うらはらな春
結局、冬休みは予備校の後に一度会って、初詣も一緒に行った。
この辺りのところだと知っている人に会うかもしれないからって、ちょっと遠くの場所まで柳が連れていってくれた。
柳はごめんって言うけど、私は目的地に向かうまでの移動中も楽しかった。
他愛もない会話も、会話がなくても一緒にいられるだけですっごく幸せな時間だった。
三学期になると受験も本格的になり、センター試験を皮切りに大学入試が始まる。三年生は数日登校日があるけど三学期は基本自由登校。
国立志望の私はセンター試験を受けるから、前日二日間に対策授業を受け試験後は自己採点とその結果によって志望校を検討するために学校に行く。
その後もちょこちょこ前期日程の勉強のために学校は行ったけど、授業があるわけじゃないから柳には会わない。
一・二年生が授業中は自習室で勉強して、放課後は分からない科目の先生に質問に行ったり。同じ校内にいてもまったく顔を会せない。メールも、柳は職務中だし、私は私で返信が来ないとか気になって勉強に集中できなくなっちゃうから学校にいる間はしないことにしていて、ほんとぜんぜん会わずに一ヵ月以上が経ってしまった。
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「……そうか、じゃ、帰る前にこのプリントだけ提出していって」
「はい、わかりました。……ありがとうございました」
職員室、担任から渡されたプリントを受け取って、私は腰を九十度に曲げて深々とお辞儀した。
すべてが担任のおかげってわけじゃないけど、お礼を言いたくなったのだ。
「ああ、お疲れ様。無事に春からは大学生だな」
目尻にたくさんの皺を作って安堵の笑みを浮かべた担任に頷き返し、私は今度こそ職員室を出て、後ろ手に白い扉を閉め、ほぉーっと吐息を漏らした。
三月にはいって、まだ受験がこれからって人や合否がまだ出てないって人もいる中での合格報告は少し緊張する。
自分だけが安心できるところに進めたのがちょっと後ろめたくて、でも、はやる気持ちも止められない。
センター利用で受けられる私立も二つ滑り止めに受けて、その私立と国立の結果が出たのが数日前。私立で早いところは二月の初めに結果が出るとこもあるけど、私が受けたのはタイミングがいいというか国立の結果とほとんど変わらない時期だったから、受けたとこすべての結果が出てからどこにするか決められてちょっと心が軽かった。
一応、滑り止めの私立も国立もすべて受かって、本命の国立に行くことに決めた。
担任に渡されたプリントを書くために教室に戻ると、国立前期日程の結果が出て報告に来ていた数人のクラスメイトに会いそれぞれの結果を教えあって、プリントを職員室に出しに行って、私は図書館に向かった。
図書館二階の談話室、衝立で区切られた一人用のスペースへ行き、私は鞄から携帯を取り出してメールを打った。
毎日一通は必ずメールしていたけど、こんな昼間にメールするのは久しぶりかもしれない。
メール送信してほどなくして、マナーモードにしている携帯が着信を告げてピカピカと光る。携帯のボタンを操作して開いたメールに私は微笑を浮かべた。
『いまどこ?』
メールの相手は柳で、「結果報告に学校に来ています」と送ったメールに対して簡潔すぎる内容に、柳が焦っている姿が目に浮かんで苦笑する。
「図書館です」
『いまは授業ないけど、次授業だから…』
だから行けないと続くであろう言葉を正確にくみ取る。ってか、授業なくても、体育教師の柳が図書館に来たら不自然でしょ。
「適当に時間つぶして、部活に顔だします」
そう打って手を止め、視線を図書館の壁に掛けられている時計に向ける。
今はちょうど五限目で、あと一時間ちょっともすれば部活の時間になる。
「久しぶりに泳ぎたいので」
続きの文章を打って意地悪な笑みを浮かべて、私は送信ボタンを押す。
もう何ヵ月泳いでないだろう? 水の感覚が恋しすぎて、実はプール道具をちゃっかり持ってきてしまった。
去年のこの時期、そう言って泳ぎに来る三年生もちらほらいたから、私も部活に飛び入り参加しちゃおうと思ったのだけど。
案の定、数分も立たないうちに返信が返ってくる。
『部活に行く目的はそれだけ? 妬けるな…』
普段の穏やかな笑みじゃなくて、ふてくされた表情の柳を思い浮かべて、頬が緩んでしまう。
「うそです。先生に会いたいから部活に行くんです」
泳ぎたいのも嘘じゃないけど、柳に会いたいという理由のが断然大きい。
意地悪でわざと送ったメールに柳が焼きもち焼いてくれたことが嬉しくて、喉の奥がきゅっとなる。
柳に最後に会ったのは、センター試験後に自己採点で学校に来た時だった。その後も学校にはちょこちょこ来てたけど会うことはなくて、今日、本当に久しぶりに柳に会うことになる。
学校に来てない間の土日で会える日も会ったんだけど、やっぱり受験生だし気を緩めたらいけないと思って、会いたいっていう柳の誘いを断った。それ以降、柳は私の意思を尊重してくれたのか、そういう内容のメールは来なかった。
だから本当に久しぶりで、でも久しぶりすぎて、素直に私も柳に会いたかったなんて言えなかったっていうか…
恥ずかしいことを悶々と考えていて、私はふっと首をかしげる。
さっきまでテンポよく来ていた返信がこない。
でも、授業がないっていっても柳は勤務中なのだから仕方ないか、と思い直す。
私は携帯をポケットにしまって席を立ち、暇つぶしになるような本を探しに書架へと向かった。
タイトルは「うららかな春」の間違いではありません(笑)




