奴隷歌姫、メイドになる。Ⅱ
「さあ此方にいらして? 皆待ちくたびれているのよ?」
「は、ははははい!」
ミーティングをした部屋から連れ出され、数人のメイドさんがいる所へと向かった。エミリーさんは皆を一瞥すると、大きく息を吸い込んだ。
「さて、皆さん。巫女様がこの班の手伝いをすることになりましたわよ。よろしく」
淡々と話すエミリーさんにビクビクしつつ、メイドさん達に頭を下げた。──誰も、うんともすんとも言わない。気まずい沈黙が重苦しい。
「ああ、そういえば貴女、まだメイド服を着ていなかったわね。メアリー、ジェーン。案内して」
「う、承りましたっ……」
「はいはーい」
名前を呼ばれたであろう二人が、一斉にこっちを向いた。
一人は、垂れ目に柔らかそうな茶髪をかっちりとみつあみして肩に垂らした、儚げな子。もう一人は、健康そうな小麦色の肌にくせっ毛の金髪をポニーテールにまとめた、ハツラツとした子。二人が部屋を出ていった。エミリーさんをチラリと見ると、クイッと顎を動かした。早くついてけ、ってことだろう。
あわてて閉じかけた扉の取っ手を掴み、外に出た。ひんやりとした廊下の空気が私を包み込んだ。……つ、疲れた。何もしてないのに、エミリーさんがいるだけで周りの空気がピリピリとはりつめている気がする。
廊下をまっすぐ進んだ突き当たり、そこに少しボロい扉があって、中に入ったなりため息が出る。
「だ、大丈夫ですか……? 巫女様」
みつあみの子が、おずおずと私に話しかけた。なぜか、アイリスと呼ばずに巫女様と呼んだことに眉をひそめると、ヒッと声をあげて後ずさりした。
「ご、ごごごごごごめんなさいっ! 私ごときが話しかけてごめんなさいいいいいっ!!」
「えっ、ちょ……! 怒ってないですからっ!」
「私なんて身分の卑しいものが巫女様の目の前にいるなどぉぉぉぉぉ! あり得ないことですのでぇぇぇぇぇ!!」
「ちょ、ちょっと……! 落ち着いてっ」
みつあみの子が頭を振り乱して謝り始めた。なんだそれ! 新種のヘドバンですか!? ……それに、この子何て言うか……えぇと、スタイルが非常によろしいことで。頭を振り乱す度に、ぶるんぶるんと胸が揺れていて、目線に困る。チラッと下を見るけど、うん。断崖絶壁である。──ま、まあ、スタイルなんてどうでも良いもんね!! 気にしてない……し……。がっくりと肩を落とすと、褐色の子が腰に手を当てて言った。
「ちょっと、何二人して落ち込んでんのよ! ……ごめんなさい、その子、重度のネガティブ思考だからいつもこうなの。ちょっと! メアリー、あんた1回落ち着きなさいよ」
そういうと、ポニーテールの子は、みつあみの子──メアリーというらしい──の頬をつねった。
「ううぅぅぅぅぅぅ……へもへも、わたひごとひが、ひこ様に……!」
「ったく、じれったいわね! そこで待ってなさい、私が案内するから!」
ポニーテールの子が、どこからともなくメジャーを取り出した。それをシュルシュルと引き出し──ん!? 私の腰に巻き付けた。
「だいたいのサイズ計らせてもらうからね。はい、ばんざーい」
「え、ば……ばんざーい……」
「うわっ……ほっそ! 何食って生きてたのよ」
ポニーテールの子はテキパキと作業を進め、一瞬で採寸は終わった。
「手際……良いんですね」
「ああ、うちは代々仕立て屋をしてるから。小さい頃から仕込まれたのよね。──えぇと、これかしらね。はい。着てみて」
ずいっと部屋の奥から出てきたメイド服を受け取り、とりあえず着てみることにした。……とはいえ、試着室的なものがないので、その場で着替える。その様子を見ていたポニーテールの子が、「へぇー」と声をあげた。
「やっぱり、噂通り奇妙な巫女様だね」
「き、奇妙!? そんなこと言われてるんですか!? いやでも、奇妙なんてことは……」
そんな噂あったんですか。数日前に私来たばっかだったんですけど……。
「奇妙よ。だって、まずあの有名な"冷徹皇帝"様が連れ帰ったとか、なかなかないもの」
「冷徹皇帝?」
「ここの皇帝様のルイス様のあだ名みたいなものよ。あの人、やる事なす事全部が冷たいのよ。知らないの?」
冷徹皇帝。……それは、たいそうなあだ名だこと。うん、まあ確かに初対面の人にもあれだもんな。冷徹という言葉に当てはまってるかも。
「それで、どんな人が来たかと思えば、黒髪に黒い瞳って……びっくりしちゃったわよ」
まただ。"黒髪に黒い瞳"……それが何か、大層珍しいのだろうか? でも、聞いたらまた常識知らずみたいな雰囲気になりそう。あとで書物を漁ってみようか。
「で、しかも旋律の巫女でしょ? 旋律の巫女って、普通は国中の歌に自信あり、顔に自信ありのお嬢様が競いあって、やっとなれるものなのよ。とりあえずそこで勝ち進んで、歌姫になって。その中で、特にすごい能力を持ってる人しかなれないの。それをせずに、いきなり巫女になっちゃうんだもの」
え、巫女ってそんな、オーディション的なものがあったのか。
「なんでそんな競いあいなんて……?」
「当たり前じゃない。城での歌姫として働けることは、国中の女子の憧れ。収入は安定するし、優雅だし。その中でも旋律の巫女は、身分を与えられて貴族も同然よ?」
「……そうなんですか!?」
憧れ!? 身分!? なんだそら。
「……ほら、それに加えて、メイドなんてやりたいって言い始めるし。私たちみたいな使用人にも当たり前のように、敬語を使う。しかも、私たちメイドの前で普通に着替える。普通はあり得ないことだわ。なんせ、歌姫になるだけでも人生勝ち組だからね。歌姫は基本的に、高飛車で偉そうなのよ。天地がひっくり返ってもメイドがやりたいだなんて言わないと思うわ」
マジですか。……確かに、貴族の位置までつけたら、メイドやりたいって言わないかもしれない。そう考えると、私ってかなり異端児? で、でも、旋律の巫女がそんなに偉いって思わなかったんだもん。
「私は歌姫とか旋律の巫女とかだいっきらいだったんだけど……うん、あんたはそんなことなさそうだから、受け入れたい。私はジェーンよ! よろしく」
ん、と差し出された手のひら。握手ってこと?
「よろしくです!」
「やだ、敬語なんてやっぱり変だわ。普通にしゃべってよ。歌姫とか以前に、一応、これで同僚ってことなんだから」
にっこりと笑顔をこぼしたジェーンを見て、自然に口角があがった。
「よろしく、ジェーン!」
「えぇ、よろしく。──そういうことだから、ほら。メアリー! あんたも」
「ひ、ひぇっ!? 私が!? 巫女様と!?」
さっきから部屋の隅でガタガタ震えてたメアリーちゃんが、立ち上がった。
「ほらほら。あんたが考えてるほどこの人は怖くないんだから」
「そ、それなら……よろしくですっ……! メアリーですっ……!」
高速で頭を上げ下げするメアリーに、「よろしくね」と声をかけた。その瞬間、メアリーはパアッと花が咲くような笑顔を浮かべた。……か、かわいい! 天使ですか、その笑顔!
「さ、着れたね? うんうん、ピッタリだわ。さすが私。──じゃあそろそろいくよ、えっと……アイリス!」
「う、うん!」
☆
「おおおお……すっごい……」
連れていかれた先は、何やら広いきらびやかな部屋。至るところに銅像や花瓶のような、いかにも高そうな物が置いてある。部屋に置かれたソファといい、机といい、重量感が漂っている。キラキラと輝く装飾品の数々に、目が眩みそうだ。
「今日はここだけじゃなくて、ほかもあるから。ちゃっちゃと終わらせよ」
「ひぇー……メイドってやっぱ大変だね」
「さ、やるよ! 早く終わらせないと、ご飯食いっぱぐれるわよ!」
ご飯食いっぱぐれる? なんだ、ここの使用人のご飯は早い者勝ちとかなの? そ、それは一大事だ。お腹すいたら何もできないもの。腹が減っては戦はできぬ、って言うぐらいだしね。うん、ここはチャキチャキ終わらせちゃおう。
「さーて、今日は3人いるから効率良いわね。えーと、じゃあまず、アイリス! 私たちがこれ上げている間に、埃掃いちゃって」
これ? えっ、"これ"って、このソファのこと? いやいや、かなり重量感もあるし重そうだけど!? か弱い乙女に持ち上げられるわけない気がするんだけど!? 魔法とか使わないの? ……あ、もしかして、魔法使って掃除するのは良くない、とか……? 一つ一つ丁寧にやらないと、みたいな。それなら納得できる。
「はい、ほらほら早く。早くやんないと落としちゃうわよ」
よっこらしょ、と声を出しながら、ジェーンとメアリーはソファを持ち上げた。……すごい、どこからそんな力が湧いてくるんですか……。ささっと落ちていた埃を掃くと、メアリーの足元にゴミがあることに気づいた。
「あ……メアリー、足元にゴミがあるから、ちょっと足を……」
「ああああああはいっ!!! すいませっ……ひぁっ!」
メアリーが足をひいた、その先。底には豪華な絨毯がひいてあって、そのまま……ズリッ、と足を滑らせてしまった。
「ちょ、このっ、バカっ!!」
「っ……!! フ、"フロ"ッ!」
ジェーンが叫んだと同時に、呪文を唱えた。間に合った……んだけど、咄嗟のことで、ちょっと魔力を出しすぎた気がする。……やばいと思った時は既に遅し。じゃぼぼぼぼぼ、と音がしたかと思うと、私の顔の横を何かが突き抜けた。
──ガチャンッ!!
「あっ……」
私の足元に、何かの破片が転がった。
魔法が強すぎたようで、特大の水魔法の流れ弾が棚の上に乗った壺にクリーンヒットしてしまったらしい。ソファとメアリーは、水魔法に包まれて無事だった。
「ひ、ひぁあああああ!! ごごごごごごごごめんなさぁぁぁぁぁぁい!!」
「ば、ばかあああああ! どーすんのよっ。これ、スッゴク高いことで有名なやつじゃないっ」
メアリーが大粒の涙をこぼしながら、地面に伏せてしまった。この壺、そんなに高いものだったの!?
「め、メアリー! 私のせいだから、とりあえず泣かないで」
「ですけどぉぉぉぉ! 私が滑らなければこんなことは! だって、アイリスさん助けてくれようとしたんですから! 私が! うわああああああああ!!!」
じわじわと絨毯に、メアリーの涙が染みていった。確かに原因はそうかもしれないけど……私が驚かさなければこうならなかったし。これは私の責任だ。どうしよう……。
「って、メアリー泣くな! 騒ぎを聞きつけてエミリーさんが駆けつけたら……!」
ジェーンがメアリーの頭をゴツンと殴った瞬間──コンコンッとドアをノックする音が聞こえた。
「メアリー、ジェーン、アイリス様? 何事です、騒がしいですわよ!」
「や、やばっ!」
ジェーンが真っ青になりながら、ドアに向かって駆けていった。今にも開きそうだったドアを掴んで押し付けると、ドアに向かって言った。
「え、エミリー様! えぇと、ちょっと今扉が開かなくなってしまって……」
「はあ? そんなことないでしょう? 何かまた物でも壊したんでしょうが! 早く開けなさい!」
ジェーンがパクパクと口を動かしながら、こっちをむいた。その壺をどうにかしろ、ってことだろう。ど、どうするってったって、どうすれば……メアリーは相変わらず涙目でしゃっくりしているし、壺は無惨な姿。こうなったのも私のせいだし、なんとかしなくちゃ……!
なにか、なにかないか。元通りに、元に……元の姿に……。ああ、もう! これしかない!
「"フリューエル"」
パッと浮かんだ、「元の」という意味の音楽用語をダメもとで呟いた。
パキパキパキ。
「あっ……壺が……!」
散らばっていた破片の一つ一つが、意思を持ったかのように浮かび出した。空中でカチカチと音をたてながら繋がっていき……元通りになって、私の腕のなかに落ちた。途端、ガタンッと音をたてながらドアが開いた。
「ったく、隠しても無駄ですわよ! ……あら?」
エミリーさんが私の腕の中の壺を一目見て、ぐるりと部屋を一周した。壺以外何も動いてない部屋を見るなり、彼女のつり上がった眉は下がった。
「なにもないようね……先程の大声はなんです。騒がしいったらありゃしないわ」
「す、すみません。メアリーがまた転けてしまって……」
あたふたとジェーンが説明した。「また」ってことは、前にもあったのだろう。なるほど、と納得した様子のエミリーさんは目をぎらりと光らせた。
「ふぅん、なら良いわ。くれぐれも、くれぐれも! 物を壊さないように。良いですね?」
「「「はいっ!」」」
「では、私はこれで。迅速に業務に戻りなさい」
踵を返して廊下に出ていった瞬間、私たちはへなへなと膝から崩れ落ちた。
「ごめんなさいっ……私のせいで、二人にご迷惑をっ……」
「ううん、メアリーに怪我がなくてよかったわ」
よしよし、と頭を撫でると、さらに涙をこぼしながら私の顔に抱きついてきた。ぐべっ……メアリーの豊満な胸に挟まれて苦しい。い、息ができない! 死んじゃう!
「ちょ、メアリー離れなさい。アイリスが呼吸できない」
「あっ、ごめんなさいっ……」
ジェーンが機転をきかせて、私からメアリーを引き離した。死ぬかと思った……殺人級の大きさである。
「ところで、アイリス! あんた、魔法使えるの!? すごいじゃない!」
「え? あ、あぁ……大したことじゃないよ。た、たまたまだし、たまたま」
「いやいや、こんな貴重な人材が勿体ないわっ! やっぱり、オズ様が言ってたことは本当なのね。よかったわ。これであの問題も解決するわ!」
「あの問題って?」
ニコニコと満面の笑みを浮かべたジェーンに、ぞわっと寒気がした。なんか、良からぬことが起きそうな予感……。
「実はね──」
……全私が泣いた。
いつの間にか50ブクマありがとうございます!今後ともよろしくお願い致します٩( 'ω' )و