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奴隷転生者の花唄  作者: 雨宮 海
奴隷生活
16/85

朝日の光と銀色



「ぐぁっ……!」

「ごめん……痛いよね、ちょっと我慢してっ……」


 私は一心不乱に、自分のスカートを破ってレネンの傷口に巻いている。

 あのあと私たちは魔力封じの術をかけられ、馬車(私が最初乗ったやつ。馬車と言ってもまるで動く牢屋)にぶちこまれた。そして、私以外の3人は縛り上げられた。なんで私だけ縛られなかったかはよくわからない。そのお陰で応急処置ができるのはいいんだけど──

 正直、こんな治療じゃ全くよくないことなんかわかってる。実際レネンとシルトの傷はすごく深かった。リヒトは傷つけられなかったのが不幸中の幸いではあるけど……、今は気を失っている。レネンは(えぐ)られるような背中の傷で……押さえても押さえても血が溢れてくる。すでに、私の手は殺人鬼かのように、深紅に染まっていた。


「はっ……、はぁっ、はっ……っぐ……!」


 どうしよう。魔力だって、封印されて……武器だって持ってない。周りに私たち以外に味方はいない。──死んだ目をした奴隷だけ。それに、なにより……


「……万事休す、だな……」

「……そうかもな」


 2人がもう、諦めてる。──この、絶望的な状況をどうしようもできないことがわかりきっているからだ。……私はどうしようもできなくて、何をしたらいいのか分からなくて──ただひたすら、体育座りをして唇を噛み締めていた。視覚のはしっこに、死体の山が見えた。あるものは骨と皮だけ。またあるものは明後日の方向に目がひん曲がり。またあるものには──虫、みたいなものがくっつき……むせかえるような酷い臭いに吐きそうになる。視界が涙でぼやけた。


 ──もう、だめなのかな。

 ──このまま……この人達みたいに、なっちゃうのかな。


 膝に顔を埋めて、目をつぶった。──そういえば前にも、こんなことがあったっけな。真っ暗の中で一人、部屋の隅で丸まって泣いてたっけ……、お母さんが、亡くなった日に。


『──あのね、菖蒲。悲しかったり、辛いときこそ明るい気持ちを持たなくちゃいけないのよ』


 ぽつり、ぽつりとお母さんの言葉が蘇った。


『──ほら、母さんの歌を口ずさんでごらん? だんだん心があったかくなるでしょ? この歌はね、勇気をくれる歌なのよ、だから……』


 

 そうだ。こういうときこそ、希望を持ち続けなくちゃいけないんだ。


「……一筋でも、希望の光があれば」

「……なに、言ってるんだ? アイリス」


 私の呟きに、レネンが反応した。その言葉に答えずに、私は顔をあげた。──まだ、すべてが終わった訳じゃない。






 ──私は目を閉じると、静かに息を吸い込んだ。



 

 ☆




「ごめん……痛いよね、ちょっと我慢してっ……」


 アイリスが涙声で、俺の背中の傷を止血している。あらかた血が止まってきたとは言えども、焼けるような痛みとクラクラとした目眩が襲ってきた。息が荒い。しかし、傷が浅かったのか、それとも応急措置が良いのかはわからないが、とりあえず死ぬことはないだろう。──しかし、今の状況は絶望的。いつも危機的状況の時こそ頭脳を働かせて、俺や村を助けてくれたシルトでさえ、何も言わずに黙り混んでいる。

 当たり前だ。味方となりうる存在は4人。武器もなし、その内2人は深手を負っている。その上魔力封印をかけられたときたら、俺たちの戦闘力は無に等しい。それでどうやって脱出するというのか。唯一の救いはあの場で隷属呪具の餌食にならなかったぐらいだ。


「万事休す、だな……」

「……そうかもな」


 俺がボソリと呟くと、シルトも目を閉じて答えた。餓鬼(リヒト)は目を覚ましておらず、アイリスはしゃがみこんだまま顔を伏せた。このまま、奴隷になるのを悟ったかのように。

 自由になりたくて村を出たってのに……奴隷になるとか、ほんと笑えない冗談だ。余計に縛られてしまうぐらいなら、死んだ方がましだ。


「……一筋でも、希望の光があれば」

「……なに、言ってるんだ? アイリス」


 アイリスがぼそっと呟き、顔をあげた。その言葉に少し、苛立ちと飽きれを覚える。──こんなとき、どうすればこの状況が打破できると言うのか? 希望を持てと言うのか? 馬鹿なのか、こいつは。


 俺の言葉に返事もせず、アイリスは目を閉じると息を吸い込み……歌い始めた。


 ──こんな時に歌だなんて、これは本物の馬鹿だ、と思った……が。──なんとも表現しにくい、綺麗な歌声だった。さっきまでの歯がゆさが嘘のように消え去り、心地よい気分にさえなって、目を閉じた。

 語彙力がないせいか、鮮明に表せないが……とにかく、透き通っていて繊細。その純粋な性格が、全面的に現れている。この世に、こんな清廉な存在があってもいいのか、と思うぐらいだ。──しばらくすると、パキパキっとガラスにヒビが入ったような音がした。その音につられて目を開けると……アイリスの体はまばゆい光に包まれている。


「あ、……アイリス!?」


 俺は驚いて声をかけたが、何の反応も返ってこなかった。アイリスは尚歌い続ける。気づくと俺とシルトとリヒトも同じように光りはじめた。光の強さが増したかと思うと──


 パリンッ!


 割れるような音がして、俺たちの周りの何かがくだけ散った。キラキラと輝きながら、粒子がとんでいる。みるみる体の奥底から力が込み上げてくる感覚があるので、さっきかけられた魔力封印が解かれたのだろう。 しかもこの感じ……明らかにあの村長(ババア)からかけられっぱなしだった魔力封印まで解けたのか? 一体何故……? 試しに風魔法を縛られた縄めがけてかけると、あっけなく切れてしまった。シルトもアイリスを凝視して、驚きの表情をうかべている。


 魔力封印が解けた衝撃をうけても、アイリスは未だに今の状況に気づいていないのか、祈るように歌い続ける。その光はますます強くなっていき、とうとうこの馬車の中はまるで昼のような明るさになっていた。


 パリンッ! パキパキッ!


 次第にさっきみたいな音があちこちでし始める。


「お、おい……! なんだ!?」


 バキバキッバリン!!


 突然、大きな音が響いた。すると、無気力でぼーっとしていた奴隷たちが、一生に体を起こし始めた。


「……う、俺は、今までなにを……」

「あら……私、なんで倒れて……?」


 次々と意識を取り戻していく奴隷を見て、俺は慌ててシルトに問いかけた。


「シルト……! 意識が、戻ってるぞ!? 何故っ……!」

「……俺にも分からない。しかも、見てみろ、これ」

「……! 腹の傷……が、塞がって……!?」


 シルトがあの大柄な男に刺されてできた傷が、跡形もなく無くなっていた。試しに自分の背中の傷も確かめると、完全に塞がっている。


「……何者なんだ、あいつ……魔力封印を解いて回復魔法をしただけではなく……光属性特有の呪解魔法を、こんな大勢にかけやがってる……」

「呪解魔法……!? アイリスが……まじかよ」

「……しかし、これは新たなチャンス到来ってもんだ、今からでも遅くない、今のうちに逃げ……」


 ──と、シルトが言いかけたその時、馬車が急ブレーキをした。ガタガタっと揺れ、俺たちは転がり込んだ。


「っ……! いった……!」


 その揺れのせいで体を打ち付けたのか、ようやくアイリスが目を開けた。どうやらおでこをぶつけたらしく、赤くなっている。


「アイリス……! お前、やっと気づいたのかよ!」

「な、何が……って、レネン! 背中の傷は!? 動いちゃダメじゃない!」

「……お前が、回復魔法をかけたお陰で治ってる。しかも……呪解魔法まで」

「え……回復魔法? って、ほんとだ……シルトも治ったの? でもかけた覚えはないんだけど……それに、呪解魔法……?」

「いや、そんなことはどうでもいい! 今は取り合えず逃げる準備を……」


 俺はアイリスの手を、シルトはぐったりとして目を未だに開けてないリヒトを担ぐと立ち上がった──が。


 バァン!!!!


「なんだ、今の光は!?」



菖蒲side


 え……回復魔法をした? 呪解魔法? 私、さっきまで歌ってただけなのに。全然話についていけない。


「いや、そんなことはどうでもいい! 今は取り合えず逃げる準備を……」


 そう言うと、レネンは私の手を取ると強引に立たせた。逃げるって、え? 全く状況が飲み込めない。いつのまにか縄も解けてるし、魔力封印も解けてるみたいだし……なにより、魂を抜かれたかのようだった奴隷が、突然立ち上がった私たちを驚愕の表情で見上げている。あれ……いつのまに、呪いが解けてるの? しかも、私何故か……発光してる。なんで?


 バァン!!

「なんだ、今の光は!?」


 なんて悶々と考えていると、ドアが乱暴に開けられて、大柄な看守と、小柄な看守が入ってきた。ぎゃあっと奴隷……いや、奴隷だった人達が叫んだ。


「……!? 呪いが解けてやがる……!? ……また、お前の仕業か!?」


 そう言いながら、看守は私にずんずんと近づいた。え、私!? だから、何にもやってないんだってばっ……!


「来るな!」


 レネンが私の目の前に立ちはだかる。看守はレネンをギロッと睨むと、杖を向けた。


「うるさい、俺はその女に用がある。どけ! アイス・ アチミロース・クリア・ティオノエーリア! 」

「っぐぁ!」


 小柄な看守がレネンとシルトを吹き飛ばすと、私の髪を掴んで放り投げ、足蹴にした。


「っぐ、なにす……!」

「何すんだはこっちの台詞。お前、ほんと俺たちの邪魔ばっかりして迷惑」


 バタバタと音がしたかと思うと、大人数の看守たちが入り込んできた。レネン、シルト、リヒトだけでなく正気になった人たちも全て、魔法で押さえ込んでしまった。


「ったく手ぇ煩わせてふざけんなよ……傷つけると価値が下がるからやめといたけど、もうそんなこといってる場合じゃないか」


 小柄な看守が杖を振り上げた。その先端は鋭い氷で覆われている。逃げようにも、馬乗り状態で押さえつけられてしまっているせいで、身動きがとれない。「やめろ!」とレネンが叫んだけど、看守は口の端をニヤリと上げて──腕を私に向けて降り下ろす。


「やっ……!!」


 咄嗟に私は目をつぶった。ダメ、避けられるわけがない──私が死を覚悟した、その瞬間。


「がはっァっ……!!」


 ぴちゃ、と生暖かいもの──血、がまとわりついた。どこも痛くない。今の声も、私のものではない……声と血の主は──


「っ……貴様……!」




「お遊びが過ぎたな、餓鬼」




 ──看守の後ろに、ぼんやりと人影が見えた。……布かなにかで覆っているのか、顔がよく見えない。そして、看守のお腹に……深々と、剣が刺されている。


「な……なんだてめぇ!」

「いつのまに……!?」


 馬車の中にいる者すべての視線が、人影に集まった。人影はやれやれと首を横にふると、剣を看守から引き抜いた。


「ぅが……!」


 ばさり、と私の上に、看守が倒れた。じわじわと流れ出る液体が、私の服に染み込んだ。


「……こんな程度だったのなら、俺がわざわざ来なくても良かったじゃないか……大袈裟すぎなんだよ、あいつら」


 ブンッと剣を振り、血を払った。あっけにとられていた看守はようやく我にかえり……人影を一斉に囲んだ。


「何者だお前!」

「正体を表せ!」


 囲まれてもなお、人影は慌てることなく剣を構えた。


「はー、お前らみたいな意気がって大した能力を持ってないやつが一番めんどくさいんだよな」


 男の人だろうか、凛とした声だった。それとはほかに、もう一人の人影がドアの方に見える。オールバックにまとめた頭──男の人、かな。


「ルイス様! 一人で突っ込むなとあれほど申し上げたでしょう!?」

「俺一人で充分だ。しかもあんだけ探してた──あの力があるみたいだから早く連れて帰るぞ」


 ──ルイス。この人はルイスって言うのかな……。すると、看守たちは悲鳴をあげた。


「ルイス、だと……!? まさか、お前が……あの!」

「気づくのが遅かったな、糞共が」


 そう言うやいなや、剣を一振り。すると、看守はあっという間に四方八方に吹き飛ばされた。あまりのあっけなさに声も出ずに、私はルイスと呼ばれていた男の人を見上げた。「捕まえておけ」ともう一人の人に言うと、私にツカツカと近寄り──私の頬をつまんだ。


「ふむっ……!」

「……お前か、さっきの光と声は……これは、良い拾い物かもしれない」


 私の顔を覗きこんで呟く。ひ、拾い物……とは、なんて失礼な。


「連れ帰るぞ」

「は、はぁ!? 勝手に一般市民を連れていっては駄目です!」

「知るか。黒髪に黒い瞳、その上"素質"がある。こんな逸材を放っておけるか馬鹿」


 そう言うと、私はグイッと腕を引っ張られた。


「ちょ……! やめてください、離してっ……!」

「おい! アイリスから手を離しやがれてめぇ!」


 私とレネンが叫ぶのも気にもせず、ルイスさんは私を引き寄せた。


「うるさい餓鬼、黙ってろ」

「なっ……!?」


 痛い、と感じたときにはすでに遅し。うなじを手刀で叩かれたらしく、私は意識を手放した。


 薄れゆく景色の中に見えたのは──ルイスさんという謎の男の人と、その後ろから見える朝日の光……それと、その光を反射させて輝く銀色の髪と銀色の瞳だった。


ようやくきましたよ、ここまで……更新が遅れて申し訳ないです。お詫びに今回は長め。(まとまらなかっただけとか、そういうんじゃないですよ!←)

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