奴隷歌姫、見学する。Ⅰ
「すまない、アイリス! 遅れ……!?」
「サーシャ様! おはようございます」
二杯目の紅茶のおかわりを飲み干した時、サーシャが部屋に入ってきた。ドアを開けたポーズのまま、唖然として立ち尽くしている。
今日のサーシャ様は昨日とは服装が違う。昨日はドレスだったけど、なんていうか……そう! 軍服? みたいな感じ。パンツルックだからスラッとしたスタイルに良く似合ってる。凛々しさが2割増だ。
「アイリス。この部屋、どうしたんだ?」
「あ、今朝妙に早く起きちゃったので、ついでに掃除したんです!」
「魔法でか?」
「はい!」
すると、サーシャ様はオズさんと同じく ほぅ、と言い顎に手をあてると、オズさんと何やら目配せしている。ん? そんなに珍しいことなのかな、分からん……。
「とりあえず、今日は城を案内するから、着いてきてくれ。ただ、私はこの後鍛練があるからな、抜けることになる……すまない」
「いえ! 大丈夫です」
「そうか。じゃあ、行こう」
鍛練? あ、そうか。確か昨日騎士団団長とかなんとか言ってたっけ……。戦うお姫様とか、私得すぎるわ。ゲームやアニメのキャラでも、かっこいい女子キャラ好きだったし。実際に目の前にいると、さらに良さが伝わってくる。私もこんな感じになれたらな。……無理だな。
サーシャ様の後ろをしずしずと歩いていると、後ろからなんとなく気配がした。振り替えると、オズさんもついてきている。足音がしないから全然気づかなかった。確か、執事って足音たてちゃいけないんだっけか。そういえばサーシャ様も足音静かだし……。私がカツコツ音をたててるのが恥ずかしい。慎重に歩かなきゃ。
「このドアから、城の中庭に出ることが出来る」
サーシャ様が足をとめ、何メートルもあるだろう大きな扉を指差した。
「ここから……中庭ですか」
「このドアの場所だけは最初に覚えた方が良いからな。これから案内するが、体術訓練所、魔法訓練所、大図書館……等々、色んな施設に繋がっているからな。それぞれ隣同士の建物は繋がっているが、とりあえず中庭に出れればどこにでも行ける」
ほうほう。中庭を中心に囲むように建物があるのね。方向音痴でも中庭だけ覚えれば大丈夫そうだ。
「ちなみにここは宮廷。貴族や他国の来客をもてなしたり、私ら王家の部屋があるところだな」
「ってことは、私の部屋は王家の方々の部屋と同じ建物ってことなんですか!?」
「まあそういうことだな。旋律の巫女は大切な国宝のようなものだ」
まじですか。……国宝と言われるとなんか反応に困る。
「とりあえず、中庭に出ようか」
「サーシャ様、アイリス様、どうぞ」
オズさんは重々しい扉を簡単に開けた。光が急に射し込んできて目が眩む。
「わぁっ……!」
扉を抜けると、バッと開けた空間に出た。色とりどりの花が咲き乱れ、中央には噴水。フカフカのベルベットのような芝生。そこから、大きな建物がいくつか見える。あれが、さっき言ってた施設だろうか。
「さて、まずは体術訓練所だな」
扉を背にして右側、芝生のないグラウンドのような所と建物に向けて、サーシャ様が歩き始めた。
「体術訓練所ってことは、兵士が訓練するところですか?」
「そうそう。大抵騎士団兵が日々、己の技術を磨いているな。ちなみに、私は団長だから姫としての仕事がない日は大体あそこにいる」
兵士って言うから、きっと男の人ばっかりだよね。そんな中でサーシャ様は団長……改めて考えるとすごすぎ。
建物に近づくにつれて、グラウンドのような所にも沢山の小屋が立ち並んでいた。馬屋、武器庫、あれは……弓道場? そしてその中でも一番大きな建物の扉の前についた。
「ここから中に入れる。さあ、いくぞ」
「はい!」
嬉々としてサーシャ様に続こうとすると、後ろからポンポンと肩を叩かれた。振り向くと、オズさんが何故か耳をふさいでいる。
「アイリス様、耳をふさいだほうがよろしいかと」
「え?」
その瞬間、バターン! と扉の音が響いた。続いて、隣にいるサーシャ様が大きく息を吸った。
「とりあえずお早く!」
「わ、わかっ……」
私がおずおずと耳に指を突っ込んだ、その時。
「ちゅゥゥゥゥゥゥゥゥもくゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!!」
ふさいでも隙間から音が侵入してくるように、耳の鼓膜が震えた。隣にいるサーシャ様が叫んだようだ。
あまりの大声にくらくらしていると、ドドドドッと地響きがして、いつのまにか私たちの目の前に、兵士がひざまずいていた。こんなに広い建物なのに、全員揃うのが一瞬の出来事。すごすぎ。
「皆の衆! お早う!」
「「「おはようございやす!!!!! 団長!!!!!」」」
キーン、と耳鳴りがするほどの声量。汗と声の凄まじさで飛ばされそうだ。
「本日は紹介したい者がいる! ……アイリス、自己紹介だ」
「うぇぇ!? わ、私ですか!?」
ぐいぐいとサーシャ様に押され、一番前に立たされた。何百何千もの視線が、私に集まってくる。
「こっ、この度旋律の巫女に認定されました……アイリスと申しますっ! ふ、ふつつか者ですがよろしくお願い致しますっ!」
ガバッと頭を下げて、息を吐いた。人が密集しているせいか、それとも恥ずかしいのかは分からないが、じっとりとした手汗をかく。
「……と言うことだ。皆の衆! 良いな!!!!!」
「「「うっす!!!!! よろしくお願いっしやーすッッ!!!!!」」」
一子乱れぬ行動に圧倒する。計画してたのかと思うほどピッタリだ。……すごい。それとサーシャ様の貫禄もすごい。
「よ、よろしく……」と私が呟くや否や、サーシャ様が私に声をかけた。
「すまないが、ここから後の案内はオズに任せる。私も行きたいところだが、今日は私自らこいつらの教育をしなくてはならないのでな」
「あ、はいっ……ありがとうございました」
いいこだ、と頭をポンポン撫でられた。皆に向けて会釈すると、オズさんが開けてくれたドアの外に駆け出した。
「ひぇぅぅぅぅ……」
外に出ると、その場でへなへなと崩れ落ちた。……つ、疲れた。あまりもの熱気と覇気で潰されそうだった。
「お疲れ様でした、アイリス様」
オズさんが私の手をとって、立ち上がらせてくれた。
「耳をふさげって、あーゆーことですか……」
「そうですね。あそこの連中は無駄に体力が有り余ってますので」
涼しげな顔をしているオズさん……さすがです。あの程度じゃうろたえないんですね。
「さて、早くここから離れましょうか。サーシャ様の教育ともなると、先程以上の奇声が響くでしょうから」
「あ、はい」
サーシャ様の教育……一体何が行われるか、超気になります。とは言え、あの熱気の中で見学するわけにもいかないし。次の場所を案内してもらうのが吉だよね。
「あの、次は何処へ?」
「次はあそこ、アインスリーフィア帝国立大図書館へご案内致します。今の時間帯ならおそらく……いい頃合いでしょうし」
オズさんは懐からジャラッと懐中時計を取り出し、時間を確認する。
「じゃあ、案内お願いします、オズさん」
「はい。そうだ、私のことはオズとお呼びください」
「え、年上ですし……」
「立場上は、私の方が下ですから」
「でも……」
オズさんは立ち止まり、私の方を向くと、唇に指を押し当てた。
「よろしいですね?」
「は、はいっ」
気のせいか、オズさ……オズの後ろに黒いオーラが見えた気がする。──うん、この人は絶対、敵には回しちゃいけない。
「では、参りましょうか」
にこやかな笑顔を浮かべ、再び歩き始めたオズの背を追った。
……あれ? 私、なんかよく考えると、とんでもなく偉い立場になっちゃった? いや、気のせい気のせい。




