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夜明けのマーメイド  作者: 滝沢美月
前半戦
4/33

幼馴染の忠告



 一度教室に戻ってお弁当をとってきてから、私は学食に向かった。

 学生食堂の中はたくさんの生徒でにぎわっていて、席もほとんど埋まっていた。私はその中から、先に来ているだろう菫を探して視線をめぐらせ、窓側の柱の側の机に座っている菫の姿を見つけた。そして、その前の席に幼馴染の桃原 浅葱(ももはら あさぎ)が座ってて、ちょっとビックリする。


「浅葱?」


 その横には紅谷(べにや)君もいる。

 浅葱と紅谷君は同じ三年一組で、紅谷君とは私も一年の時は同じクラスだったからそれなりに仲がいい。


「私が来たとき、もう席がいっぱいでね、桃原君がここどうぞっていってくれたんだ」


 そう言って説明してくれた菫に笑いかけ、私の分に取っておいてくれた席から荷物をどかしてくれたから、その席に座りながら頷き返す。


「そうなんだ、ごめんね、先に行ってもらって」

「ううん、大丈夫だよ。柳先生はなんだって?」

「んー、わざわざ呼びつけて言うほどの価値のないくだらないこと」


 辛辣に言った私に、菫はきょとんと眼を見開き、斜め向かいに座る浅葱と視線がぶつかって、私の言葉の意味を理解したように浅葱は苦笑した。


「瑠花、四限体育だったのか?」

「うん、そー。でさ、帰りに呼び止められて~」

「あれって、絶対、瑠花のこと待ち伏せてた感じだよね」


 ちょっと興奮気味に菫が付け足してくる。


「もーよけいなこと言わなくてよし」


 だから私は、ぺちっと菫のおでこを叩いて牽制する。

 浅葱は菫の言葉を聞いて、面白いことを聞いたというようににやっと笑う。


「ふ~ん、待ち伏せてまで何の用だったんだ?」

「職員会議があって俺いないから、練習メニューは昨日と同じでやっておいて――だって。浅葱にも伝えておくように言われた」

「それだけ?」

「うん」


 悪戯っぽい笑みから一転、キョトンとする浅葱に、私は苦笑して頷く。


「そう思うでしょ? わざわざ呼び止めてまで言う必要なくない?」


 そうなの? って困惑してる菫に私は力強く頷く。


「だって、職員会議があるって、昨日聞いたし」

「そーなんだ」


 菫が苦笑し、紅谷君はちょっと呆れてる。


「いちいち言う必要ないと思うでしょ?」


 同意を求める私に三人の視線が集まり、頷き返す。


「あー、もしかしてあれだろ。瑠花もバタフライ教えてやれって言われたんじゃないか?」


 私の口調から、イライラしていることに敏感に気づいた浅葱が、同情するように苦笑した。


「そーだよぉ……、ってか、もしかして浅葱も?」

「あー……、俺も?」


 そう言った浅葱は視線が泳いでる。しかも疑問形で紅谷君を見てる。視線を受けた紅谷君は苦笑して浅葱の言葉の続きを親切に説明してくれた。


「初めはね、桃原に教えるように言ったんだけど、あまりに教え方が下手すぎて……、俺が代わりに教えるように頼まれた」

「ごめんねぇ、紅谷君。うちの幼馴染が不甲斐なくて……」


 その光景がありありと想像できて、私はうなだれる浅葱に代わって、顔の前で手を合わせて謝った。

 浅葱は小さい頃から泳ぐのが上手で、水泳に関してはほんと天才少年って言われてたくらい。

 誰かに教わる前に泳いでるのを見て泳げるようになっていたっていう天才肌。だから教えるのは苦手というか、できるのが当り前だったから、こうやったら上手くできるっていう説明ができないらしい。

 それに対して私は、小学校まではそんなに泳ぐのは上手じゃなかった。六年生の時の水泳大会で負けたのが悔しくてもっと上手に泳げるようになりたくて、でも浅葱は教え方が下手で教われないし、親に頼み込んでスイミングスクールに通って、半年でバタフライ二十五メートル泳げるまでになった。だから、教えてもらった記憶は新しい。


「――でさぁ、教えなさいって柳が言ったのに、いきなり俺が教えるからいいとかって言いだすのよ。意味不明でしょ?」


 授業での出来事を説明していたら、苛立ちを思い出して口調がとげとげしくなってしまう。

 怒りながら説明する私の言葉に、隣で菫がこそっと「男子にも教えててね……」と付け足すと、浅葱と紅谷君が顔を見合わせて、渋い表情になる。


「うーん、それはなんというか、柳先生がギョッとする気持ちも分かるかな……」


 苦笑して頷く紅谷君と。


「なにやってんだよ、瑠花……。そんなの男に任せておけばいいだろ?」


 呆れてため息つく浅葱に、私はついむきになって聞き返してしまう。


「なんで? 教えてほしいって言うから教えてただけなのに、なにがいけないの?」

「これ、本気で言ってるんだよね……?」

「ああ……」


 またまた顔を見合わせて苦笑する浅葱と紅谷君に、不愉快そうに顔をしかめると、恐る恐るといった感じで浅葱が言ってくる。


「あのさ、男に泳ぎ方教えるとか、問題じゃない?」

「なんで?」


 さっきと同じ問い返しに、浅葱ははぁーっと大きなため息をつく。それが馬鹿にされているようで、カチンっとくる。


「だって、部活中も後輩に教えたりしてるんだからなにも問題ないでしょ? 男子だってちゃんと教えられる自信はあるよ」


 胸を張って言ったのに、紅谷君が片手で頭を抱えて苦笑してる。


「これ、自覚なしなんだよね……?」


 机に肘をついた片手で頭を抱え、視線だけを浅葱に向けて尋ねる紅谷君に、浅葱は諦めたように首を一度縦に振った。


「大変な幼馴染もってるな……」


 苦笑交じりに呟かれたその言葉が聞き捨てならなくて、つい聞き返してしまう。


「なにそれ、どういう意味よぉ?」

「ん? かわいい幼馴染もって大変だねってこと」


 頭を押さえていた腕を外して、爽やかな笑顔を浮かべて紅谷君に言われてしまい、どう受け取っていいのか困る。

 どういう意味なのかわからない……

 単純に困って言葉が出てこないでいると、横から浅葱が身を乗り出して、念を押すように言ってきた。


「瑠花、部活の時はまだしょうがないけどな、授業の時はダメだ、絶対にやめろ」


 いつもぼけぼけしてる浅葱が真剣な眼差しを向けてくるから、私は反論するのをやめて渋々頷いた。




「恋をあきらめたその時は…」の紅谷さん(高校生時代)の登場です!


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