけで、魔法を発動しようなんて思ってもなかった。気づいたら三人の怪我が治ってて、みんなの隷属魔法が解けて……。
「そうなのか?」
「うん。魔法を使った覚えはないの」
「へぇ……不思議なもんだな。でも、本当に無事でよかった」
「……アイリスを一番心配してたのは、レネンだもんな。毎日探しにいってたし」
「ばっ……バカやろ! んなことねぇよ!」
そうなの? とリヒトに聞くと、うん、と頷いた。聞くところによると、ギルドのクエストが終わってから、ずっと探し回ってくれていたらしい。
「そうなんだ。ありがとう、レネン」
「……別に。あのまま放っておいても、後味悪いしさ」
「意地っ張りなのは変わらないね」
「うっせ!」
それから暫く談笑して、ふと窓の外を見ると、そろそろ夕方になりそうだった。
「そろそろ帰らなきゃ」
「お、もう帰るのか?」
「明日から、仕事あるしね」
皇帝が帰ってくるし、早く帰らなきゃ。
「……なら、レネン。送ってってやれ」
「はぁ!?」
「え! 僕もい……もがぁ」
シルトがリヒトの口をふさいで、言葉が遮られた。何言おうとしたんだろ。
「悪いよ、近いし大丈夫」
「……ちょうどギルドにも用事あるだろ?」
「そ、そんなバカ言うなよ!」
はぁ、とシルトがため息をつくと、レネンの耳元に口を寄せた。何かひそひそ呟いてる。その瞬間、ぼわっと火がふいたようにレネンの顔が赤くなった。
……そういえば、今思い出したんだけど、奴隷生活中にこの二人は恋愛フラグ立ってるんじゃね? とか思ってたなぁ。レネン男の子だからそれはないだろうけど。……ない、よね!
「……わかった。行くぞ、アイリス」
「え、いいのに」
「いいから。行くぞ」
「うわっ! じゃ、じゃあね! 二人とも!」
ずるずると引きずられ、半ば無理矢理部屋の外に連れていかれた。いつの間に持ったのか、レネンが荷物を持ってくれている。
「ごめん、重いでしょ? 私が持つよ」
「別に重くない。俺は男なんだし、持たせとけ」
「……じゃあ、お言葉に甘えて!」
肩を並べて、大通りを歩いていく。時折お店を覗いたり、小腹が空いたから少し甘いものを食べたり。ウィンドウショッピングも誰かと一緒だと、急に楽しくなるもんだね。
「おい、お前食べすぎじゃないか?」
「いいのいいの。なかなかこれないし、今食べとかないと損でしょ。ほら、レネンも食べる?」
「いっ……いらねーよ」
「じゃあそっちの食べてるの、一口だけちょうだい」
「えっ、ば……ばか! おまっ……!」
レネンが持っていた、アイスのような冷たいお菓子を一口食べようとした、その時。
「おい」
「もがっ」
後ろから、誰かが私の口を押さえた。続けて、ぐっと引き寄せられたので、そのまま後ろの人に身を寄せることになってしまった。──私の顔の横に覗く銀髪。……もしや。
「こ、皇帝……!?」
間違いなく、皇帝だった。なんで皇帝がこんなとこに!
「おい、てめぇ誰だ」
「それはこっちの台詞だ、この愚民が」
レネンがものすごい形相で睨んでいる。それに負けず劣らず、同じくらいものすごい形相で皇帝も睨み返していた。
「俺は自分の奴隷を引き取りにきただけだが?」
「は? 何言ってんだ」
今にも武器を取り出して戦いそうな覇気に、思わず皇帝の手を振り払って間に入った。
「ご、ごめんレネン。実は私、メイドさんじゃなくて……何て言うか」
「早く帰るぞ」
「おげっ」
首が何かに強い力で引っ張られた。皇帝は私の首をつかんでない、間接的に引っ張られている。……皇帝の手を見ると、ツタのようなものを手に絡ませていた。で、そのツタは私の首に伸びている……これ、隷属の契り? こんな風に扱うこともできるのか、って痛い!
「ちょ! 皇帝!」
「チッ……!"ゲール・メタリオス・トルネード"!」
びゅおおおっと突風が吹いた。周りの人から、悲鳴があがるなか、皇帝はびくともしていない。それどころか、"フローガ"と呟やいて、レネンに向かって炎の柱が向かわせた。咄嗟に絶対領域を周りに発動させて、打ち消す。
「な……」
呆気にとられているレネンを放って、皇帝はぐいぐいと私を引っ張っていった。どこからそんな力が湧いてくるのか、結構なスピードで最早私の体は中に浮いている。
「ごめん、レネン! こ、今度詳しく説明するから!」
必死に叫んだけど、周りの騒ぎで聞こえているかは分からない。
私はただ、何も言わずに引っ張っていく皇帝に苛立ちを感じながら、背中を見つめていた。
恋愛パートらしきものがようやく書けて楽しかったです。実は、この再会の部分は前から考えていて、当初の予定ではもう少し後にしようとしたのですが、早めに書いちゃいました。……それまでのネタが思い付かなかっただけですけどね!( ^ω^ )
ブクマ80突破しました。いつもありがとうございます!