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夜明けのマーメイド  作者: 滝沢美月
前半戦
8/33

通常じゃない日常



 週が明けて七月になり、期末試験一週間前に突入した校内はわずかにピリピリした空気に包まれている。

 部活動に力を入れている我が校だけど、偏差値は中の上くらいで、決して頭の悪い学校ではない。というか、部活に力を入れるあまり生徒の成績が低下した過去があるらしく、それ以来、試験で赤点とると部活には参加できず放課後は補講漬けの日々となる。

 だから、普段部活ばっかであまり勉強していない生徒でも、試験一週間前で部活が休止になると、放課後はがむしゃらに勉強するというわけ。

 部活のためだけではなく、目前に控えた夏休みが補講漬けになるのも最悪だよね。

 そんなわけで、この時期、廊下はいつもより静かだし、教室の中は張りつめた空気が漂っている。

 私はといえば、普段は部活で一緒に帰れない菫と帰ること以外は、試験前のこの時期も割といつも通りに過ごしている。

 まあ、普段、予習復習もそれなりにして、成績はそんなに悪い方じゃないから、試験前だからって焦ったりはしない。試験対策ノートを作って、普段は部活に充てている時間を勉強に使うだけ。

 通常のようで、ちょっと日常じゃない一週間を過ごして、試験が始まった。



  ※



 試験最終日、最後の科目が終わった瞬間、クラスのあちこちで安堵のため息が漏れる。

 私も、最後が苦手な英語だったということもあって苦笑いして、シャーペンをしまったペンケースを鞄の中に放り込んだ。

 隣や後ろでは、「どうする? どこ行く?」と、さっそくこの後の予定を話し合っている声が聞こえる。

 前の席に座る菫が振り返り、私にも同じように尋ねてきた。


「ねっ、今日は帰り、どこか寄っていく?」


 部活は今日まで休みってことになっていて、部活がある日や試験前は無理だから、試験最終日は菫と寄り道するのが定番になっている。だいたいどこかでお昼を食べてから、ウィンドショッピングしたり映画見に行ったり、そのままファミレスで何時間もおしゃべりすることもある。だけど……


「ごめんっ!」


 私はぱんっと軽快な音を立てながら顔の前で両手を合わせて頭を下げる。


「今日はちょっと自主練しようと思って……、ほんとごめんね、菫ぇ~」

「そっか。うん、わかった」


 楽しみにしていたみたいなのに、そんな私の我が儘に嫌な顔せず、菫は頷いて笑ってくれた。


「埋め合わせは今度するね~」

「うんっ!」


 ちょうどその時、担任が教室に入ってきて、菫は前に向きなおした。

 帰りのホームルームは特に連絡事項はなくすぐに終わり、晴れ晴れとした表情で教室を出ていく生徒の中を、私はぎゅっと唇をかみしめ、決意を宿した瞳で教室を出た。

 向かう先は部室棟。昇降口に向かう流れを横切り、体育館と教室棟の間の渡り廊下に出て、私はちょっとため息を漏らす。

 この場所で、遭遇する確率は高いと思ったんだけど……

 無意識に視線を体育館の上方に向けていた。この上にはきっといるはず。そんなことを考えて、頭からその思考を振り払い、気にしていないそぶりで部室に向かった。

 通常で、ちょっと日常じゃない一週間、そんなふうになったのは、月曜日の朝の出来事が原因かもしれない。



  ※



 試験前で部活が休みなのは朝練も同じなのに、ついいつのも癖で早く学校についてしまった私は、教室に寄らずに自転車置き場から図書館に向かっていた。

 ちょうどその途中、職員用の駐車場の横を通った時、車から降りてきた柳と会ってしまった。

 以前にもここで会ったことがあって、その時は車の中から出てきた、何に使うのかよくわからない本がたくさん入った段ボールを体育教官室まで運ばされた。

 また面倒事が降りかかると思って、条件反射でその場に踏みとどまった私から、柳はすっと視線をそらした。

 ……、なに?


「おはようございます……」

「ああ、はよ……」


 そのまま素通りしてもよかったけど、視線が合っているのだから挨拶だけしていこうと思ったのに、返ってきたのは素っ気ない言葉だった。

 一瞬、私に視線を向けた柳の瞳は、普段の穏やかさはなく、言い知れぬ熱が宿っていたような気がして、内心首をかしげる。だけど、その瞳はすぐにそらされ、そのまま私の方を見ずに柳は歩いて行ってしまった。

 昼休みに廊下ですれ違った時も声もかけてこない柳の態度がなんだか気になってしまった。

 別にね、面倒事を押し付けられなくてせいせいしているんだけど、この三ヵ月で柳に用事を押し付けられるのに慣れてしまったのか――慣れたくなんかなかったけど、柳のよそよそしい態度がイライラする。

 いつも、たくさんの女子に囲まれてて、こっちが話しかけるなオーラ出してても必ず声かけてくるのに、視線があっても私の名を呼ばないのが、普通なのに普通に感じられなくて。こっちを見ようともしない柳の態度が、私の胸の中にもやもやとした塊を広げていった。

 結局、その後も柳とは一度も話していない。試験前で部活もないから普段よりも顔を合わせる機会が減ったっていうのもあるけど、なんか意図的に避けられてるように感じて気に食わない。

 私が何したっていうの!?

 とにかく、そのもやもやを消し去りたくて、でも柳に理由を聞くのはなんだか癪で。

 無心で泳いで気分をすっきりさせようと考えたわけ。

 もしかしたら、プールに向かう途中の渡り廊下で、プールで泳いでいる時に、柳に会うかもしれないと考えたことには、気づかないふりをする。




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