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第十二回
初めて早智子の方から声をかけられたとき、直助は正直いって狼狽した。
「川端康成ですか?」
「ええ…」
「それなら、そこにある文庫本だけです、申し訳ないんですが…。なんでしたらお取り寄せしましょうか? A6版ぐらいのを」
「出来れば、そうして戴けると…」
「分かりました。ここに住所とお名前を書いておいて下さい。あっ! それから、連絡先の電話番号もお願いします」
商売調にしゃべると、割合すんなり話せるのだ。今まで胸の内で燻っていたモヤモヤが嘘のように消えていった。
早智子は指し示された紙にスラスラと流暢に書き終え、直助に渡した。なかなかの達筆である。
「会社の電話なんですが、それでよろしいでしょうか?」
「はっ? ええ…結構ですよ。そうですか、和田倉商事にお勤めで…」
「ええ、まあ…」
和田倉商事といえば、中堅企業として、かなり有名である。




