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第十六回

しかし、落ちついて考えてみれば、大したミスをしでかしたのではない。煎餅を齧り、茶を飲んで、直助は、ははは…と笑い捨てた。

 直助には、ひとつ解せない疑問があった。それは、早智子がなぜ見つからない康成の全集に、たびたび足を運んだのか、ということである。本屋は直助の文照堂以外にも数店舗ある。文照堂になければ、他の店によってもよさそうなものだった。それも、一、二度なら分かるが、隔日の日参である。これには何か他の訳があるに違いない…と直助は推し量った。この点を突きとめねば…と、少し探偵気分になった。というより、やはり好きな娘の詳細、素性を知りたいと思う男心だったに違いない。

 夕刻になって、やはり例の五時半から六時の時間帯に早智子は現れた。

「あのう…溝上です。お電話戴いた…」

 早智子は遠慮ぎみに奥に座る直助の机に近づき、そう小さく言葉を漏らした。直助は今か今かと待っていた気持を悟られまいとする。まるで、デクノボウだ、と自らが思えた。

「…、あっ! 溝上さんでしたね。来てますよ。これなんですが…。装丁は、いかがでしょう?」

「素晴らしいです。ええ、これなら…」

 手に取って見る前に早智子はそう漏らした。

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