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夜明けのマーメイド  作者: 滝沢美月
ロスタイム
30/33

プールのマーメイド side柳

※ 拍手お礼小説として載せた第10.5話です。



 白い壁、その上には観客席、高い天井は弧を描きライトがいくつも並んで水面を煌めかせ、室内にはプール独特の塩素の匂い。五十メートル十コースのメインプールとの横には飛び込み用のプールがある。メインプールとは別にもう二つプールがあるここは、県立の国際水泳場。

 競泳目的に利用されることが多い国際水泳場にいるのは水泳団体が多く、個人利用もできるが、そのほとんどが泳ぎの得意な者だろう。

 煌々と太陽が照りつけるこの時期、遊泳を目的とする若者たちはスライダーや流れるプールがある水泳場にひしめき合っているだろう。

 それなのに俺は今年もそういうプールとは無縁か……

 この日も大学のサークルの仲間と泳ぎに来ていた俺は、そんなことを考えて小さなため息をついた。

 大学にはプール施設があるが老朽化のため水栓がつまり改修工事が決定し、大学の側にある国際水泳場に今年の夏はお世話になることになっていた。

 夏の大会が目前に控え、いくつかのコースを貸し切って練習に打ち込んでいたのだが、ふっと上げた視線の先に、高校生くらいの男女がプールサイドを歩いている姿が目に入る。

 なんとなくその姿を見ていたら、肩に思いっきり体重を乗せるように同期の友人がもたれかかってきた。


「いいよなぁ~、高校生くらいか? プールデートとか憧れるなぁ~」

「重たいだろ、ってか、デートか?」


 いいよなぁ~と呟く友人に、訝しげに問いかける。

 デートで競泳用のプールとか色気なさすぎだろ……

 そう思ってよくよく見ると、女の子も男の方も競泳水着を着てるじゃないか。


「デートじゃないだろ……」


 ぼそっと呟いた言葉は友人には聞こえなかったらしく、まだ何事かを愚痴りながらプールに飛び込んでいった。

 その夏、あの高校生二人組を見かけることは多かった。

 偶然にも、プールに来る時間帯がかぶっていたらしい。

 なんとなく気になって様子をうかがっているうちに、やはり恋人同士ではなさそうな雰囲気に、なぜか安堵のため息をつく。

 窓から差し込んでいた日差しが傾き、観客席の上にある窓が暗闇に塗られた頃、耳に聞こえてきた声に顔を上げた。


「まだやるのか?」

「うん、もうちょっとだから」

「そう言ってもう二時間以上泳いでるんだぞ……?」


 呆れぎみに言う少年に、でも……と少女が俯きがちに言葉を紡ぐ。頼りなげな声音とは裏腹に、顔を上げた少女の瞳はまっすぐで意志の強い輝きを放っていた。


「うん、でもここでやめたら諦め癖がついちゃうよ。私はもっと先を目指すの」


 そう言って苦笑する少女に、少年はあと三十分だけだからな、あんまり遅くなるとおばさんが心配するだろと渋々といった様子で苦笑した。

 夏の大会を控えた俺の調子は怖いくらいに良くて。良すぎる調子になぜだか漠然とした迷いがあって、ここのところ悶々としていた俺の胸に、少女の言葉がしみわたる。

 私はもっと先を目指すの――

 もっと先、俺の未来にはどんな希望が待っているのだろうか――

 そんなことを想像して、ふつふつと胸の内から闘志がみなぎってくる。久しぶりに感じる高揚感に、俺は力強く飛び込み台を蹴り上げ、プールへと綺麗な弧を描いて飛びこんだ。

 その夏の大会、俺は自己ベストを更新して県大会までいった。胸の中に少女の言葉を抱えて。それは大切な宝物のようで――

 怪我をしたのはその数ヵ月後だった。




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