奴隷歌姫、調べる。
「ったく、皇帝ったらまた呼び出しですか……」
図書館から借りてきた歴史書を解読中、首にじわっとした痛み。またいつものお呼び出しだ。呪いをナースコールかのように使いやがって……まったく。今度はなんの呼び出しかな。まあ、多分甘いもの調達だと思うけど。
小走りで廊下を進み、角を急カーブする。──と、目の前に人影が。
「へぶっ!」
そのままぶつかって、後方に倒れた。やばい、お偉いさんだったら真面目にやばい。
「すすすす、すみませんっ! お怪我はございませんか!?」
すぐに立ち上がって、相手が誰か確認する前に頭を下げた。ああ、貴族様とかではないことを願いたいです……。
「あら、大丈夫よ。あなたこそ、怪我はないかしら?」
どうやら怒っていないようで、穏やかな声が聞こえたので、おずおずと顔をあげた。……と、これまたかなりの美人さん。
琥珀色の艶やかで、ウェーブがかった髪を肩に垂らしている。ぷるんとした唇は肉厚。着崩してガバッと開いている胸元(めちゃくちゃ巨乳)。おまけに、キラキラと輝くローブのスリットから覗く足。その足がすっごく白くて、めちゃくちゃセクシーです。綺麗な人だけど、多分若くはないと思う。……いや、老けているとかではないんだけど、どうみても10代とかの色気ではないもの。大人の余裕って感じ。
それよりも、なんだろう。初めて会った感じじゃない、この違和感。どっかで会ったことでもあるのかなぁ……。
ぽけーっと見つめていると、ぷっと女の人が吹き出した。
「ふふ、そんなに見つめないで。恥ずかしいじゃない」
「ご、ごめんなさい。まれに見る美人さんでしたので……」
「あらやだっ、綺麗でかわいくて若々しくて、絶世の美女……だなんて! ふふふっ、お嬢ちゃん、見る目あるわねぇ」
絶世の美女、とは口には出していないのだけど……。でも、ニコニコと上機嫌そうなお姉さん(見た目年齢的にお姉さんって感じじゃないけど、おばさんとは口が裂けても言えなさそう)は確かに美しかった。
「あら……?」
伏し目がちな紫色の瞳が、じっとりと私を見つめた。ん、なんだろう? 私の顔に何かついてる? いやいや、それはないよな。
「あなた、噂の新入りちゃんかしら?」
新入りちゃん。……ああ、メイドの新入りってことか。うんまあ確かに新入りではあるけども。"噂の"って、私そんなに有名だったのかな? ……あ、そういや黒髪黒い瞳について調べるの忘れてたなぁ。それに関係あるのだろうか。
っていうか私、何か急いでたような……あぁっ!!
「皇帝に、呼ばれてたんだったぁ!
すすすすみませんっ、失礼いたします~!」
ぺこりと高速でお辞儀をしてから、猛ダッシュ。やばいやばい。お呼び出しに遅れたらまたとばっちりくらってしまう……。
妖艶な謎のお姉さんを置き去りに、私は皇帝の部屋へと急いだ。あの人、美女だったなぁ……またどっかで会えるかな。なんか、誰かに似てた気がするんだよね……。誰だっけ。……ま、いっかぁ。
「もしかして、次の……」
急いでいる私の耳には、この言葉は聞こえていなかった。
☆
「いつつ……」
呆気なく、遅れた罰としてお仕置き食らいました。お仕置きと言っても、ドア開けた瞬間ものすごい量の炎が飛んできただけだったけど、ちょっと頬をかすってしまった。……まったく、乙女の顔を傷つけるとはなんということだ。
それよりも、今はこれだ。さっきの読みかけだった歴史書を取り出して、椅子に座った。
さっきセクシーなお姉さんに会ったときに思い出したんだけど、"黒髪黒い瞳"のこの世界での立場がどうなっているのか調べ忘れてた。丁度、歴史書解読中だったから、この中にあるといいんだけど……。分厚すぎて、1ページずつ解読するのが億劫だなぁ。こんな莫大な量から見つけるとか、気が遠くなる。……うん。ここは、1ページ目にある目次っぽい所を一気に魔法で訳しちゃうべきだね。
「"ジュステッツァ"!」
うーんと、何か目ぼしい題はっと……。あ。
「"光と闇の神子"……」
なんとなく興味が湧いて、ページを開いた。
『世界は神々が創成せし力、魔力によって成り立つ。魔力は6元素、炎風水氷土雷。世界の各地にその魔力にちなむ土地があり、世界の均衡は保たれている。それとは別に、光と闇の属性は完全に別個体。光と闇は土地ならず一人の人間が司っている』
本には、各属性にちなんだ土地──神殿? のような絵と、光に包まれた人と闇に包まれた人が向かい合わせに立っている絵が描かれていた。
『光と闇を司る人間はそれぞれ、光の神子と闇の神子と呼ばれる。光の神子は白髪に銀の瞳、闇の神子は黒髪に黒い瞳。覚醒することにより、共々深紅の瞳になる。神子が死んだときは、その力は次の神子へと移される』
──闇の神子、か……。黒髪に黒い瞳。私の容姿にぴったり当てはまる。これのことで、視線が痛かったのかな……。黒髪黒い瞳は禁忌、ってことだよね。でも、私闇属性じゃないしなぁ。容姿が当てはまっても、闇属性を持っていないのなら闇の神子ではないと思う。
あれか。イエス・キリストが生まれたときも、その代の赤子は皆殺しされたーとか、そういう類いのものだろうか。闇の神子っぽい容姿のものは誰彼構わず殺しておこう、と。もしそうなら、私はこの世界ではかなり異端人だよね。それならあの反応も納得だ。
『神子の力に対抗できるのは、神子の力のみ。互いに力を打ち消し合う。対極の神子の肌が触れあうとその部位だけ爛れる』
ひー、触ると火傷みたいになっちゃうってことか。恐ろしい……。
『神子は大抵複数の属性を併せ持つ。光の神子は炎・地・雷、闇の神子は氷・水・風という組み合わせが多い』
へぇ……。ここから見ても、私は白の神子の可能性はないな。だって、光属性は確かに持ってるけど、得意なのは闇の神子の属性の方だし。げっ、これって本当に私が闇の神子だとかそういうことある? ……いやいや、闇属性使えないから大丈夫だとは思うけど。転生トリップってほら、こういうので何かしら凄い力持ってるもんじゃん。
『神子の力が偏ると、世界の均衡は崩れる』
ほうほう。つまり、闇の神子ばっかり強くなっちゃうとダメってことだよね。
本を閉じて、ホッと一息。取り合えず、周りの視線の理由が分かっただけでも収穫だ。──さてと、そろそろご飯の時間だし、食堂(使用人のとこで食事をすることになった)に行くとしますか。
ぐっと一伸びしてから、ドアノブを掴んだ。……と思ったら、いきなりドアが開いてバランスを崩した。
「うわっ!」
「おっと……申し訳ありません、アイリス様」
スッと私の腰に腕を回されて、抱き起こされた。
「オズ? す、すみません。ありがとうございます」
「いえ、私もいきなり開けたのがよろしくなかったかと。ノックはしたのですが……」
ノックしてたのか。全然気づかなかった。
「ところで、どうしたんですか? この時間帯に来るなんて珍しいですね。今は皇帝のディナーの時間じゃ……」
「そのことで用事が。申し訳ありませんが、ドレスに着替えてもらってもよろしいでしょうか?」
「ドレス? ああ、もともとあったあの綺麗なやつですか? ……でも、なんでですか?」
「理由はいらっしゃったら分かりますので。廊下で待っておりますので、なるべく早くお願い致します」
「は、はーい……」
ガチャリ、とドアを閉められた。珍しく忙しない様子だったなぁ……。なんだろ、なんか嫌な予感が……。
☆変更点
光・闇の神子→光と闇の支配者。次期勇者と魔王。
白・黒の申し子→光・闇の神子と容姿が似ているだけ。黒の申し子は大体が殺される。