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夜明けのマーメイド  作者: 滝沢美月
前半戦
9/33

楽園×ハプニング



 青い海に、青い空――

 どこまでも広がる白い砂浜に、一気に気分が上がってくるのはきっと私だけじゃないはず。

 夏休み、の一足先に、終業式前の週末に行われる有志の臨海学校に来ていた。

 うちの四季ヶ丘高校は、県内最大級のグラウンドを完備して部活動に力を入れているっていうのも特徴だけど、もう一つは生徒の自主性を重んじてるとこ。

 生徒会とは別に有志実行委員というのがあって、その人達が季節事に有志の企画を考え、生徒は自由参加。春はハイキング、夏は臨海学校とキャンプ大会、秋はお月見会に紅葉ハイキング、球技大会、冬はスキー学校、かるた大会。毎年ちょっとずつ企画は違うけど、楽しい企画ばかりなのだ。

 修学旅行は春に終わってしまっているし、学校行事で学校の友達とお泊りというのは本当に今回が最後で、結構三年生の参加率が高い。

 かくいう私も夏休みになったら予備校通いだし、その前に思いっきり夏の思い出をつくろうと思ったわけ。

 菫や浅葱、他にもクラスの子や水泳部の子も何人か来ていて、だいたいは知っている顔で安心なんだけど……

 まさかね、引率が二年の学年主任の太郎先生と保健医の荒井先生と柳だなんて……

 学校を出発したバスが宿について荷物を置き、宿の目の前に広がる海にさっそく繰り出したところで、海岸のコンクリート塀に腰かける柳の姿をみて私はその場に立ち尽くした。

 いつも着てるサイドラインの入った黒のジャージを上下着ている柳は涼しげな顔してるけど、見てるこっちが熱くなるような恰好で、姿を見ただけで胸の奥が騒がしくなる。

 朝はばたばたしてて――浅葱が寝坊して時間ぎりぎりにバスに乗り込み、私達が乗ったバスは太郎先生が乗ってて、今のいままで柳が引率だなんて気づきもしなかった。

 いや、ちょっと考えれば分かったことだ。有志の引率ってだいたい新任の教師がつくって分かりきってたじゃない!

 ちなみに太郎先生っていうのは名前で呼んでいるわけではない、太郎が苗字なの。太郎 真之介(たろう しんのすけ)先生、確か今年で五十歳の社会担当。いまは二年の学年主任兼有志実行委員会の顧問。

 ついさっき、上昇した気分が一気に急降下していく。

 みんながきゃーきゃーはしゃぎながら海に飛び込んでいく中、砂浜に固まったように立ち止まる私に友達が声をかけてくれるが、うわの空でうまく返事できなかった。



 結局、柳とは試験最終日にプールで会うことはなかった。代わりに浅葱がやってきて、二人で自主練した。なんでも昇降口で菫に会い、私が自主練するって聞いて来たらしい。

 浅葱とたわいもない話でバカ騒ぎして、泳いですっきりしたら、柳のことで悩んでいるのが馬鹿らしくなってきた。

 面倒事がないならそれにこしたことないじゃん――って結論に落ち着く。

 その後の部活で顔を会わせた柳はいつも通り、気さくな笑顔で温和な口調。だけど、話す内容な事務的というか部活に関係する最低限のことだけで、廊下ですれ違った時は相変わらず話しかけてこなかった。

 実際に何があったっていうわけじゃないのに、私と柳の間には微妙に気まずい空気が流れてて、せっかく楽しみにしていた臨海学校がちょっと憂鬱になってしまった。

 まあ、柳と関わらなければいいのかな……



  ※



 学校行事としての臨海学校なら、遠泳ノルマとか海岸でゴミ拾い――なんてのがお決まりだけど、有志の臨海学校はちょっと違う。

 昼間は海で泳ぎ、泳ぎ、泳ぎまくり、ちょっとしたゲームをする。夕方からはみんなで夕食作り。いくつかの班に分かれて、買い物に行って調理して後片付けまでする。夕食後は、受験生もいるということもあって、二時間ほど勉強時間が設けられる。と言っても、参加は自由で、分からないところは分かる人に質問していいことになっている。

 班分けは実行委員の方でクラス学年関係なくランダムに決められていて、幅広い交友関係を築こうっていうのが趣旨。私と同じ班なのは、同じクラスの千歳(ちとせ)君、三年生がもう一人、二年生二人、一年生三人。

 少しの自由時間の後、実行委員が考えたゲームをやることになった。

 ゲームの内容は、クイズあり、体力勝負あり、班の団結力あり、時には運試し……?

 とにかくなんでもありのレクリエーション。十秒間に腹筋十回とか、浮島までみんなで泳いでいくとか、砂浜を掘ってお宝を見つけるとか、実行委員とのじゃんけん、あみだくじとか……

 座って説明を聞かされていた時は、なんて子供っぽい内容なのってちょっと引き気味だった生徒も――その中にもちろん私も入ってるけど――、レクが始まると、なんだかんだ言ってたけどみんな一気に気合いが入る。千歳君はお祭り騒ぎが好きみたいで気合十分、班のメンバーの肩を抱き寄せて円陣組んで、「おー!」って気合いを入れた。

 ちょっと馬鹿にしていた私も、いざ始まってみれば楽しくなってきた。

 腹筋は一年の男子が自信あるって言ってやってみごとノルマクリアできたのに、なぜか千歳君もやるとか言い出したり。

 数学の方程式の問題が出た時は二年の眼鏡男子がすらっと解いちゃって、お宝探しはみんなでスコップ握りしめて必死に砂を掘りまくった。

 その時に二年と一年の女の子と話して、こういう機会でもないと話すことがなかった子と話せてすごく楽しくて、ちょっと前の憂鬱なんてすっかり忘れて本当に楽しんでいた。

 九つの課題をクリアしたら、最後はみんなで泳いで浮島でスタンプもらってゴール。なんだけど。


「大丈夫、柚木さん?」


 一年の柚木 若葉(ゆずき わかば)さんが泳げないことが判明して、メンバーの心配そうな視線が彼女に向けられる。


「……大丈夫です、なんとかなりますよっ! だって、ここまでみんなで頑張ったのにゴールできないなんて悔しいです!」


 胸の前で両手に握り拳を作って、決意たっぷりに言う柚木さんの肩を私はぽんっと叩く。


「うん、最後までみんなで頑張ろっ」


 ここまで、ほんとみんなの力でやってきて、最後までやりたいっていう気持ちが伝わってきて、私は柚木さんに笑いかけた。水泳部員として、ここはサポートさせてもらおう。

 私の言葉に他のメンバーも頷き、それぞれに肩や手を叩きあって気合いを入れる。


「じゃ、行きますか」


 リーダー的な存在の千歳君が言い、レクリエーションの紙をしまった防水のプチケースを首から下げると、波が打ち寄せては引いていく海へとザバザバと入っていく。

 男子が先に行き、その後に女子が続き、私は柚木さんの手をしっかりと握って泳ぎ始めた。

 柚木さんは言っていたほど泳げないわけではなくて、まあ、バタ足はできてて、でも勢いが弱いから海の中だと波に押されてなかなか前に進まず、私が引っ張るように泳いでいく。

 途中、足がつかない深さになった時に、柚木さんがちょっと怖そうにしていたけど――この深さまで来たのは初めてって言ってた、頑張ると言った決意に満ちた瞳は陰ることなく前を向いてて、私は励ますように何度も柚木さんに声をかけながら泳いだ。

 スタンプポイントの浮島がもうちょっと、あと少し泳いだら目の前というときに大きめの波が打ち寄せてきた。

 私は波に飲まれないように足を大きく動かして波に乗るようにしたのだけど、ぐいっとつないでいた手に力が籠められる。慌てて振り返ると、柚木さんが波に飲まれてしまっていた――


「柚木さん――ゲホ、ゲホッ……!」


 驚いて柚木さんの名を呼んだ時に、もう一度大きな波が押し寄せて、まともに頭から波に飲まれてせき込む。

 柚木さんとつないだ手がぐいっと水中に引かれ、手がしびれてくる。

 離しちゃ駄目……

 それだけが頭をよぎって、考えるよりも先に、私は勢いをつけて海の中に潜った。

 目の前に広がるのは濃紺の海。日差しが刺しこんでキラキラと輝く水中は、普段なら綺麗とうっとり眺めてしまいたくなるけど、今は緊急事態。つないだ手の先で柚木さんがどんどん沈んでいくのが分かる。柚木さんの口元から白い泡が水面に向かって上がっていく。それが最後の息だったようで、柚木さんはぐったりとしている。

 私は柚木さんの腕を引きよせるようにしてすぐそばまで行き、彼女の腰に手をつないだままの腕を回し、反対の腕でも腰を支えて、思いっきり足を動かし水面を目指す。

 ザバンッ――……

 水面に割るように顔をだし、柚木さんの顔を覗き込むと、ケホッケホッ……と咳き込み、うっすらと瞳を開ける。


「――大丈夫!?」


 問いかけに、弱弱しいが頷きが返ってきてほっと胸をなでおろす。


「おい、大丈夫か!?」


 異変に気づいた千歳君や他のメンバーが側に寄ってきてくれて、男の子二人が柚木さんの腕をとって浮島まで連れて行ってくれた。

 よかった、もう大丈夫だね。浮島には実行委員がいるから安心だ。

 そう思った直後、ザバッという波音と共に再び大きな波がすぐ目の前に押し寄せていた。

 普段だったら、そのくらい簡単にかわせたのに、その時は安堵して油断していたのだ。

 一瞬の判断の遅れで、私は波に飲みこまれ、ぐるぐると体が回る。

 視界はどこまでも澄み渡るオーシャンブルー。それなのに、ふわふわ、ぐるぐる……

 泳いでる間隔がどんどん遠のいていく。

 さっき、いっぱい海水を飲んでしまったからだろうか。喉の奥が塩水でヒリヒリして、呼吸がうまく続かない。腕は柚木さんを支えた時のしびれがまだ抜けてなくてうまく動かない。

 そうなって、ぼんやりと自分の状況を理解する。

 あーあ……、水泳部員のくせに溺れるとか、恥ずかしいなぁ……

 誰かが私の名前を叫ぶ声が聞こえたけど、水中にいる私の耳にはさざ波のようにしか聞こえなくて、コポッと最後の息を吐き出して、意識が遠のいていった――




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