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第七十七回

「あああ…そんな所で…」

 敏江さんは笑顔で促し、直助を畳みへと上げた。上がった途端、そこから直助の記憶は途絶えた。

 気づけば、薄ぼんやりと夜は白みかけていた。シーンと張りつめた静寂に、早朝の冷気が辺りを覆っている。知らないうちに敏江さんが準備してくれたと思われる柔らかで肌に馴染む毛布が直助を包んでいた。すっかり熟睡してしまったようだな…と直助は目を擦った。腕を見ると五時半を少し回っていた。跳ね起きた直助は手早に毛布を畳むと、手持ちのメモ帳の一枚を破った。作家を志すだけあってボールペンは持ち歩いている。それで短く礼文を走り書くと八百勢をあとにした。自分が少し格好よく思えた。だが戻ると、食材がない。それでまた八百勢へ急いでUターンした。出るときには格好よく思えたものが、戻るとなると倍以上、格好悪く、しかも、さもしく思えた。幸い、敏江さんも勢一つぁんもまだ、ぐっすりである。慌てて、描いたメモ書きを丸めてポケットへ入れ、また毛布へ潜り込んだ。さもしい朝飯にありつこうという魂胆だが、この際、背に腹は代えられない。手持ちの金はあるが生憎あいにく、唯一の丸八食堂は早朝、やっていなかった。いや、最近までは七時には朝定が食えたのだが、なにぶんにも客は直助一人なのだ。四百八十円の儲けでは、朝早くから店を開けるには誰もが嫌になる。

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