奴隷歌姫、パーティーに出る。
目の前の鏡には、見知らぬ人が立っている。
……あ、いや、ホラーとかではなく! 間違いなく私なんですけど。
プリンセスラインの、フワフワの水色のドレス。くるくるとまとめられた髪の上には、輝く髪飾り。乙女の憧れでもあるドレス姿を本格的に初体験中ですが……
……身動きがとれないっ!
なにこれ、なんでこんなに歩きにくいの!? 昔、バイオリンの発表会で着たドレスと大違い。こんなのでよくダンスとか踊れるなぁ。
「ちょっと、情けないわねぇ。折角私が、実家に特注で頼んであげたのに」
「だって……こんな本格的なドレスなんて着たことないもん」
「はぁ、旋律の巫女ともあろう人が、聞いてあきれるわ」
着付けをしてくれたジェーンが、私の背中を叩く。そりゃ、つらいもんはつらいもの。貴族様たちとは違うんだし。うぅ、こんなことならもうちょっと前から、ドレスを着せてもらってなれておくんだった……。
「まあまあ、そのドレスの細工も、徹夜で頑張ったんだから! 胸はって!」
「うん……ありがと」
顔を見合わせて笑うと、突然扉が開く。茶髪おさげに豊満な胸が見えた。メアリーだ!
「うわあ……! アイリスさんっ、綺麗ですよう!!」
「え、そうかな……恥ずかしい」
「そんな! とってもお似合いですっ……!」
うっとりとした視線を向けられて、恥ずかしくて目を泳がせた。
一緒に仕事をしていくうちに、メアリーは一度慣れるとすごく絡んでくれる性格だということがわかった。……ただ、会うたびにかわいいと抱きつかれるのはちょっぴり恥ずかしかったりする。そのたびに当たる巨乳にもとても落ち込む。……いや、無い物ねだりはよくないけど! で、でもドレスってボンキュッボンの方が似合うだろうしね……うん……。
「ちょっと、何落ちこんでんのよアイリス! ほら、そろそろ時間なんじゃない?」
ジェーンが壁にかけてある時計を見た瞬間、コンコンッとノックの音が聞こえた。
「アイリス様、準備はよろしいでしょうか?」
「は、はいっ! 今いきますっ」
わたわたと靴を履き、一旦深呼吸をする。……大丈夫、頑張れる!
「行ってきます!」
「行ってらっしゃい!」
「またあとで、ですね!」
勢いよくドアを開けると、目の前にはオズが。私の姿を見ると微笑んで、「お似合いですよ」と言ってくれた。や、やめてくれ。イケメンの微笑みとか心臓にすっごく悪いから! ……でも、素直に嬉しかった。
「サーシャ様、リズ様がこちらでお待ちです」
大広間から少し離れた部屋に案内された。入ると、優雅に腰掛けお茶を楽しんでいるサーシャ様、窓際にはふてくされているリズちゃんがいた。
「アイリス? おお! 見違えたぞ。かわいいじゃないか!」
「サーシャ様……! あ、ありがとうございますっ。サーシャ様もお美しいです!」
「そうか? 私はドレスが苦手でな……似合っていないだろうしな」
「そんな! とってもお似合いですよ」
そうか?と頬をかくサーシャ様は、本当に華麗できらびやかだった。紺をベースとした布地に、金と赤の刺繍が豪華なバッスルラインドレス。いつもは一つにまとめている、ストレートのストロベリーブロンドの毛先を軽く巻き、カチューシャのように編み込み、残りの毛はおろしている。頭にさりげなくティアラがのっていたり、首元や手首に輝くアクセサリーなどなど、どこをどうみても王女様。最近マナーを学び始めたひよっ子とは天と地ほどの差があることは明らかだった。
「ふぅん、馬子にも衣装ね」
トコトコとリズちゃんが近寄ってきた。今日は一段と、可愛らしいドレス姿である。鮮やかな黄色のふわふわドレス。生地の質やデザインが大人びてはいるものの、短めの丈と高めツインテールで、少女らしさもなくなってはいない。ドレスの黄色と金髪がとても派手で、会場のどこにいても一発で見つけられるだろう。
「リズ、そんなことないだろう? 似合ってると思っているだろうに」
「なっ……そんなこと思ってないわよ! 仕草なんてまだまだガサツだし!」
「ふふ……お前でその様子じゃ、ルイスはどんな反応するんだろうな」
「……そういえば、皇帝はまだ来ないんですか?」
「ああ、あいつはギリギリまで寝てて来ないからな。いつものことだ」
おい、主催者が遅刻ですか。
「サーシャ様、リズ様、アイリス様。そろそろ、お時間でございます」
サーシャ様にもらったお茶うけのスコーンをつまんでいると、オズが部屋に入ってきた。うぅ……やってきた、やってきてしまった。今まで、色んな発表会やコンクールを経験してきて、場数は踏んではいるものの、すっごい緊張する……。
「さ、行くぞ! 大丈夫、胸はれ!」
「くれぐれも転ばないでよね」
「……はい!」
大広間へ続く、大きな扉がゆっくりと開かれた。──その瞬間、シャンデリアのきらめきに目が眩む。
「アレクサンドラ王女に、エリザベス王女!」
わああああっ、と会場が盛り上がる。二人はなに食わぬ顔で、奥にある台座へと歩いていく。こんなに目立つ登場の仕方だったなんて……! ドアを押さえているオズに、二人の後に続くように促された。……えぇい、どうにでもなれっ!
唇を噛み締めて、会場への一歩を踏み出す。──その瞬間、ぐるっと一瞬で私の方を向く貴族様たちに、背筋が凍った。
「黒髪、黒い瞳……」
「やはり噂は誠であったか」
「ルイス様は何をお考えなの……?」
王女二人の登場の歓声と混じって、ヒソヒソと私のことを話している声が聞こえた。……気にしちゃダメだ。このパーティーで無害だって分かってもらえるはずだし。
ようやく、王族の座る台座のもとにたどり着いた。……はぁっ、数分の出来事のはずなのに、すごい疲労感が……。
「アイリス……大丈夫か? ……やっぱり、無理して余興などしなくても」
台座に座ったサーシャ様が、私にこっそり耳打ちした。
「だ、大丈夫です! 歌も、なんとかしてみせますから」
心配させまいと、笑顔で答えた。
「だといいが……くれぐれも、無理は──」
「ルイス様!!」
「ルイス皇帝!!」
わああああっ、とさっきよりも大きい歓声があがった。顔をあげると、マントをはためかせ、ぶっきらぼうのままこちらに向かってくる皇帝が見えた。いつもはどこか気だるげな雰囲気を醸し出しているが、今日は少し楽しそうではある……少し、だから一般人から見れば不機嫌そうには見えるんだけどね。
皇帝が台座の前に立った。貴族たちの方に振り返ると、皆は一斉にお辞儀をした。
「これより、フィノプル祭を開催する!」
皇帝が現れたときと同じぐらいの声援が飛んだ。拍手と共に、黄色い声っぽいのが聞こえてくるのは気のせい……?
それよりも、こんなに盛大に祝われるとは。お城でこんな盛り上がりじゃ、城下町はすごいんだろうなぁ。明日から、お祭りが始まるらしいし。
「……そして、いきなりではあるがある人物を紹介したい。……おい、お前」
台座のある少し高めの場所から離れ、隅っこの方にいた私をビシッと指した。
「は、はい!?」
「出番だ。すぐやれ」
こ、こんなタイミングで!? ……これ、私の余興によっちゃ今後のパーティーのテンションが変わってくるじゃない。なんて最悪な……。
「……わかりました」
色々と言ってしまいたいことはあるものの、グサグサと刺さる視線をスルーしつつ、前に立った。
とうとうきた、きてしまった。……私には、できることを精一杯やるだけ。大丈夫、あんなに試行錯誤したから!
──私は会場を見渡し、深呼吸をすると、静かに息を吸い込んだ。




