奴隷歌姫、思索する。
「いまひとつ……」
ガランとした広間の中、私は一人呟いた。
明日のパーティーの余興として歌え、という無茶ぶりな皇帝の指示をなんとかしようと、私は一度睡眠をとってから練習し始めた。多分、午前4時ぐらいからだろうか。ああ、お腹すいたなぁ……久しぶりに発声練習なんてしたから、疲れた。
ぺたんと地べたに座る。少し行儀が悪いけど、まあ誰もいないし良しとしよう。エミリーさんが見たら超怒られそうだけども。
この城の中でも一番広い大広間。密閉空間とはいえ、所詮素人の私が歌うには広すぎる。しかも私、声量少ないしなぁ……。音程には自信はあるけど、声量がないんじゃ話にならない。
とりあえずそれらしく発声練習をしてみたけど、声があまり出ない。これで人がたくさんいると、服に声が吸収されてもっと聞こえにくくなってしまうだろう。うぐ……、これはもう死亡フラグがたっているのが否めないです。うーん、やっぱり絶対音感しか武器がないのは、つらいなぁ。
つくづく、あの鬼畜皇帝にイラついてくる。あぁ、もう! 予め言って下さいよ! 報告・連絡・相談! 基本中の基本でしょうが!
報連相か……そういえばこの世界にもホウレン草ってあるのかな、美味しいし、また食べた──
「おはようございます、アイリス様」
「うぐぁっ!?!?」
耳元に声が聞こえた。振り替えると、オズがお盆を持って立っている。び、びっくりした……ドアを開ける音も足音もないし、気配も小さいんだもん。しかも、容姿端麗のイケメンに耳元に囁かれるとか、殺す気ですか。寿命縮みますよ……。
「失礼いたしました、なにやらお考え事をなさっているようでしたので」
「い、いや……普通に現れてもらって結構ですから」
私が胸を押さえてほぅっと息を吐くと、ふふっと黒い笑みを浮かべた。こんにゃろう、絶対私が考え事してるから気を使った訳じゃないだろ!
「それはそうと、朝早くからお疲れ様です。少しばかりですが、差し入れでございます」
「え! わぁ、ありがとうございます!」
パンとスープ、それと、ホウレン草みたいな葉っぱの上に、卵を落としてレンジでチンする……なんだっけ、ココット? みたいな料理に舌鼓を打った。これ、私もよく作ったなぁ……。懐かしい味。美味しい……。
「ところで、明日の準備はどうでしょうか?」
「う、痛いとこついてきますね……」
私が昨日、かなり渋った顔をしていたのだろう。オズも、腹黒ではあるものの、かなり無茶ぶりだってことに気づいたのだろうか。……腹黒だけど。
「声が響かないんです。広すぎて」
「はて……あの時はあんなに聴こえていましたが」
あの時っていうのは、皇帝に助けてもらった時のことか。
正直、あの時の私はどうなっていたかよく覚えてない。お母さんの歌を口ずさんで……。そんで、気づいたらいつの間にか皆の呪いが解けてて。皇帝が「お前がやったことだ」って言うけど、私がやったとは信じ難い。だって、記憶ないし……。
「貴女お得意の魔法は使われないのですか?」
「え、でもどうすれば……」
「音を司る魔法なら、大図書館の方に書物があったかと」
「ほんとですか!?」
そっか、なんという盲点。音魔法! 大図書館も、下の段の方しか見てなかったから、気づかなかった。
「今日の業務はお休みになりますか? エミリーの方に伝えておきますが」
おお、これはありがたい。エミリーさん威圧感すごいから、話しかけるの怖いんだよね。さりげない気遣い、さすが執事長。
「ほんとですか? ありがとうございます」
「では、私はこれで。無理だけはなさらないようにしてくださいね」
「はーい」
オズは微笑みを浮かべると、オズは広間を出て行った。……あれ、なんか一瞬だけにやっとした笑い方をした気がするんだけど、気のせいかな。
それにしても、音魔法か……さっそく、大図書館に行こうかな。
☆
「これでいいのかな?」
本棚の真ん中の列、「音」という単語が表紙に書かれた本を発見した。ちなみに、真ん中の列と言っても地面から二メートル以上は上なので、風魔法改良版浮遊魔法を使って探した。流石に届かないし見づらいしね。……とはいえ、浮遊魔法って結構労力使うから、ドッと魔力が削られるような脱力感がする。本を読んでるうちに回復してくれると思うから、大丈夫だろうけど。
研究最中に寝てしまったのか、テーブルに突っ伏している人の向かい側に座った。……うわ、白目向いてる。大丈夫?
不意に窓を見ると、げっ……もうお昼にはなりそうだ。そんなに本探すのに時間食ってたのか。んー、今後は本探しの魔法とか考えといた方がいいかも。
緊急時だし、今回も翻訳魔法使っちゃおう。"ジュステッツァ"、っと……。
パラパラとページを飛ばし読みして、さて大広間。うん、大体の仕組みは把握したし、いけるはず! えっと、呪文は何がいいかな? あ、"大きく響かせる"音楽用語……!
「"アルティーソナンテ"!」
すると、なんとなくフワッとしたオーラが私に漂い始めた。お、いけるかも!
よし、歌ってみよう!
私は思いっきり、息を吸い込んだ。
すぅっ……!
☆
「まったく……あれほど言ったのに何故できないんですかっ」
「すみません……」
頭を項垂れて座る私の前に、カンカンになったエミリーさんが立っている。
「貴女は修復魔法が得意とは言え! 城を壊すことはやめてくださいまし!」
「は、はいっ……本当に申し訳ありませんっ」
どうやら、音魔法は鼓膜を破らんばかりの大音量で攻撃する技だったようで。私の背後にあった窓ガラスが割れてしまいました。まさか、攻撃魔法だったなんて……。迂闊だった。どうしよう、また八方塞がりだ……。
「と に か く ! くれぐれも、くれぐれも! 気を付けてくださいねっ!」
「は、はい……」
ふんっと鼻息をあげながら、エミリーさんが出ていった。
ドアが閉まったのを見計らってから、いそいそと窓ガラスの修復を再開した。ああ、余計な手間食ったなぁ。っていうか、また新しい案考えなきゃいけなくなったのか……。ため息の代わりに、どうしようもないやるせなさで、ふーっと鼻息を吐いた。
……そういえば、エミリーさんって、怒るときの鼻息がすごいよなぁ。ふんっ、って音するし。まるで、鯨が鼻から潮吹くように……。
「ん? 鯨……?」
──確か、鯨は……。
「それだ!」
よし、これなら、いけるかも!
テスト期間だったので自重してました。遅れて申し訳ないです(._.)