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夜明けのマーメイド  作者: 滝沢美月
前半戦
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夏の香りの帰り道



「あー、今日も泳いだぁ~」


 満足げに漏らした私の声に、隣を歩く浅葱が苦笑する。


「ほんっと、好きだよな、泳ぐの」


 部活後、最終下校時刻ぎりぎりまで泳ぎ、いまさっき部室に駆け込んで制服に着替えて、校門に向かって学校の敷地内を歩いている。

 すでに空は真っ暗で、点々と立つ街灯が真下の地面だけを照らしている。

 もうすぐ七月になるっていうのにまだ梅雨明けしなくて日中はむしむしするけど、日が落ちてしまえばまだ少し肌寒い。半袖の制服の上に羽織った長袖のカーディガンをそっとさする。

 横に視線を向けると、浅葱の瞳がちょっと寂しげに陰っているように感じて首をかしげる。


「まーね。そういう浅葱こそ……」


 そう言って、私はここのとこずっと思っていた疑問を口にする。


「二年までは自主練なんてしないでさっさと帰っていたのに、どういう風の吹き回し?」


 もともと、浅葱はそんなに練習しなくてもうまいんだ。自己流に近いのにフォームは綺麗だし、どんなに泳いでも疲れてぶれることがない。おまけにタイムもかなり早い方だ。

 幼い頃の浅葱は天才肌だって思ってたけど、全く努力していないわけじゃないのを幼馴染としてそばで見ていた私は知っている。

 でも、水泳を始めたのが遅ければ、あまり上手くない私ががつがつ練習するのに対して、浅葱はどちらかというと短期集中型っていうのかな? 部活の時間にしっかり集中して、その短時間で吸収しているかんじ。

 だから浅葱が自主練しないのを怠慢だなんて思わないし、人それぞれやり方はあるから口出しするつもりはなかったけど。

 三年になってから、浅葱は毎日のように部活後に残って自主練するようになった。今までは一緒に帰ることって滅多になかったのに、四月からはほとんど一緒に帰っていることに気づく。

 もしかして私につき合わせてる――?

 そう思ったけど、それは自意識過剰かな。

 私の問いかけに浅葱は一瞬口をつぐみ、それから素っ気なく返事する。


「……、別に。ほら、もうすぐ夏の大会だろ? 俺らももう最後だし」


 夏の大会が近いのは本当だし、三年生の私達にとっては最後の大会になるのも事実。浅葱が気合い入るのは分かるけど、居残りの理由としてはなんだかしっくりこない。

 納得できなくて視線を浅葱に向けると、浅葱は鞄を持った腕をまっすぐ伸ばして円を描くようにして上にあげて肩に担ぎ、月が輝く夜空を仰ぎ見る。


「あ~、腹へったぁ……、瑠花、なんかくいもんない?」


 おどけて尋ねてくる浅葱を片目を眇めて見、それからため息を吐く。


「ないよぉ、いつもそれ言ってるよね? お腹すくの分かってるんだから自分でお菓子持ってこればいいじゃない……」


 呆れ半分、諦め半分で言う。

 浅葱があからさまに話を逸らしたのが分かったけど、私にもそれ以上この話を続ける気はなかった。


「ほら、あそこでパンでも買ったら?」


 目の前に見えてきた校門のそばにある食堂、その横に八畳くらいの広さの小さな建物があって、自販機室になっている。

 飲み物の自販機だけでなく、菓子パンの自販機もあるのだ。


「え~、やだよ。あのパン、ぱさぱさしてまずいしさ」

「えー、それがおいしいのに」


 自販機で売ってる菓子パンは、渦を巻いたディニッシュパンで味はプレーン、小豆、季節によっていちごとかさつまいもとかあるんだけど。ちょっとパサつき感がある。でも、クロワッサンみたいな感じのパサつきで、まずいわけじゃないんだよね。私は結構お気に入りなのに、浅葱は嫌いらしい。


「じゃー、角のコンビニまで我慢しなよ」


 私と浅葱はチャリ通で、学校からわりと近い場所にコンビニがある。


「んー」


 私の提案にあいまいな相槌を打った浅葱は、くんっと鼻を鳴らす。


「なんか、匂う……」


 その言葉に首をかしげる。私も浅葱のまねをしてくんっと鼻に空気を吸い込むけど、新緑の葉っぱの香りが少しするだけ。


「そう?」

「うん、なんか甘くていい匂い……」

「あっ、もしかして」


 浅葱の言葉に、はっと思い出す。

 そうじゃん、今日、調理実習でマフィン作ったんだった。

 なんか色々考えてて、すっかり食べるのを忘れていた。

 自転車置き場についた私はプールバックを自転車の前鍵に放り込み、サドルに鞄を載せてがさがさと中をあさる。マフィンの入った紙袋を見つけ、一瞬躊躇してからマフィンを一つ取り出して浅葱にはいっと渡した。


「今日、調理実習で作ったの。本当はあげたくないけど……」


 そう言ってちろっと睨んだ私を、浅葱はいつものあどけない笑みで受け流す。


「まぁいいや、浅葱にあげる」


 言いながら自分用にも一つ取り出して、カップの紙をはがしながらかぶりつく。

 すきっ腹にしっとりとしたバターの生地が浸みて、胃がきゅーっとなる。


「ちょーうまい! さすが瑠花」


 ちょっと大げさに浅葱がうまいうまい言うけど、なんだかその様子がおかしくて笑ってしまった。

 私もかなり泳いでお腹が空いてたのよね。早く帰って、夕飯食べよ。




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