第二十六回
幸いなのかは別として、客が少ないだけ筆は進む。大学の頃には、もういくつかの短編は書き上げていた。かといって、上梓に及ぶほどではなかった。そして、取り分けてやりたい別の仕事もないまま、さも ━ そうしないといけない ━ という風に直吉の跡を継いでこの椅子に座り、本屋になったのだ。やがて、椅子に座りながら雑文を書き殴っているうちに、知らず知らず小説家を目指すようになっていた。その後、新人賞とかの作家登竜門を叩いてはみた。”頼もう!”と、剣客のごとく声はかけたが無しの礫で門前払いだった。それでも諦めず、二十年以上、こうして椅子へ座り、客番をしながら筆を執っている。直助の丈夫な精神構造が挫けるという撤収の行為をさせなかった。結果、未だに家業の足しにならないことを実直に続けている。次回作は、いいところまで進んではいた。だが、今の物音で筆は止まってしまっていた。しばらくウロウロと探すうちに、スゥーっと音は鳴り止んだ。屋根裏で鼠でも騒ぎだしたか…と、気を取り直して椅子に戻ったが、気を削がれて思っていた物語の筋立てを忘れてしまっている。メモ書きでもしておけばよかったのだが、あとの祭りだ。チッ! と舌打ちしたところで、どうなるものでもない。結局、執筆は頓挫した。さて、こうなると、ただ椅子に座っての暇な店番のみである。アアーッ! と一声、誰もいない店内で大声を発し、直助は両腕を上げると、大欠伸をひとつ打った。




