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リクエスト作品

異なる心は繋がりて

作者: 風白狼

 草木はほとんど無く、ごつごつとした岩が露出する荒れた大地。火山灰を巻き上げて、一匹の大きな獣が駆けていた。すらりとした(たい)()をし、鉤爪のある四つ足は引き締まっている。全身を覆う長い体毛は光を反射する明るい茶色。耳は空に向かってピンと立ち、尻尾もまたふさふさと揺れている。獣は細長い顔を上げ、開いた口から牙を覗かせた。

「人間の匂いがするな」

 獣は低く唸った。走りながら辺りを警戒する。侵入者ならば、容赦はできない。方向を変え、麓にある森へと駆けた。速度を落とし、体勢を低くしてそろりそろりと進む。大きな果樹のあるところまで来たところで、その姿を見つけた。

 そこにいたのは小さな者だった。木の幹に似た濃い茶色の髪は肩より短い位置で切りそろえられ、丸い耳がちょこっとのぞいている。頬はわずかに赤く色づき、ぷくっとして柔らかそうだ。同じように柔らかい肌の足が、厚手のスカートから出ている。人間の子どもだ。それも、幼い女の子。草むらの奥の気配には気付いていないようで、のんきに木の下に生えた花を摘んでいる。敵意は感じられない。迷い子のようだが、ここは彼女の来るべきところではない。ここはひとつ、強引だが穏便な手段をとろうと、獣は考えた。

 音を立てないよう気をつけながら、身をかがめる。抜き足で忍び寄り、ぎりぎりで止まった。足に力を込め、吠え声と共に躍り出す。その強靱な四肢を少女の前に出し、ぎらりと牙を輝かせた。こうすれば、怖がって逃げるだろうと思ったのだ。だが、少女の反応は違っていた。彼女は驚きはしたが、逃げなかったのだ。それどころか、ぱあっと顔を輝かせる。

「おっきいわんわんだ!」

 そう言って、獣の左前足に飛びつき、柔らかい体毛に顔を埋める。その行動に、獣の方が驚いてしまった。振り落とそうと足を動かすが、少女はきゃっきゃっとはしゃぐだけで離れるそぶりがない。獣は振り落とすのを諦め、小さくため息を()いた。そして少女の頭がすっぽりと入ってしまいそうなほど大きな口で、少女の首元をくわえる。牙を服に引っかけて、ぐいと引っ張った。はしゃいでいた少女が腕から引きはがされる。そのまま放り出そうと思ったが、獣ははたと止まった。今離せば、彼女はまたこちらに向かってくるだろう。

 ならば、と獣は少女をくわえたまま駆け出した。群生する草木をものともせず、人里に向かって風のように走る。次第に何者かを呼ぶ人間の声が聞こえてきた。そこで獣は速度を緩め、見晴らしのいい場所へと歩く。少女を優しく下ろすと、大きな獣はさっと身を翻し、山の方へと駆けていく。少女はきょとんとして、揺れるふさふさの尻尾を見つめていた。

「おい、いたぞ!」

 口ひげを丸く生やした男性が少女を見つけて叫ぶ。その声を聞き、何人かの人が集まってきた。彼らは村の男達で、森に迷い込んだ幼い女の子を探しにきたのだ。少女は彼らに連れられ、自分の家へと帰っていった。



 翌日。茶色の獣はまた荒れた大地を走る。大きな火山の周りをぐるりと一周。この獣にとってはそれくらいなんでもなかった。戻ろうとしたところで、風が覚えのある匂いを運んでくる。獣は鼻をひくひくと動かしてから、麓の方へと駆け出した。

 果たして、昨日の果樹の下に例の少女がいた。明るい色のワンピースを着て、足下の花を摘んでいる。彼女は獣を見つけると、ぱっと顔を輝かせた。

「わんわん!」

 短い足でぱたぱたと駆け寄り、出会ったときと同じように毛深い足に抱きつく。大柄な相手だというのに、怖がる気配はない。敵意もなく、ただ無邪気に笑っている。獣はそんな彼女に苦笑した。

「私は狼なのだが」

 狼だという獣を、少女は見上げた。ぱちくりと瞬きを一つ。

「おーかみ?」

「そう、狼、だ」

 獣はこつんと鼻の頭をつけて答えた。少女は瞳を輝かせ、口を大きく開けた。おおかみ、おおかみと叫びながら、ぴょんぴょん飛び跳ねる。獣は少女の柔らかい頬を舐める。くすぐったそうに少女ははにかむ。一人と一匹は、この日から仲良くなった。


 それからというもの、少女は毎日のように例の果樹のところにやってくる。獣もまたそこを訪れた。少女は毛皮に顔を埋め、獣は優しく頬を舐める。そうして両者は遊ぶのだ。

 あるときは草木と戯れ、あるときは大地とかくれんぼした。あるときは追いかけっこし、またあるときはのんびりと木漏れ日に包まれて眠った。そしてあるときは獣の背に少女が乗って、森や山を駆け巡るのだ。強靱な足は草の生えた獣道も、ごつごつとした岩道もものともしない。木立の中を軽やかに飛び、枝を揺さぶって小鳥を追い越す。荒れた道の火山灰を巻き上げ、湖では水しぶきを上げる。獣はまるで風のように駆け抜けた。少女は柔らかい毛並みに掴まって、黄色く歓声を上げる。何が面白いのかと問われても答えられはしないだろうが、両者の顔には決まって笑みが浮かんでいた。

 やがて日が暮れると、獣は少女を乗せて人里近くまで降りる。大人たちの姿が見えないことを確認して、そっと少女を降ろした。少女はわずかに寂しそうな顔をする。

「またあそんでくれる?」

「もちろんだ」

 そう言って、獣は片方の前足を差し出す。獣の鋭く大きな爪に、少女は小さな指を絡ませた。

「やくそくだよ」

 契りを交わすようにぎゅっと握って。少女はにこりと笑った。両者は手を離し、鼻の頭を合わせる。軽く触れあってから、少女は走り出した。獣に大きく手を振って、自分の家へと帰っていく。獣はその姿が見えなくなるまで見送ってから、己の住処へと足を向けた。

ゆどうふからのリクエストで「もふもふした大きな生き物(トトロみたいな)とようじょが交流するお話」でした。

 こういう話は自分が好きなので書きやすいですね。もふもふといえば狼が真っ先に出る人ですはい。ただ、セーブしないとこの後に悲劇をつなげたくなってしまうのが……


 ちなみに、少しだけ自作『誰がためにその身を燃やさん』の世界観を意識しています。読んだことがある人は、もしかしたら繋がりがわかるかもしれませんねw

 それでは、リクエストありがとうございました。

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