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第六十五回

そして、テーブル上の薬味の山椒の小瓶を手にして振りかけながら、例の怪談話をポツリポツリと語りだした。

「フフフ…直さん、季節がちょいと遅いのと違うか?」

 八田は、まったく信じられないといった態度で、茶化してみせた。

「ほんまやねん、繁さん。詳しいわんと、作り話と思われても、しゃあないんやけどな…」

「ほらほやで。まあ食べたら、また聞くわ」

 そう言って、八田は奥の方へと去った。少し冷めかけの天丼が、片づけられるのを待っている。誰もいなくなると、無性に腹が減ってきて、直助は、がさつに天丼を食らい込んだ。それにしても、昼間に和田倉商事で山本と名乗った男が言っていたことが気になる。早智子はまだ、この町で働いていることになっている…そんな奇怪な情報を知ってしまったからだが、直助の周りに起こる妙な出来事とリンクして、少し身が震える気分だった。このことはいずれ、勢一つぁんや他の商店会仲間にも聞いてもらわねばなるまいが…とは思えた直助だが、さし当たっては八田である。直助は残った天丼を口へと放り込んだ。脳裡には、今晩ひと晩をいかに過ごすかという恐怖感が芽生えていた。

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