奴隷歌姫、弱味を握る。
「ねえねえねえ! どーなの、あの気難しい皇帝ルイス様とは! 慣れた?」
文字の練習、メイドの基本あれこれ等の勉強の生活にようやく慣れ始めた今日この頃。お城に来てから1ヶ月以上が過ぎた。
そういえば余談だが、どうやらこの世界にもちゃんと暦があるらしく。12進法は一緒で、名前は1月~3月にあたるのが「アノキシー」、4月~6月にあたるのが「カロカイリー」、7月~9月にあたるのが「フィノプル」、10月~12月にあたるのが「チェモーナス」。それを3等分して、例えば4月だったら「アノキシー前期」となる。日付も同じ感じで、大体29、30、31まで。因みに今日は「カロカイリー中期16」、つまり5/16。ちなみに、時計は普通に一緒だった。
大体の一般教養、文字もなんとか身につけた。見習いメイドとしては合格だと、エミリーさんからも一応お墨付きを得た。……ということで、久々にジェーンとメアリーとお掃除をすることになったのだけれど。
出会い頭に突然こんなことを言われたので、力んでぼちゃんと水魔法を溢してしまった。
「皇帝とどうだって……?」
「うん、気になる」
にこにこと楽しげなジェーンに頬がひくついた。ザパァン、と水魔法を再起動させると、壁にぶつけた。
「ど……どうもこうもこのザマよっ!」
宙に浮かせたメイドのルールが書かれた用紙から目を離し、溜め息をついた。暗記をしながらお掃除、防御をしながらお掃除とながら作業が無駄に上手くなった気がする。って、これも皇帝のお陰だと思うと余計に腹が立つ。
「あちゃー、随分と嫌そうね、ルイス様のこと」
「当たり前ですっ! だって、横暴だし冷たいし自己チューだしっ……!」
最近だと忘れつつあった皇帝からの呪い。この前書物にあったのだけど、「隷属の契り」って言うらしいのだけど、それを乱用するようになってきた。うまーく攻撃をかわし続けて、早く掃除が終わるぞって時に限って、特大の痛みを寄越してきやがる。あの皇帝め、私が嫌がることしかしないつもりですか! イライラ……。
「で、でもっ……こんなにルイス様の専属メイドが続いたのは初めてですよっ」
「それは、私も自分を褒めてあげたいよ」
あんなにハチャメチャでもよく続いたものだ。与えられた役目を果たしたいという責任感もあったけど、何よりあの皇帝に負けたような気がして辞める気にはなれなかった。絶対に辞めたら「ほう? あれだけ大口叩いておいて辞退とは良い身分だなぁ」とか嫌味言ってくるに違いない。
「そうよねぇ、私もびっくりだわ」
「ったくもう、ジェーンがオズの所に連れていったんだから、他人事にしないでよね」
「ふふ、うっかり魔法を見せたのが運のツキよ。……って、そろそろ時間じゃない? 今日は昼食の配膳を任されてるんじゃないの?」
「あ、そうだった」
ジェーンに言われて思い出した。昨日まではオズに食事の配膳を任せていたのだけど、そろそろ私も経験をしろとのエミリーさんからの命令なので、今日から配膳を任されることになっていたんだっけ。
「ごめん、行ってくる。あとの掃除はよろしくね」
「はいはーい」
「行ってらっしゃいっ……が、頑張って、アイリスさんっ」
☆
「うん、順序はもうバッチリ」
皇帝の部屋の前で、配膳の手順をもう一度確認した。よし、大丈夫。いざ、ゆかんっ……!
コンコンッとドアをノック。短い返事が返ってきてから、ドアノブを握った。
「皇帝、昼食の時間です」
「……っ、ああ」
しずしずとワゴンを引いて部屋の中に入った。今朝掃除に来たときよりも資料が少なくなっているということは、仕事も粗方片付いたのだろう。
順番を確認しつつ、怒られることもなく食事が終了した。ふぅ、良かったと思いつつ、食後の紅茶を淹れた。……が、いつまでたっても紅茶に手をつけようとしない。あれ、今日のは結構上手く淹れられたと思うんだけど……。
「あの、皇帝? 紅茶……」
「……ああ」
そう言い、カップを持って一口。その瞬間、一瞬だけ顔をしかめた。……のも束の間、また一口飲んで……また顔をしかめて、カップを机に置いた。……もしや、皇帝って……。
「皇帝……紅茶飲めないんですか?」
私の紅茶が酷いのかもしれないけど、なんとなしに呟く。いやまさか、そんなわけないよねぇ……。
「っんなわけっ……!」
え、図星ですか!……うん、まあ皇帝は私と同じ年頃だろうし(目測)、苦手な人もいるだろうけど……それだったら紅茶飲まなくてもいいんじゃ……。
「嫌いなら飲まなければいいんじゃ……」
「……別に、少し苦手なだけだ! ただ……」
「ただ?」
皇帝はいつもとは似つかない、弱々しい態度で呟いた。
「……オズが、忘れただけだ」
「……何を?」
忘れた、ってなんだろう。っていうか、オズでも忘れることあるんだ。びっくり。すると、皇帝は何故か顔を真っ赤にさせた。
「い、言うか馬鹿野郎が! 専属メイドごときが口を出すな」
「はいはい、分かりました」
うーん、なんのことだかサッパリ分からないけど、まあいっか。それにしても、逆ギレに対してのスルー技術が上がった事にちょっとした喜びを感じる。何を忘れたのか気になる所ではあるけど、あとで聞けば……。
「失礼いたします、ルイス様。砂糖の追加でございます」
「っオズ……!?」
砂糖? あ、オズの右手に、何やら瓶のようなものが。
「オズ、砂糖って……」
「ああ、ルイス様は甘党なのですよ。丁度ルイス様の部屋のストックがなくなっていたもので。聞いてませんでした?」
……マジですか! あの、冷徹皇帝が? くっ、なんというギャップ……ふふ。
「き、聞いてないですっ……ふふ、へぇ……ふっ、皇帝が、甘いもの好きなんて……」
「っ~~~~! だから、こいつには言いたくなかったんだ!!」
口に手を押さえて笑いをこらえた。ああ、だから紅茶も飲まなかったのか。
「オズ、てめぇ」
「おや? なんでございましょうか。定期的に甘いものを要求される場合、私だけでなくアイリス様にも要求できるでしょう? 良かったじゃないですか」
「お前、最初からそのつもりで忘れやがったな!……ちくしょう」
ギロリとオズを睨み付けているところから察するに、なるほど。オズ、もしや私にこの事バラす為にわざと砂糖忘れたのかな。そりゃ、いつでも甘いもの要求されたら大変だし。だとしたら策士すぎて怖いです。
「なんだ、そんなことなら早く言ってくださればいいのに」
これでもないくらいニヤニヤした私に、皇帝はチッと舌打ちした。そんなにバレるのが嫌だったのだろうか。まあ、確かにいつも偉そうにしてるからね、本人は嫌だったのかも。
「ああもう! お前ら早く出てけっ!!」
「ふふ、承知しましたっ……ふふ」
「では、私たちはこれで」
二人で肩を並べて部屋を出た。
「ぶふぉっ……皇帝、意外すぎますっ」
堪えきれずに吹き出した私に、オズがにっこりと笑いかけた。
「ああみえて、かわいい所もあるんですよ。たまに腹立つこともありますけど」
「たまに!? よくそれで済んでますね、私なんかいつも腹立ちます」
「お察しします。ああ、このことは私とエミリー、あとは料理長ぐらいしか知らなかったので、一応黙っておいてもらってもよろしいでしょうか」
「ふふふ、よっぽどバレたくなかったんですかね」
廊下だから大声を出せないとはいえ、小声で談笑しながら調理室までワゴンを運んだ。甘いものを持ってきてもらう、という弱味を握れたのは今日の大収穫だ。むふふ。でも、少女漫画とかでは、「えっ……ギャップがかわいいわ!」トゥンク、なんて展開に至るかもしれないけど、私はまったくありません。皇帝にギャフンと言わせる大チャンスを物にしますよ!
今度、蜂蜜でも持っていこうかな。そんで、その時「ありがとう」の一言でも言わしてみたいものだ。……無理だろうけど。
甘いものを持ってきてもらえるのはオズだけでしたので、毎日何回も呼ばれるのがうんざりだったようです。アイリスちゃんを道連れにして負担を減らそうとしました。オズさんお疲れ様。