奴隷歌姫、ドン引きする。
──結論から言うと、余興は大成功で幕を閉じた。
歌い終わった後に、会場がシーンと静まり返ったから、やばいこれはやらかしたかな? って思った。でも、その後すぐに大喝采に包まれたから驚いた。拍手がもらえれば上出来だと思ってたから、意外にも受けがよくて予想外でした。
エミリーさんに叱られた時に思い出した、鯨の鳴き声の話。なんでも、水中では空気中より音速が速いんだとか。それで鯨は、鳴き声で仲間と意思疏通をする──っていう話。で、その話を参考に、部屋中を海のように水魔法で覆ってみようと思い付いた。それで、試行錯誤の末に、なんとかいい感じの音量と響きができるようになったってわけだ。ああ、成功してよかった……! 魔法は海中音量魔法と命名。いやぁ、歌いながら魔法発動って、呪文が唱えられないから割と難しかった。成功してよかったです。
ちなみに、ジェーンが細工したと言っていたドレスは、魔法を使うとその魔法に反応して形が変わる性質のものだった。魔法を発動した時に、マーメイドスカートに変形したときはビックリした。今は元通りだけど、マーメイドスカートなんて体のライン丸見えだからね、恥ずかしかった。
余興も済んだし早々に退出しようかな、って思ってたんだけど、皇帝が「終わりまでいろ、命令だ」とか言うから帰れなくなったわけで。
それなら隅っこでお料理でも食べながら、ダンスでも見てようってことで、美味しそうな料理を目の前にして悩んでいたところなんだけども。
「巫女様! 是非私とダンスを踊ってくださいませんか?」
「いや、私が!」
──どうしてこうなった。
あろうことか、私の回りにうじゃうじゃと男性でごったがえしてるんですが。……ダンスのお誘いとか、アホかぁ!
社交辞令とか面倒くさそうだったから、早めに退出しようとしたのに! さすがにダンスを申し込まれるとは思ってなかったけど。誰だよ! 引き留めたの! ……皇帝じゃねえか!
等の本人はこっちの気苦労にも気づかずに、女の人に囲まれている。ったく、何のために引き留めたんだか……。
「あの、お恥ずかしながら私はダンスが苦手でして……」
「いえ、フォロー致しますので!」
とは言われても……ったく、私はなるべく穏便にパーティーを終わらせたいの! お願いですから放っておいて下さいっ!
しかも、貴族ってどうしてだか美形な方が多いので(とは言っても、王家の方々程ではないけども)イケメンオーラに囲まれて目が痛い。眩しすぎます、そんな笑顔で私を見ないで下さい~!
「で、ですが……」
「お願いします!」
「必ずや完璧にエスコートしてみせますから!」
パシッ、と手を掴まれた。ひ、ひぃぃぃぃ! やめてくれ、普通なら「キャッ……トゥンク」とかなるんだろうけど、今はとにかく目立たずに今日を終えたいんです! 誰か~っ!
──という、私の心の叫びを聞きつけたのか、誰かが男の人の腕をつかんだ。
「申し訳ございません、アイリス様は先日、足を捻られたようですので、今回はお引き取り願います」
落ち着いた声が聞こえ、後ろを見ると、オズがトレー片手に立っていた。ああ、救世主! さすがスーパー執事長!
オズの一言で「怪我なら仕方がありません」と言って、男の人達は去っていった。はぁ、助かった……。
「ありがとうございます、助かりました……」
「お安いご用です。──しかし、次回からはこうはいきませんので、今度からダンスのレッスンも追加致しましょうか」
「げーっ、そんなぁ」
慣れれば簡単ですよ、と言いながら、トレーに乗った飲み物を手渡された。パチパチと音がする、炭酸水っぽいピンク色の飲み物で、さっぱりとした甘みが口に広がった。
「おいしい!」
「料理長お手製だそうです。ほかでは味わえないんですよ」
「へぇー……すごい」
炭酸水なんて、どうやって作ったんだろう? と、ちびちびと味わっていると、トントンと肩を叩かれた。
「サーシャ様! いつの間に?」
「アイリスっ、良かったぞ~お前の歌!」
「あ、ありがとうございますっ」
ぽんっと頭を撫でられて、笑みがこぼれた。
「おかしくなかったですか? 私の歌……」
「おかしいもなにも、素晴らしかったぞ! あんなに綺麗な歌を聴いたのは初めてだ」
腕組みをして頷く姿を見て、じんわりと胸が熱くなった。素晴らしい──か、そう思っていただけて良かった。
「旋律の巫女について色々と話したいことはたくさんあるんだが……まだ挨拶が残っているのでな、また今度話そうか」
旋律の巫女についての話? まだ何かあるんだろうか。今すぐ聞きたいところではあるけど、王女様としてのお仕事がまだ残ってるのか。それなら、仕方ないよね。
「すまないな。来週なら時間をとれるから、その時にお茶でも飲みながら話そう」
「はい! わかりました」
「ではまたな」
踵を返して颯爽と立ち去るサーシャ様の姿に、見とれて呆けていると、視界の隅にまっ黄色のスカートが入った。部屋の隅っこで、宙を見つめている──っぽい。というのは、限りなく姿が透けているから、リズちゃんかどうかいまいち分からないからだ。私は自分の料理をとると、リズちゃん(?)に近づいた。
「リズちゃん……?」
私が声をかけると、バッと私から飛び退いた。
「……なんで私のこと見えてるの?」
「え?」
「……透明魔法、かけてるのに」
ああ、透明魔法かけてたから見づらかったのか。
「んーなんでだろ、なんとなく? それより、なんで透明魔法なんか……」
私がそう問いかけても、何も言わない。仕方なく料理を口に運ぶと、リズちゃんがポツリと呟いた。
「あのさ」
「ん?」
「初めてにしては、まあまあだった。歌」
「リズちゃ……」
「まあまあ……まあまあだから」と呟くと、リズちゃんは一目散に駆けていった。なるほど、透明魔法と言ってもうっすら見えるほどの弱い魔法らしく、人目につくところに行くと一気に人に囲まれている。
「どうかされました? アイリス様」
後ろからオズの声がした。飲み物をくれてから、少し距離をおいて見守ってくれていたらしい(気配なさすぎて気づかなかった)。
「リズちゃんって、どこか寂しそうで……」
「そう見えますか?」
「──はい」
「そうですよね……」
沢山の貴族に囲まれて、小さな体はとっくに見えなくなっていたが、リズちゃんがいるであろう一点を見つめた。
「アイリス様、お部屋にお戻りますか?」
「え、戻ってもいいんですか? 皇帝がまだいろって言って……」
唐突にそう言われたので、思わず聞き返した。
「ふふ、もう我が儘も限界ですしね。……あれじゃあ当分無理でしょうし」
「はい?」
「いえ、独り言です。お気になさらず」
にこりと笑みを浮かべたオズを見て、はあ、と声が出た。なんだろう、オズが黒い笑みを浮かべているのが気になるけど、まあ気にするなって言われたから考えるのはよすことにしよう。
「帰れますか? ここから」
「大丈夫です。ジェーンとメアリーに着替えも手伝ってもらえますし」
「分かりました。本日は本当にお疲れさまでした。……明日、ご褒美を持っていきます」
「ほんとですか!? やった!」
それでは、と言ってオズは人混みに消えた。多分、皇帝を取り巻きから助けにいくんだろう。お疲れさまです。
大広間から出ると、ふうっと一息。熱気がこもった部屋にいたせいか、廊下がやけに涼しい。爽やかな風が頬をかすめた。
さて、部屋に帰って早く休むとしますか。