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第五十九回

川端康成の全集を早智子が注文したことで、些かの絆が生まれた。そしてその後も何度か早智子は文照堂へ立ち寄ったのだ。直助の想いは、次第に膨らんでいくかにみえた。しかし早智子は何も告げず、忽然と姿を消したのだ。その時の会社の説明では、確かに転勤で本社へ戻ったと聞いた記憶があった。それが今、山本の説明によれば、まったく異動の形跡がないという。そんな馬鹿なことがあるか…と多少の憤りも湧いてくるが、人事の山本が言うのだから、あながち出鱈目でもないのだろう。となると、この不思議な現実は、いったいどうなってるんだ…と頭が働く。奇妙な出来事さえ起きなければ、直助は、きっぱりとこの一件を忘れようと思っていた。しかしその妙なコトは続いているし、今後も起きない保証はない。ここはやはり、早智子の存在を明確に調べねば、この問題は解決しそうにない。今さら、逃げる訳にはいかなかった。

「なにかの手違いということもあります。私もこの地の者ですので、社員の出入りについては詳しいつもりなんですがね…。もう一度、よく書類などを調べ直してみますので、恐れ入りますが、今日のところは…。分かりましたら、こちらからご連絡致しますので」

 そう言われては、これ以上のことは訊けない直助だった。

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