第二十九回
直助の空きっ腹が急に暴れだした。肉類には残念なことに、ひと月ばかりお目にかかっていない。
「これはどうも…。偉い助かりますわ」
直助は本心を漏らした。
「鉢はいつでもええからね」と笑顔で言って、小鉢を直助に渡すと、敏江さんはすぐに消え去った。今日も大根おろしと漬けもので済まそうと思っていた矢先だったから、直助は単純にニンマリした。気遣ってか、幾度となく差し入れてくれる八百勢の敏江さんだが、正直なところ、直助は大層、有難かった。両親の残した金は老後に蓄えておかないと独り身では少なからず不安だった。そうはいっても、余裕を持てるほど多くはなかった。商売が傾いている以上、儲けどころか幾らかは取り崩して補わないといけない現状なのである。だからもう店を畳もうとしているのだが、閉じても次にやろうという仕事も浮かばない訳で、実際のところは、どうしようもなかった。
敏江さんが帰ったあと、さっそく直助は夕飯にした。いつもより食欲が増すのは何故なんだろう…と思うが、そのときには、すでに炊飯ジャーの中の飯が残り少なくなっていた。よく考えると、差し入れの肉ジャガで、もう三杯は、がっつり食べていた。━ ははは…炊かんとな ━ と、直助は呑気に思った。




