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奴隷転生者の花唄  作者: 雨宮 海
大帝国アインスリーフィア
23/85

奴隷歌姫、怪しまれる。

視点変更あります。

「こちらでよろしいでしょうか?」

「あ、はい! ありがとうございます」


 ドスンと机に置かれた本を見て、ほぅっと一息。随分と借りてきてしまったものだ。


 すっごく時間をかけて悩みに悩んで、ようやく数冊の本を借りた。内容がわからないから、とにかく挿し絵が多めなものをピックアップして選んできた。──のだけど、とにかく分厚いのでたった数冊でもこの重量。床においたら、脆いから抜け落ちてしまいそうだ。ちなみに、私が運ぼうとしたら、フラフラしすぎて怖いとのことでオズにとられました。ひ弱すぎて泣けてくる。


「では、私は一旦失礼いたします。また、後程」

「あ、ありがとうございました!」


 会釈をしてオズが部屋を出るのを確認すると、私は早速机の上の本を引き出し、試しに広げてみた。──うん、何が何やらわからん。

 かろうじて分かるのは、果実やら木やらお花やら──の挿し絵からして植物図鑑であるだろう、ということだけ。あとは何とも形容し難い、ぐにゃぐにゃの文字が配列している。

 うーん、どうしたものか。魔法使ってみるのもありだけど、翻訳魔法に加えて解読魔法は如何なものか……。魔法二重がけって辛くないのかな。やってみたことないからわからないけど、常時二重がけはやばそう。それよりも、読み書きぐらいはマスターしたいし……。とりあえず、練習あるのみだよね。


 机の引き出しを探ると、羽ペンとインク、紙が数枚、それと手帳のようなものが出てきた。試しにこの本に魔法をかけて訳して、単語をひとつひとつ書き出してみようか。文法とかわからなくても、単語さえわかればなんとかなるかもしれないし。そうなれば呪文は"正確"に、という意味をこめて……


「"ジュステッツァ"!」


 ふぉーん、と音が鳴ったかと思うと、本の上に光の文字が浮かんでいた。おおお、無事成功! えーと、なになに……?


『アディヴ


果実:赤 黄緑 黄色/分類:種 被う/花:白

弱い 暑さ 葉 落ちる

甘い 強い 善 悪 知る』


 アディヴ……これが名前かな。んで、挿し絵的にはリンゴっぽい。説明も、それなら割りと納得できる。多分、『暑さに弱く、落葉する。甘みが強い』ってことだろうか。『善 悪 知る』ってのはわからないけど、リンゴで間違いないだろう。

 私は紙に、『アディヴ=リンゴ』と書き付け、その下に単語と訳を書いた。植物も知れて一石二鳥。うん、これはなかなか良い勉強法じゃない? よし、この調子でどんどん読み進めちゃおうか。


〔おーい、菖蒲~。何をしておるんじゃ?〕

「うああああっ!?」


 ニュッと本から何かが飛び出す。思わずのけぞってから見ると、イーリス様が頭だけ本から出していた。


「もう……イーリス様、もうちょっと普通に現れて下さいよ。びっくりするじゃないですか」

〔よいではないか〕


 本から生首が出てきたら誰でも驚きますっての。まったく……。


〔ところで何をしておるのだ? ぶつぶつ呟いて書いて……怪しい〕

「ああ、この世界の文字って読んだことがなかったから……覚えようと思いまして、それの練習です」


 そう言って、再び本に目線を落とした。イーリス様はそれが気にくわないのか、本の上に胡座をかいた。


〔そんなもの、魔法でどうにかすれば良いではないか。楽じゃぞ?〕

「それもそうですけど……。いちいち読むたびに呪文言ってたらおかしいじゃないですか。だから、ある程度は読めなくちゃ」

〔阿呆なのか? そんな労力のかかること無駄であろう〕

「阿呆で結構ですっ! だって、あんまりイーリス様の力に頼ってちゃダメじゃないですか」

〔そうは言ってもなぁ、負担が大きいし……そうじゃ!〕


 イーリス様がふわっと浮き上がる。得意気な顔で何かを指差しているけど……ああ、さっき出てきた手帳。それがどうかしたのだろうか。


〔ほれ、そこに毎晩日記でも書いとけ。ニホンゴをこっちの世界の文字に訳してやる。それなら、日常用語から覚えられるだろう?〕

「え、でもイーリス様も忙しいんじゃ……」

〔構わん。それに、これからそなたとあまり一緒にいてやれないからな。こんぐらいはしてやりたい〕


 イーリス様が、にっこりと微笑みをうかべた。……本当にこの人は女神なんだな。慈愛に満ちてる。


「イーリス様ァァァァ! うううう……大好きですゥゥゥゥ!!」

〔ちょっ……ひっつくな馬鹿者!〕


 ぎゅうううう、と抱き締めた。なんだかとんでもない展開になりつつあるけど、私のまわりは優しい人ばかりだ。幸福者だな、私。

 自然と、笑顔が溢れた。明日からも、頑張れる。









「失礼いたします」

「ん」


 短い返事を確認すると、ワゴンを引いてルイス様のもとへ向かった。相変わらず頬杖をつきながら書類に目を通すルイス様に、コーヒーを出した。


「オズ、どうだ?」

「どうだ、とは何のことでございましょうか?」


 コーヒーを一口、口に含んだルイス様が、顔をしかめた。


「しらばっくれるな。あいつ──黒の申し子、らしき奴」

「ああ、アイリス様ですか」


 そういえばそうでしたね、と いかにも忘れていたかのように振る舞う私に、ルイス様の冷たい視線が刺さる。


「お前、白々しい態度はやめろ。……で、どうなんだ。正直に言え」

「そうですねぇ……」


 はて、どう言ったものか。返答次第では、アイリス様の明暗が決まってしまう。処分することはないとは思うが、飽きてしまったらもとも子もない。しかし、飽き性のルイス様を満足させるには、十分すぎる人材ではあると思う。


 ──黒髪に黒い瞳。各地の伝説に残る"闇の神子(みこ)"の容姿にぴたりと当てはまる。

 闇の神子とは、時期魔王となる、強大な闇の力を持つものこと。魔王の卵──闇の神子は必ず"黒髪に黒い瞳"。それにより、黒髪に黒い瞳の赤子は"黒の申し子"と呼ばれ、大抵は忌み子として捨てられるか、最悪の場合は殺される。どちらにせよ、成長する前には末梢されるはず、なのである。

 それが、彼女は成長しているだけではなく、強大な光属性の力を持っている。それも、一度に何十人……いや、あの場にいた奴隷はほかの馬車を含めて数百は下らないだろう。その人数の呪いを解き、傷も癒した。

 さらに奇妙なことには、黒髪に黒い瞳の容姿を隠そうともせず、かといって闇の神子ではないとも乞うこともない。王宮で暮らすことになることの焦りを封じて、自然に振る舞っているのか? それとも、ただ黒の神子の存在を知らされずに育ったのか? 正直、前者が務まるほど彼女が器用には見えない。


 加えて、光属性以外の属性の耐性。多数属性が操れる者はなかなかいない。それにもかかわらず、多数属性の魔法を駆使して掃除をこなしてしまった彼女は狂人とも言える。少なくとも水、風、あとはゴミも見当たらなかったところを見ると、炎の耐性もあるはずだ。そうだ、それに、あの大図書館の書物をいとも簡単に持ち上げているところも妙だ。あの騎士団員(きんにくバカ)はともかく、普通の女子供、勉強や研究に没頭するような人では、あの書物は持ち上げられない。大図書館を利用する魔道士は、たいてい浮遊魔法を何としてでも会得するか、一冊ずつ細々と運ぶかの2択。……なんとも奇妙な人である。


「なんだ、黙ってないでなんか言え」


 黙り混んで何も言わない私に腹がたったのか、ギロリと睨まれた。


「一言で言えば……逸材、超人。ですかね」

「は?」

「あなた様もご存知の通り、黒の申し子であるにもかかわらず、強大な光魔法。光属性以外にも、属性はあるようです」

「ほー……相当な拾い物だな、これは。あの歌声といい、容姿といい、不思議な奴だ」


 口の端を歪めて目を光らせる姿は、まさに獲物を見つけた鷹のようだ。もともと気に入っていたみたいだったが──いや、そもそも気に入らなければ連れてきて、ましてや旋律の巫女などにしないとはと思うが、さらに拍車をかけてしまったかもしれない。


「しばらくまた様子を見ておけ。いいな」

「かしこまりました」


 空になったコーヒーカップをワゴンに乗せ、部屋を出た。


 「つまらない」が口癖の皇帝様にとっては、うってつけの玩具が見つかったようだ。私に無茶ぶりをおっしゃることは無くなるとは思いたいが、何せあの"冷徹皇帝"である。無くなると言い切れない。

 ああ、どうか、これ以上私の心配事が増えないことを願いたい。



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