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第十九回

滅茶苦茶、好きなのだが、以前のように心が騒がないのだ。ある種の免疫が出来たように思えたが、それが何故かは直助自身、分からなかった。

 その後、二人の仲(これは一方的な直助の思い込みで、早智子は異性という対象で直助を見ていなかったようだが…)に進展があったのか? といえば、五十路に入った直助の現状を理解して戴いたならば、お分かりになるだろう。ただ一度、チャンスらしいチャンスがあったことも事実である。

 本の購入が終わると、早智子の規則的な来店はプッツリと途絶え、ふたたび直助に空虚な心の穴が出来てしまった。この時点で、なにがなんでも早智子を…という心のアグレッシブさがあれば、直助の人生は、また異質のものになっていたのかも知れない。しかし現実は、夕暮れ時の心の昂りが嘘のように消え、あたかも蝉の抜け殻なのである。ということは、早智子の出現する以前の自分へ逆戻りしたということに他ならない。その後、千載一遇のチャンスが訪れたのは、ある日、早智子が気まぐれに文照堂へ足を向けたためだった。康成の全集を買ってから、早智子は一度も直助の前へ現れたことはなかった。それが忽然と出現したのである。直助は過去の胸の高鳴りを、すでに忘れかけていた。一年以上も経てば、誰だってそうなるだろう。

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