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第十一回
一日おいて早智子がふたたび現れたとき、直助はついに重い腰を上げた。まず、書棚の本を整理しているような動作で少しずつ近づく。不自然に思われるのを避けるため、早智子の後方の棚本を不自然とならないよう、それとなく整理する。獲物を狙う蜘蛛のような動きだが、直助に他意はなかった。遠目で早智子を窺うと、項から肩にかけてのラインが、いかにも悩ましく、若い直助をそそる色香を放っていた。書棚に陳列されている文庫本は、別に意味のない世間一般で読まれている本類だ。直助には早智子がそれらの本を手にしないことが解せなかったし、だいいち、来るたびに同じ立ち位置でじっと佇んでいること自体が不可解だった。そして、そうした以上に、直助はもう早智子に惚れてしまっていた。夕飯の惣菜を考えていて彼女の姿が現れれば、これはもうはっきり言って、重症といえた。
━ 寝ては夢、起きては見つつ幻の… ━ そんなひと月が続いた。今の直助の歳なら造作もないひと言が、この時の直助には、かけられなかった。ピュアそのもののその頃を回想すれば、妙に照れくささが溢れ、直助は一人、赤面した。




