とあるメイドのひとりごと。
とあるメイド目線。
──小さい頃から、身分制度が大っ嫌いだった。
王宮内の制度なんか、特にイライラする。そりゃ、すごいことを成し遂げていたり、働き者の偉い人なんかは敬おうと思うわよ? でも、貴族なんてのはろくに仕事なんてしていないし、血筋ってだけでふんぞり返ってるクズしかいなかった。汗水垂らして働いてる私達市民の方が、よっぽど偉いと思うのは私だけではないはず。
そして、貴族の中でも私が一番毛嫌いしていたのは歌姫の存在。
……歌姫ってのは、プライドばっかりお高いお嬢様の軍団だから。正直、"歌姫"って言っても抜群に歌がうまい人は少ない。容姿が一番重視されるから、歌は二の次な訳で、大抵の歌姫は魔法の声量強化をかけてることが多いし。要するに、金さえあればなんとでも出来るようなもの。実力なんてのよりも、権力でねじ伏せられる者の集まりってわけ。
36代皇帝ルイス・ハイライト・プレンツ・フォン・アインスリーフィアも、私と同じく奇妙な高飛車軍団に嫌気がさしていたらしい。皇帝に就任した次の日に、王宮にいた全ての歌姫を解雇してしまった。その時ばっかりは、冷徹皇帝様もなかなか良いことするじゃないって思ったわ。
その皇帝が拾ってきたって、今話題の旋律の巫女様。──あの皇帝が気に入って、奴隷馬車から拾ってきたことも然り、それ以上に……黒の申し子だなんてもう驚き。魔王となりうる黒の申し子ってだけでもびっくりするのに、歌姫どころか旋律の巫女になっちゃうんだもの。そりゃ、噂もすぐに駆け抜けるのは目に見えていた。
黒の申し子ってことは、どれだけ悪意に満ちた顔をしているのか? 死んだ目をしているのか? そういう意味ではとても興味が湧いた。……とは思いつつ、私はただの召し使い。どう頑張っても旋律の巫女となんか会う機会なんてない、そう、思ってた。
「明日、例のお方がいらっしゃることになりました」
鬼家政婦長エミリーさんが、私達の班にそう告げたのは、今から二ヶ月前ぐらいのこと。旋律の巫女様はそれより一週間前ぐらいに来たばっかだってのに、行動力が半端ないと思った。……ってか、何しに来るの? メイドに文句でも言いに来るのだろうか。期待してたのに、がっかりだわ。
そう思いつつ次の日。朝礼で、愛しのオズ様に呼ばれた巫女様の姿に視線が釘付けになった。夜空のように暗い、漆黒の髪と瞳。……噂は本当だったみたい。それでも、私は「綺麗」と思ってしまった。サーシャ様やリズ様に比べたら、容姿は抜群に整っているって訳ではないんだけど──なぜか目を引く、そんな独特な雰囲気を醸し出していた。
「アイリスと申しますっ……よ、よろしくお願いします!」
緊張しているのか、戸惑いながらも名前を告げた巫女様。その後の深々としたお辞儀。……一発で、今までの歌姫とは全然違う印象を持った。
その後、エミリーさんに頼まれて(脅されて)採寸をしたけれど、やっぱりおかしな歌姫だった。……高飛車な今までの奴等とは違う。自然と、アイリスと仲良くなりたいと思った。──きっと、メアリーもそれは感じたことだろう。
一緒に仕事をするようになってから、魔法を使える(本人は隠してるっぽいけど、かなりの属性が使えるみたい)ことに気づいて更にびっくりした。それでも、なぜあんなに謙虚なんだろう……才能が溢れているんだから、もっと図々しくても大丈夫だろうに。
しかも、皇帝専属のメイド!(私がならせたようなものだけど) 最早皇帝の奴隷みたいなものじゃない。それでも負けじと対抗する姿が面白くて、その愚痴を聞くのが私の日課だったりする。
しばらくして、フィノプル祭も近づいた頃。大広間の前を通った時に、微かに聞こえてきた歌声。聞き覚えのある声にひかれて、思わず覗いてみた。
「きた! よっしゃあああ!」
見えたのは、ずぶ濡れになりながらぴょんぴょん跳ねているアイリス。
「アイリス? 何やってんの?」
思わず声をかけた。突然現れた私に驚いて、目を見開いた。……が、次の瞬間、ふにゃっとした顔でしがみついてきた。
「ジェーンんんんんん! もう聞いてよ! 皇帝ってばね、明日のパーティーで歌を披露しろって言い出したんだよ!」
「いつ?」
「昨日の夜! 呼び出されて……」
昨日の夜? なんで断んなかったのよ、アホなの? この子は……。まぁ、あの皇帝のことだし脅しでもしたのかしら。
それにしても、明日までか。そんな、無茶な……。
「なんとかなったの?」
「うーん、まあなんとなく」
「へぇ……。ね、見せて?」
「ええええ! は、恥ずかしいよ」
「なに言ってんのよ、明日大勢の前で披露するのよ? 私一人で恥ずかしがってどうすんのよ」
「そっか、そうだね」と恥ずかしそうに微笑んで、中央に立った。──すっと目を閉じて息を吸う姿に、一瞬で彼女の世界に引き込まれる。
「サザナミ聞こえる夏の夜」
サザナミ? 夏? 聞きなれない言葉に戸惑っていると、ぱしゃん、と彼女の手のひらから水が溢れた。……それはどんどん増えていって、さっと手を振るうと、部屋中を覆った。
なぜか濡れてない。それでも、水っぽい感覚がある不思議な魔法。ふわふわとした浮力の中、歌い続けていた。……透明な、澄んだ歌声が響き渡った。
「届かない手を見つめながら」
今度は手をかざした。──すると、手から魚のような物が飛び出して、私に近づきながら、優雅に泳いだ。
「あなたを思い出す」
……次々と現れる魔法と、聞いたことがない不思議な歌。私はすっと目を閉じて、しばらく聞き惚れていた。
ざあっ、と音がすると、急に周りが薄暗くなった。と、次の瞬間、アイリスからキラキラと光が放ち始める。
「踊れ 踊れ あなたのために」
ぱちんぱちん、と頭上から音がした。驚いて見上げると、いつのまにか氷のドームが部屋を覆っていた。
「この身が砕けようと」
続けて、ぱあん! と音がした。氷が砕けて、ダイアモンドダストのように、キラキラと光輝く粒が落ちてきた。
「踊れ 踊れ 心をこめて……」
手を上にかざした、その動きにつられて天井を見上げると……鮮やかな虹が、かかっていた。アイリスが ほぅっ、と息をつくと、私に駆け寄ってきた。
「どうだった? やっぱ、声聞こえにくいかな……」
「そんなことないわよ! すごいじゃない!」
「え?」
歌姫の歌は、魔法で強化している上に、大抵催眠魔法のようなもので虜にしているはず。
でも、彼女の歌は違う。魔法で歌声を強化せずに、催眠魔法も使わずに、ただ自分の歌を歌っているだけ。……にもかかわらず、その神秘的な魔法と透明感のある歌声に、惹かれるものがあった。
「声が透き通ってるし、魔法は綺麗だし……言うことなしよ」
「本当? よかったー、余興だなんて初めてだから、どんな感じでやればいいか分からなかったんだよね。まあ許容範囲、ってとこだよね?」
許容範囲も何も、非の打ち所がなかった。完璧、すごいの一言に尽きる。
「……そういえば、明日のドレスはどうするの?」
……けど、今アイリスが着ている服的に、華やかさが少し欠けている気がした。まだメイド服でないだけましだけど、普段着じゃやっぱり地味よね。
「あっ……考えてなかった」
「えぇ!?」
パーティーで着る服を忘れるなんて、アホなのこの子は!? ドレスルームに案内して試着させてみたものの、サーシャ様のは大きすぎるし、かといってリズ様のを着せるわけにはいかず。ぴったりサイズのドレスはあるにはあるけど、歌や魔法のイメージとはかけ離れた色しかなかった。
「うーん……どうしたものか。赤じゃ浮いちゃうし、紺だと多分サーシャ様と被るのよねぇ」
「私、赤でいいけど……ないのはしょうがな」
「馬鹿! こればっかりは妥協は許さないわよっ」
仕立屋の娘として、イメージじゃない服を着させるのはプライドが許さなかった。……でも、今から作るんじゃ遅すぎるし……。──あ!
「そういえば、確か実家に……!」
買ったはいいものの、使い道がなかったあのドレス……そうだ、あれなら!
「あっ、ちょっと、ジェーン! どこいくの?」
アイリスの言葉もお構い無しに、部屋を飛び出して廊下を駆け抜けた。
歌詞とか入れるつもりなかったのに、文章力がないせいで書かなくちゃいけない結果となりました恥ずか死にたい。
作詞能力など持ち合わせていないので、適当になんとなく書いた歌詞は一瞬で忘れて下さると嬉しいです、はい。……痛い子だなあとか思われたかもしれませんが、決して書きたくて書いたわけじゃないですから!!うわあああああ!!(錯乱)