聖夜のマーメイド
「東雲……?」
じぃーっと自分の手を見つめていた私に、心配そうに柳の声がかけられる。
ふっと視線を窓の外に向ければ、クリスマスイルミネーションで輝く街路。ショーウィンドーには星のオーナメントがつるされた紐の下で楽しげに揺れている。
「センセイ、本当にいいんですか……?」
「ん?」
優しげに首をかしげて聞き返す柳の瞳を私はまっすぐに見つめ返す。
「私でいいんですか……?」
恐々と尋ねれば、一瞬目を見張った柳はすぐに私の言葉を理解したようにとろけそうな甘い笑みを浮かべる。
「いいもなにも、俺は東雲がいいんだよ」
なんでもないことのように、柳は私が欲しい言葉をくれるから、胸の奥がきゅっとなる。
「センセイは大人じゃないですか、生徒は恋愛対象外って暗に一線引いてたでしょ……?」
柳は気付いていたのかっていうようにちょっと片眉を上げ、それから困ったように眉尻を下げる。
「東雲は特別だよ」
そんなふうに言われたら、どんどん欲張りになってしまう。
「卒業までは俺達の関係は周りにばれないように二人で出かける時は気をつけないといけないけど、ばれてもどうにかなるよ」
絶対にばれないとは言い切らない柳。それでも、ちゃんと守るって視線が強く見つめてきて、私はコクンっと頷く。
ずっと私の胸に溜まっていた不安がすぅーっと水に溶けるように消えていく。
私を見る柳の瞳の中にうっとりするほど甘い光がきらめいて、私を射とめるようにきらめく。
「大切にするし、ちゃんと守るよ。東雲を誰にも渡さない」
瞬間、どきって私の心臓が強く鳴ったのが聞こえた。
どうしよう、こんなに胸が壊れそうな言葉は言われたことがない。
狭い空間の中で、柳の存在をすごく近く感じて、心臓が壊れそうなくらいドキドキいっている。
大切な宝物のように言われた言葉に、心から思う。
大好きだって。
柳の側にいたいって。
見つめてくる柳の魅惑的な瞳に押されるように、私はゆっくりと唇を動かす。
「私も……センセイと一緒に出掛けたいです……」
言った瞬間、恥ずかしさのあまり、顔が真っ赤になるのが自分でも分かった。でも車内は薄暗いから柳には気付かれていないよね。
俯いて、ふっと視線を上げると、すぐ目の前に柳の顔があって驚く。
腰をかがめて覗き込むようにした柳の端正な顔がどんどん近づいてきて、ちゅっとリップ音を響かせて唇すれすれの頬に柳の唇が触れた。
瞬間、声も出ないほどの驚きに私の思考は完全にショート。
いっ、いきなり……、なんてこと……
動揺して口をパクパク動かして、なんとか言葉を紡ごうとしている私を見て、柳はすっと瞳を細めて不敵な笑みを浮かべる。
獲物を狙う肉食獣のような鋭い瞳に射抜かれて、私の心臓はバクバクと壊れそうな音を立てる。
「ありがとう」
なぜここでお礼……? って、訝しげに首をかしげてしまう。
そんな私を見ても、満足そうにくすくすと笑みを漏らす柳にちょっとムッとする。
大人の余裕っていうやつですか……?
別にいいけどね、どうせ、私は子供ですぅ~。
唇を尖らせてぶすっとしていると、ふわっと頭に柳の手が触れて優しく撫で、頭上から結わいていた毛先へと移動し、髪を掬って絡め捕るように触れる。
たったそれだけのことなのに、幸せな心地に目を細めた。
「あまり遅くなると親が心配するな」
そう言って柳はウインカーを出して車を発車させた。
※
そんなに走らないうちに、見慣れた景色が近づいてきた。
もう着いちゃう――
家についたら柳とはもうバイバイなんだって思ったら、ちょっと寂しくなる。
もうちょっと一緒にいたいとか思ってしまって、そんなことを考える自分に動揺する。
その時、あることを思いだして、私は膝の上に乗せていた鞄を開けて中に手を突っ込んで、目当てのものを探し当てる。
「あの、センセイ……?」
「ん、なんだ?」
運転している柳は、視線だけを私に向けて尋ねる。声音も表情もあまりにも優しくて、心がとろけそうになる。
「あの、ですね……、これ」
そう言って私は小さな紙袋を取り出す。
それは雑貨屋の包装紙で、緑と赤のリボンにFOR YOUと書かれたシールが張られている。
運転中で受け取れないだろうから、私は紙袋を手でもてあそびながら言葉を続ける。
「今日、クリスマス会のプレゼントを探してる時に見つけたのなんですけど」
プレゼント交換用のプレゼントを探していた雑貨屋で棚の上に置かれているストラップが目に入って、これ柳に似合いそう、とか思ってつい買ってしまったのだった。
車を道路脇に止めた柳が、私から紙袋を受け取って中身を取り出す。
黒いストラップの先に二股になっていて、紺碧の小さな地球と銀色の星が揺れている。
シンプルだけど男の人でもいいかなって思ったんだけど、柳は気に入ってくれるかな……?
不安な気持ちで柳をうかがい見れば、柳はふっと口元を綻ばせて甘やかな笑みを浮かべる。
「ありがとう、東雲」
「どう、いたしまして……」
あまりにも綺麗な微笑みに見つめられて、声がどもってしまった。
「ごめんな、俺は何も用意していなくて」
「いえ、いいんです。私があげたくて勝手にしただけなので」
買った時は、柳にちゃんと渡せるなんて思ってもいなかった。だって、今日は終業式で明日から冬休みで、次に柳に会えるのは始業式だと思ってたから……
そう思うと、ビックリすることばかりだった浅葱のお企てのおかげだと思えて、苦笑する。
これは文句じゃなくてお礼を言わないといけないかな。
そんなことを考えていたら、柳はごそごそとポケットから携帯を取り出してさっそく私があげたストラップをつけてくれた。それだけですごく幸せな気持ちになってしまう。
顔の高さに携帯を持ち上げて、つけた真新しいストラップを私に見せた柳は、なにかを思いついたように携帯を開いて私に近づける。
「東雲のアドレスを聞いておかないとな」
「えっ……?」
「休み、どこか出かけよう。東雲の行きたいところに連れて行くよ」
当り前のようにそう言われて、胸がきゅーっと締め付けられる。
本当に柳と付き合うんだなって、改めて実感がわいてくる。
それから私と柳はお互いのアドレスを教えあって、家から少し離れたところで車を止めてもらった。
「大丈夫か?」
そう問う柳の視線は、私が抱える巨大なうさぎに向けられている。
「はい、家すぐそこなので」
家の前に停めてくれるって言った柳を説得して、少し離れたところに停めてもらった。だって、家にはお母さんがいるし、もし見られたらなんて言い訳したらいいかわからない。
だから、ここで下してもらって、家までは自分で運ぶことにしたの。
「そうか、気を付けてな」
「はい、センセイも。運転、気を付けて帰ってください」
「ああ」
「今日はありがとうございました。失礼します」
そう言ったのにお互い動かなくて、少しの沈黙を挟んでくすりと柳が笑う。
「東雲」
優しく名前を呼ばれたら、家に向かうしかない。私は渋々、一歩足を動かしたのだけど。
「好きだよ、瑠花」
唇が耳に触れるくらい近くで甘い声に囁かれて、私は反射的に振り返る。
銀縁眼鏡の奥に薄茶の瞳に魅惑的な輝きを宿して、柳がとろけるような笑みを浮かべているから、どきどきする。
「連絡するよ」
そう言って携帯をかざしてみせた柳に見とれてしまいそうになって、私はどうにか家へと向かって歩き出した。
9/18 第22話のあとがきに拍手お礼小説を載せると書いておいて、ちゃんと小説が載っていなくてスミマセンでした!
ちょっと寝込んでいて更新できていませんでした…
本編完結後に、お礼小説はおまけとして載せる予定です。
次話からは“延長戦”…




