第八回
「会長はんも、いろいろ手立てを考えとんにゃろけど、あんまり、ええ考えがないとみえるわなあ」
倉田は直助の淹れた出涸らしの茶を啜って、そう言った。
八百勢は彼一代で築いた八百屋である。丁度、直助が店を引き継いだ頃に店を開けたのだが、かれこれもう二十年、嫁の敏江さんと懸命に店を切り盛りしてきた。敏江さんは色白の美人で、直助は未だに出会ったときなどはドギマギしてしまう。なんでも元銀行員だったそうだが、なぜ不釣り合いの八百屋と銀行が結びついたのか、そこら辺のところが皆目、直助には分からなかった。それにしても妙な取り合わせである。男女の機微は不思議なもの、と思えた。しかし、人のことなど言えないのも直助にとって事実であった。妻の早智子…いや、正確には妻になる筈だった早智子という女性が直助にはいた。恋愛ごとなど無縁と思われた三十を少し越えた頃、直助は早智子を見染めた。やや下膨れの、どう贔屓目に見ても男前には見えない顔をぶら下げて三十の歳を過ぎた自分が、女にもてようなどと、烏滸がましくて思えなかった。その直助が恋をしたのである。早智子はどこかに勤めるOLに思われた。店に必ず現れる時間が決まっていた。週に三度、それも規則ごとのように月、水、金曜日なのであり、夕刻の五時半ばから六時の間なのである。




