表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夜明けのマーメイド  作者: 滝沢美月
前半戦
3/33

親友の懸念



「もー、なんなの。『俺が教えるからいい――』ってっ! だったら始めっから自分でやればいいじゃない。生徒に指導任せて、職務怠慢じゃない!?」

「あはは、瑠花(いか)ってるね~」

「当り前だよ。ムカつかない? 教えろ、とか、教えるな、とか」


 授業が終わり、プール横の女子更衣室で着替えていた私は、つい先ほどの出来事を思い出して叫ばずにはいられなかった。

 ほんとっ、なんなの柳――!

 ぷりぷり文句言う私の横で、菫が難しい顔してなんか唸っている。


「それってさ、もしかして……」


 もったいぶって言う菫を見つめながら、制服に着替え終わった私はプール用具を入れた肩掛けのビニールバックを肩に下げる。


「柳先生は、瑠花のこと心配してくれたんじゃないかな?」


 心配……?


「何を?」


 キョトンと聞き返した私に、菫は目を見開いて驚いた顔している。

 着替え終わった菫と一緒に更衣室を出て、教室棟に続く渡り廊下を歩きながら菫が言う。


「えーっと、男子を教えること? なにか変なことされたりとか……」


 そう言う語尾は少し恥ずかしそうに小さくなっていく。


「なに変なことって……?」


 呆れて聞き返した私に、菫が「だって」と話を続ける。


「水着で男子の近くに行くの、恥ずかしいじゃない?」

「そうかな?」

「それが、教えるってなったら、触ったり、肌が触れたりするわけでしょ?」

「まあね、指導するなら密着したりするのは仕方ないことだものね」


 バタ足の練習とかだったら、上半身で相手の腰を支えて太ももから足を動かすように足全体を腕で抱えるようにして指導したりする。そんなことを想像しながら言う私に、菫ははぁーっと大きなため息をついた。


「そういうの、嫌だって思わないの?」

「別に?」


 即答した私に、菫ががくっと肩を落とす。その表情は落胆というか呆れてるというか。


「んー、まあ、男臭いとか、脛毛がびっしりの足とか、嫌だけどさ、教えるならそんなこと気にしてられないでしょ?」


 そういえば、今年の新入生でバタフライ泳げないって男の子がいて、私が教えたっけなぁ~と思い出す。

 もしかしたら、柳はそのことを覚えていて、というか見ていて、今日の授業でも私に教えなさいって言ったとか……、ありえるなぁ……


「普通はさ、水着ってちょっと恥ずかしかったり照れたりすると思うよ」


 普通はねともう一度言って苦笑する菫に、私は首をかしげる。


「そうなの? だって部活で毎日着てるからそんなふうに考えたことなかったよ。ほら、バスケ部がユニフォーム着て恥ずかしいなんて思わないでしょ? それと同じ」

「うーん、瑠花が言うならそうなのかな。じゃあ……嫉妬とか?」

「はぁ? 何言ってんのよ、誰が何に嫉妬するわけ? 意味わかんないよ……だいたいさ、そんな変なこと気にするなら始めっからやれなんて言わなければいいのにっ、柳って理解不能っ!」


 悪態をついたちょうどその時、渡り廊下の数メートル先で、柳が壁に寄りかかりながら立っている姿が見えた。校舎の入り口の反対側、体育館の入り口の横で、柳がこっちを見ていて、視線が交わる。


「東雲」


 しれっとした顔で呼ばれてちょっとムッとして、思わず足が止まってしまう。

 教室棟の入り口まであと六歩くらいだっていうのに。


「じゃあ、私、先に行ってるね」

「うん……、ごめん」


 立ち止まった私に済まなさそうに菫が言って、先に教室棟に入っていってしまった。菫は柳の前を通る時、律儀にぺこっとお辞儀をしていった。

 体育は四限でいまはもう昼休み。菫は今日、学食って言ってたから、席がなくならないうちに早く行きたいのだろう。

 私は菫の姿が見えなくなるまで目線で追い、一瞬、その場で躊躇ってから、柳の方へゆっくり近づいた。


「なんですか……、柳センセ(・・・)


 さっき、柳って呼び捨てにしていたのを聞かれていたから、つい嫌味っぽい言い方になってしまう。


「ああ……」


 そう言って柳は私から視線をまっすぐ、教室棟の入り口に向ける。銀縁眼鏡の奥の瞳が戸惑うように揺れてみえて、内心首をかしげる。


「今日、職員会議があって俺いないから。練習メニューは昨日と同じでやっておいて。桃原にもそう伝えておいてくれ」

「――、わかりました」


 一瞬、言おうとした言葉を飲み込んで、私は素っ気なく答えた。

 別にいないのなんていつものことじゃん。わざわざ待ち伏せてまで言うこと?

 さっきまでのイライラがよみがえってきて、心の中で憤慨していると、見られているような視線を感じて、訝しげに首をかしげた。


「なんですか? まだ、なにか……?」

「……本当に、なんにもなかったか?」

「…………?」


 なにが本当にで、何がなかったと聞きたいのか私には分からなくてキョトンと首をかしげる。

 困惑して見つめる私の視線の先で、柳はふっといつもの涼やかな笑みを浮かべた。


「いや、いい……」


 そう言って柳は踵を返して体育館の中に入っていった。




そんなに心配なら初めから女子と男子合同で水泳の授業なんてやらなければいいじゃん!

って思うけど、無駄に広いプールだから合同でやるんです、はい……

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
↓コメントいただけると嬉しいです!↓

↓ランキングに参加しています。ぽちっと押すだけです↓
小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ