奴隷異世界人、協力する。
「こっちだ」
「うぷっ、土が口に入った……ここ、どこなんですか?」
「おねーちゃん、かおにどろがついちゃったよぅ」
「うるさいな、黙って出ろっ」
ぐいっと腕を引かれ、私は穴から出た。どこに繋がっていた穴かもわからず、私とリヒトは周りをキョロキョロ。
適当につけたであろう、鉄格子がはまった窓。部屋の隅に置かれた薄っぺらい布団。で、またもや重苦しい入り口の鉄格子。──ここ、牢屋だよね。私たちがいたとことそっくり。
「まあ、見ての通りここは俺の寝床である牢屋だ。ちなみにお前たちの隣。──で」
長い赤毛をうっとうしそうにはらうと、その子は私たちの方をむいた。……女の子?──腰ぐらいまで髪が長いし。目は大きくて、透き通るように白い肌。奴隷用の服は男の人用だけど、そこから覗く足は細くて、かなり華奢だ。言葉遣いがかなり乱暴だから男の人みたいに見えるけど……女の子だよね、うん。背格好からして、私より年下だろう。──そんなことを悶々と考えていると、女の子はジロリと私たちをにらんだ。
「お前ら何者なんだよ? 呪いにかかってないみたいだし、只者じゃないだろ?」
「えっと……」
どうしよ、何て言おう。リヒトの説明はともかく、私はなんと説明したら良いやら。「私は異世界で死んで女神様に転生させてもらった転生者です」とか、マジで言えない。只の厨二病になってしまうわ。最悪の場合、怪しまれてしまうだろうし。え、えぇっと、考えろ私。なんか良い言い訳を……。
「わ、私は森の奥に住んでたんですけど。奴隷にされてしまって」
なかなか苦しい言い訳だ。赤毛の女の子も、怪訝そうに眉をひそめている。
「普通、田舎の方に奴隷狩りは行かないはずだけど?」
「え、えと──その時偶然、初めて街にきててっ……」
「初めて!? 初めてきたのに人身売買されたのか!?」
「は、はい……」
ううう、これは絶対に怪しまれてるな、どうしよ。とりあえず私は作り笑顔を浮かべて動揺を隠した。
「なんて運が悪いやつ。で、そいつは?」
ホッ……。良かった。どうにか誤魔化せたみたい。赤毛の人はリヒトを指差した。
「そ、その子は……私が、この前ここで会ってから面倒見てて。どこからきたかは分からないんです」
「は、はぁ!? お前の弟とかじゃねーのかよ!? 赤の他人!?」
「今は家族も同然ですよ!」
「でも血は繋がってねーじゃねぇか! この状況下でばっかじゃねーの!?」
むかっ……そりゃそうかもしれないけど、馬鹿はないでしょ馬鹿は!
〔いや、かなりの阿呆だぞ菖蒲よ〕
イーリス様の声が頭のなかに伝わってきた。なんで姿を表さないのか、と一瞬頭に横切ったが、あぁなるほど。この子がいるからか。リヒトには見られてしまったからもうどうしようもないけれど、あまり人には見られてはいけないらしい。天界? とかで規律があるらしく。かなり前にほかの規律についても延々と話されたことはあったけど、もう忘れた。だってイーリス様話長いんだもん。きっと長い間生きてるからかな。年齢を明かそうとしないけど、きっとかなりのご高齢だろうし。年よりの話は長いってよく言うしね。
〔余計なお世話じゃ〕
げ、聞こえてたんですか。
「なに、ボケッとしてんだよ。何か言い返さないのかよ? ……ま、まさか泣いたりしてねぇよな?」
おっと、いきなり私が黙りこくってるからビックリさせたみたいだ。いやいや、バカって言われただけで私泣きませんって。
「あっ……と。いや、その通りだなーと思って……確かに私、衝動で助けちゃったし。この子を守れるかも分からないのに、それなのに私は──。でも家族も同然ですし、私の家族ももういませんしっ……」
そこで、私は家族のことを思い出した。"家族"……なんて心地良い響きなんだろう。父さんの優しい声、弟──棗の仏頂面、妹──桜子の無邪気な笑顔。母さんはとっくの昔に亡くなっていたけど、それでも今でも覚えてる──温かい手のぬくもり。──ここ3年、毎日家族のことを忘れたことはなかった。それでも、何故か今、色々な思い出が蘇ってきた。目頭が熱くなるのを感じた瞬間、頬に温かいものが伝った。
「ちょっ……ちょ、泣くなよばか!」
「あー! ぼくのおねーちゃん泣かせた! ゆるさないっ!」
「は、はぁ!? 俺のせいかよ!」
女の子がオロオロと手をパタパタし、リヒトは私の前に両手を広げて立ちはだかった。えっと、これは私が家族のことを思い出して、勝手に泣き出したから女の子を怒るべきではないと思うんだけど……。それでもリヒトのかわいらしい行動に胸がトゥンクとはねあがる。なんてかわいいんだっ。ああ、現世では味わえなかったトゥンクとかいうトキメキはこれなのだろうか。でも私は決してショタコンではありませんから、うん。
「リヒト、その子は悪くないから、怒らないで。ね……?」
「わかった……」
ぷぅっと頬を膨らませて、リヒトはしゅん……と目を伏せた。──あれ、気のせいかなリヒトに子犬の垂れ下がった耳と尻尾が見える気がする。なんだこのあざとい生物は。トゥンク。
〔菖蒲……そろそろそのトゥンクとやらをやめろ。気持ち悪くてしょうがない〕
す、すみません。また、聞こえてたんですか。
〔というか、言い返してるときに自分で墓穴掘って、本物の阿呆だな〕
お、おっしゃる通りですけどね……まだまだ子どもだし涙腺が弱いもんなんですよ。──私精神年齢20歳ぐらいだけど。でもまだまだお子ちゃま。ホームシックぐらいなるわっ!
心のなかでやけくそになっていたら、いつのまにか涙は止まっていた。
「はぁ……やっと、泣き止んだ。これだから嫌なんだよ女は」
ちょいちょい。貴方も女ですよね? あぁ、いや流行りの(?)同性を嫌うタイプか。だからといって男好きでは無さそうに見えるけど。なんでだろ。
「おねーちゃん泣かせたのはあなたです! ごめんなさいしてください!」
「うっせーなガキ! 俺のせいじゃねーよっ!」
2人が言い争いを始めた。ちょっと、あんまりデカイ声出すと看守にバレ……
「おい」
──部屋に、野太い声が響きわたった。
部屋に響いた声にハッとして、思わずリヒトを抱き寄せた。……まさか、看守? 隣をチラッと見ると、女の子も顔を強ばらせて固まっている。ドキドキと心拍数が速まっていく。迂闊だった、まさか声が聞こえてただなんて……。
観念して目を閉じた、その時。
「俺だよ俺……レネン」
「──は? あっ! シルトかよ。脅かすなよばか!」
それまで固まっていた女の子が、ため息をつき入ってきた人物をバシバシと叩いた──みたいだ(私はいまだに後ろを向いたままなので、見てはいない)。
「すまん、まさかこんなにビックリするとは思わなくてな……」
「声のトーン低すぎなんだよお前は! 看守かと思っただろ! いやぁよかったよかった。はっはっは!」
気さくな笑い声が部屋にこだました。な、何が起こってるかはよくわからないけど……でも、とりあえず大丈夫なのかな?
「で、その人はなんなんだ……」
「あぁ、忘れてた。おい、お前!」
「はいっ! なんですか……うわぁぁぁぁぁっ!?」
私はくるりと後ろを振り返った瞬間、思わず声をあげた。
私の目に入ってきたのは、巨人。あいや、人間だけど、めっちゃくちゃ身長が高い男の人。天井に頭がつきそう。──2mぐらいはあるんじゃないかな。体つきもガッシリしている。ベージュの髪を短く切っていて、まるで工事現場で働く勇ましい男って感じだ。鉄骨とか持ち上げてそう。
「地味に傷つくな、その反応……」
あ、すみません。かなりでっかくて驚いて。
「それはそうと、なんでここにいるんだ…… レネン、お前の仕業か……?」
「そっ、そういえば。なんで私たち、ここに連れてこられたんですかっ!?」
すっかり忘れてた。私たち、この女の子……レネン、って言ったっけ? に連れてこられたんだった。
「あぁ、そのことか。お前らの牢屋から、これが飛んできてな」
レネンさん(年はそんなに変わらなさそうだけど、何となくさん付け)はそう言うと、牢屋の隅を指差した。──そこには、光輝くものがとまっていた。
「あっ、それ! ぼくの鳩さん」
「お前のか? ちっちぇえのにやけに魔力があるんだな。まぁとにかく、そいつが俺の牢屋に入り込んで来てな。これはいい協力者が表れたと思って穴掘った……ってとこだ」
「ふぅん……そういえばこいつら、隷属呪具の呪いにもかかってない……」
あっ。そうだ、なんでこの人たち呪いにかかってないの? あっちもあっちで私たちが呪いにかかってないことに驚いてはいるみたいだけど。
「まぁなんで呪いにかかってないかは知らないけどな。おい、お前ら」
「は、はいっ!」
レネンさんが、こちらを向いてキリッと睨んだ。腕をくんで立つ姿は凛々しい剣士のようだ。──身長は小さいけど。
「収容所でたいか?」
「そ、そりゃ勿論出たいですけど」
「なら、俺らに協力しろ。拒否権は無しだかんな」
「出られるんですか!? ここから?」
出られる? そんなこと出来るんだろうか。看守が大勢いて、魔法の結界があるというのに。イーリス様も不可能だって言ってたし。
「まあ、な。そのためには魔法が使える奴の協力が必要なんだ」
「それで、リヒトの魔法を見て──」
「あんたらをよんだってわけだ」
なるほど。かなり、魅力的な話だけど──どうしよう。
「おねーちゃんとおそとにでられるの? ぼく、やりたいっ! おねーちゃん、いいでしょ?」
リヒトは大分乗り気みたいだ。キラキラと目を輝かせて、私を見上げる。うっ……上目遣いとはお主、やりおる……。
〔まぁ、こやつらの実力もそれ相応なものみたいじゃ。協力してみるのも悪くないんじゃないか? そろそろ我もこの生活には飽き飽きじゃ〕
イーリス様まで乗り気だ。まったく、誰のせいでこうなったかも知らずになんて呑気な。でも、このままここにいても何の進展もないし。やれるだけのことはやってみようかな。
「……やります」
「お、協力してくれるのか。よろしくな! 改めて名乗るが、俺はレネンだ。好きに呼べよ」
レネンさんはスッと手を差し出す。つられて私も手を差し出し、ギュッと握った。
「……よろしくお願いします!」
そう言いながら手を離すと、今度はシルトさんに向けて手を差し出した。シルトさんは私の手を握り短く「シルト。……よろしく」と言うと、すぐさま私の手を離した。随分、無口な人みたい。うまくやっていけるか不安だなぁ。もくもくと、心の中に暗雲が立ち込めた。
「で、お前らの名前は?」
「ぼくはリヒト、だよ!」
「ほー、立派な名前だな。で、お前は?」
「あ、私はあ……」
──ここで、私は思い止まった。この世界で、アヤメってちょっと違和感を生まないか? って。
今まで見る限り、ここは欧米風な名前の人が多いみたいだ。まあ、リヒトは日本人にもいるけどね、欧米にも通用する名前だろうし。でも、私のアヤメって……どうなんだろう。
〔ああ、名前か。まあたしかに不自然かも知れぬな〕
そっ、そういうことなら早くいってくださいよ!
「ん? どうした?」
あああああやばい、どうしよう。あ……まで言っちゃったし、咄嗟にあから始まる欧米風の名前を……えぇと、えっと──っあ!
「アイリス、です」
由来は単純。私の名前の菖蒲を英語に訳しただけだ。でも苦し紛れに言った名前とはいえ、かなり良い名前を言ったな私。この世界にきてから誤魔化しにかけてはすっごく伸びたかもしれないな。……良いことかはわからないけど。
「ふぅん、アイリスか。よろしく」
おっ、よかった。この世界ではそれなりに通用する名前のようだ。一安心。
「ああ、言い忘れていたが──脱出するのは決して簡単じゃない。それなりの覚悟はしておけよ?」
……のも束の間。レネンさんが少し含み笑いながら言い放った。ちょっ……わかってはいたけど、言うの遅くないですか!?
「わーい、おねーちゃんとおそとの世界にいくんだーっ!」
「それより、腹減ったな……」
「よし、明日から作戦を練らなくちゃな」
口々に好き勝手なことを言い始める3人。あぁ、本当にこんなんで脱出出来るのだろうか。
〔まあ頑張ってみぃ。我も協力する。ぐっとらっく、じゃ!〕
イーリス様まで呑気に言い出す。そんな簡単に言わないでってば! こっちの苦労も知らないで……ったく。
「ところで、あの鳩どうやってだしたんだ? やってくれよ!」
「んっと、こーやってね!」
「おお……これはなかなか……」
わいわいと和みはじめた3人を見て、私は溜め息をついた。ああ、こんな調子で本当に大丈夫だろうか。──とにかく、頑張るっきゃないよね。
私は一人、心の中でグッとガッツポーズをした。
菖蒲──もとい、アイリス! 頑張れ、気合いだっ!